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ラグビー児童小説

※400字原稿用紙15枚(4237文字) 

 小学3年生のタイキは「なにをしてるんですか?」とたずねるのが好きでした。

 町で見かけたいろんな人に、「なにをしてるんですか?」とたずねて回るのです。

 道ばたの草を刈っている人に「なにしてるんですか?」。郵便ポストのうしろを開けている人に「なにをしてるんですか?」。電柱の上にいた作業員の人に「なにをしてるんですか?」。とにかくたずねてみるのです。

 ほとんどの人は親切なので、なにをしているのかを教えてくれます。いやがられたのは一度きり。冷蔵庫を捨てようとしていたおじさんに「なにをしてるんですか?」とたずねた時だけです。

 質問のおもしろいところは、いつも想像もしない答えが返ってくるところです。

 たとえば冷蔵庫のおじさんは、どう見ても冷蔵庫を捨てようとしていたのに「なにもしていない」と答えました。そういう意外な答えが返ってくるとき、タイキはきいてよかったと思い、目を輝かせるのでした。
    
 また、たずねることで、いろんなことにくわしくなりました。タイキは「美化」のために草を刈る人がいることも知っていますし、郵便配達屋さんの仕事もよく知っています。

 また、電柱の上にある、ゴミ箱のようなものの正体も知っています。あれは変圧器というものです。発電所からやってきた電気を、家などで使えるようにするための装置なのです。

 そうしてたずねることで手に入れた知識は、タイキにとって地図のようなものでした。質問しなければ入手することのできなかった秘密の地図です。その地図を集めてつなぎあわせれば、世界のすべてを見渡せるような気がしていました。

   そもそも、タイキがたくさん質問をするようになったのは、おとうさんのある一言がきっかけです。

「子供のうちにたくさん質問しなさい。なんでかっていうと、おとなになったら、だれも教えてくれなくなるからだ」

 おとなになったら、分からないことがあっても、だれも教えてくれなくなる。そのとき小学1年生だったタイキはあせりました。二十歳をおとなとして、残された時間を計算してみました。だいたい12年くらいでした。
    
 あと12年としたら、だれもなんにも教えてくれなくなる! その日から質問が日課になったのです。
    
 そんなタイキには、最近ある悩みがありました。
    
 タイキの住んでいるところは、のどかな海辺の町。住人がすくないので、質問をする相手はかぎられています。町の人について知らないことが少なくなってきたのです。

 また本が大好きなタイキは、小学校のクラスでは物知りとして有名でした。「日本の歴史」や「世界の歴史」のマンガシリーズも、家にある図鑑も、ぜんぶ読んでしまいました。

 僕がぜんぜん知らないことは他にないだろうか?

   そこでタイキは、まだ行ったことのないとなり町まで、ひとり旅をすることにしました。
 ただ行くのではつまらない、ということで、出かける前に道順を決めておくルールにしました。
 
①まずバスに乗って、となり町まで行く。
②バスを降りたら、右に行く。
③そこから、黄色いものが見つかるまで歩いてみる。
④黄色いものを見つけたら、つぎのかどを左へ。
⑤そのまま歩いていって、赤い服を着た人がいたら、そこで「なにをしてるんですか?」とたずねよう。

   出発は日よう日に決めました。その週の晩ごはんの最中、おとうさんとおかあさんにひとり旅のことを打ち明けました。おとうさんは「ひとりじゃ危ない」と反対し、おかあさんは「もう3年生なんだから」と賛成をしました。     

 それから二人は口げんか。結局、おかあさんが今日も口げんかに勝利しました。
 ひとり旅を許してくれたお礼に、タイキはおみやげを持ち帰ることを約束しました。おとうさんとおかあさんは「そんなのいらないよ」と笑っていましたが。

   よく晴れた日よう日、タイキはとなり町へ出発しました。
 
 やってきたバスに乗り込み、窓ぎわに座りました。バスはやがてまぶしい田園風景に囲まれました。イネは刈り取られ、田んぼのあちこちにわらを山型に積んだわら塚があります。ゆくてに目をうつすと、秋色に染まった山並みがせまってきていました。あの山の向こうが、となり町です。
    
 バスはのんびりと峠をこえて、となり町に入りました。
(峠のまわりは、なんにもないわよ)
   おかあさんがそう言っていたので、峠から二つ先のバス停で降りました。降りたのはタイキだけ。あたりはのんびりとした田園地帯で、家もまばらです。
 すこし心細くなったので、深呼吸をして、心を落ち着かせました。
(②バスを降りたら、右に行く)
 タイキは決めておいた道順のとおりに、歩きだしました。
(③黄色いものが見つかるまで歩く。④黄色いものを見つけたら、つぎのかどを左へ)
 心の中でつぶやきながら歩いていると、黄色いものが見つかりました。道路の標識です。「横風注意」と書かれていました。タイキは標識の先を左へ曲がりました。
(⑤そのまま歩いていって、赤い服を着た人がいたら、たずねよう。「なにをしてるんですか?」って)
 そうすれば、またひとつ隠されていたナゾがとけて、この世界にくわしくなるはずです。

 曲がった先は、田んぼの中の一本道でした。道は、はるか遠くでとぎれていて、青空にせり出しているように見えました。やがてT字路にたどりつくと、まぶしい水と緑の風景が広がりました。
   タイキは、風の吹く土手にたち、ひろい河川敷を見渡していました。
(あっ、赤い服)
   河川敷のグラウンドで、赤いユニフォームを着た子供が運動をしています。しかしひとりではありません。10人、15人、いや20人はいます。どうやらなにかのスポーツのようです。
   たずねると決めていたから行こう――タイキは土手の斜面を降りて、子供たちを見つめているおじさんに歩みよりました。スポーツウェア姿で、大きくふくらんだおなかの上に、組んだ腕をのせています。
「すいません。なにをしてるんですか?」
 タイキはたずねました。太陽がまぶしいので手をかざすと、おじさんが笑っていることに気がつきました。
「ん? ラグビーやりたいの?」
「ラクビー?」
「ラクビーじゃなくて、ラグビーっていうんだよ。ラ『グ』ビー。初めて見た?」
 タイキは「はい」と答えて、土のグラウンドをながめました。そこは川べりの草むらを切りひらいたグラウンドでした。
 赤いユニフォームの子供たちが、見たことのない形に陣形を組んでいます。七、八人で団子になったグループと、そのうしろのグループがあって、うしろのグループはグラウンドにひろく散らばっています。
「あの子たちは、なにをしてるんですか?」
 タイキは団子になっているグループを指さしました。おじさんがタイキの目の高さに腰をかがめます。
「あれはフォワード。あっちはバックス。フォワードは全部で8人。バックスは7人。いま出来たのはラックというやつで、ホラ、みんなボールを後ろに投げてるでしょ。ラグビーはスローフォワードという反則があって前に投げじゃいけないんだ、ノックオンという反則もあって――」
 今日はすごい収穫だ。
 おじさんの足元で、タイキは目を輝かせました。何もかもが知らないことばかりだからです。
「あと、ラグビーにはいろんなポジションがあってね。背の低い子もできるスクラムハーフとか。背か高い子が向いているロックとか」
 いろんな人がいるからおもしろい。町でいろんな人に話をきいて、いろんな仕事を知っているタイキには、そのおもしろさが分かりました。
「あとラグビーには『ノーサイド』という大切な精神もある」
 どんどん知らない言葉が出てくる! タイキは前のめりになって「それはなんですか?」と聞きかえしました。
「試合が終わったら、もうどっちのサイドもないですよ、っていうことだよ。戦いが終わったら、なかよくする。握手をする。それがノーサイドの精神だ」
 戦いが終わったらなかよくする。
 タイキはいいことを思いつきました。
 このノーサイドの精神を、おとうさんとおかあさんへのおみやげにしよう。
「どう?やりたくなってきた?やりたいなら監督さんに言うといいよ。おれは、そろそろ行かないと」
 おじさんはそう言って手をあげると、大きなおなかを揺らして行ってしまいました。どうやらチームの監督さんではなかったようです。
 ポカンとしていると、うしろで声がしました。
「いい天気だね。アツいね~」
 振り返ると、おじいさんがいました。Tシャツに短パン姿で、ジュースがどっさり詰まったビニール袋を両手にさげています。
 じつは、そのおじいさんこそが、監督さんでした。

   明るいうちに家へ帰ったタイキは、さっそく、おとうさんとおかあさんにおみやげを渡しました。ノーサイドの精神を教えてあげたのです。
「ありがとう!」
 おかあさんはそう言いながら、楽しそうにしていました。おとうさんはラグビーの練習を見てきたことに感心しきり。何度も「すごいな」とほめられました。そこでタイキは思いきって、帰りのバスで考えていたことを言ってみることにしました。
 迷いながらも、タイキは胸のおくから声をしぼり出しました。
「ラグビー、やってみたいかもしれない」
 地面のない場所へ足をふみ出すような気持ちでした。

■ ■ ■

「これ、なんていうスポーツ?」
 河川敷のグラウンドを見つめる青年に、犬を連れた男の子がたずねました。たずねられた青年は、陽射しの中でふりかえり「ラグビーっていうんだよ」とやさしく答えました。
「ラクビー?」
「ラクビーじゃなくてラ『グ』ビーだよ」
 青年は、かつて自分もこの場所で、おなじ言いまちがいをしたことを思い出しました。
「おにいさんも選手?」
 少年の問いかけに、タイキはうなずきました。
「そうだよ。このチームではじめたんだ。こんどニュージーランドに行くから、今日はそのあいさつに来たんだよ」
 タイキは20歳の青年に成長していました。大学のラグビー部に所属するタイキは来月、ラグビーの盛んなニュージーランドにラグビー留学をするのです。両親はチャレンジを頼もしく思い、応援してくれています。
 タイキは、よく日焼けした大きな手を少年の頭にのせました。
「もしラグビーをやりたいんなら、ここの監督に言うといいよ。おれはそろそろ行かないと」
 そう言ってタイキは少年に背を向けました。まるで子供のころの自分にお別れを言ったようでした。
 タイキは土手の斜面を一歩一歩、上っていきました。急な斜面を上りながらも気持ちは晴れ晴れとしていました。
 地図集めはいったん休もう。これからは本物の世界を実際に旅する時だ。
 タイキの心は空に舞い上がり、世界をひろく見渡しているのでした。                          〈了〉 

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