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第一回ヤマトダービー SS的な何か

 大災害からはや7ヶ月。セルデシアは大晦日を迎えていた。いつも賑わいの絶えないアキバの街は、嘘のように静まり返っていた。当然だ。たった一つのレイドチームを残して全住民が出払っているのだから。ではその住民達がどこにいるかと言えば───。

 目の前に広がる光景が答えになるだろう。ここは〈ミドラウント馬術庭園〉、現実世界の中山競馬場に相当する巨大建造物である。ザントリーフ戦役では参謀本部が置かれた場所であるが、今は全てが一新されている。コースには青々とした芝が敷き詰められ、スタンドは満席。至る所に出店が乱立しており、まさにお祭り騒ぎの様相を呈している。

 現実世界であればJASRACがすっ飛んでくるようなファンファーレが鳴り響き、出走馬がゲートに収まっていく。色とりどりの馬体に、鮮やかな勝負服が映えている。二度と見れないかと思った光景を前に、私はひとつ息を吸って拡声アイテムを起動した。

『枠入りは至って順調。最後に大外18番ヒカルチャンプ、収まって準備完了です』
大外枠にピンクの勝負服が入れば、いよいよ火蓋が切って落とされる。私が放送席から手を上げたのを確認し、ゲートが開かれる。

『第一回ヤマトダービー、今スタートです!』
『揃った綺麗なスタートです。さすが選ばれた16頭、精鋭であります!』(注1)
さっと飛び出したのはオレンジと赤の帽子の2騎。私は手元の塗り絵(注2)と双眼鏡とで視線を往復させながら言葉を紡ぐ。

『さあ抜群のスタートを切ったのは14番ドッカラミテモロバと6番アスカノクターン』
『おっと15番サツキノカゼ、押して押して先頭集団に加わってくる!』
『1番キャラメルリマキアも好位につけて、アスカノクターンはやや抑えたか中団の位置』
『第4コーナーをカーブして正面スタンド前に出てきました。大歓声の中を16頭が駆け抜けていきます!』
実況を続けながら私はほくそ笑む。明確な逃げ馬2頭で引っ張る展開、まるで92年の有馬記念(注3)のようだ。これは面白いレースになると、祈りにも似た期待を抱きながら私は声を張り上げる。

『一旦状況を整理しましょう。ドッカラミテモロバ、単独先頭で後続に4馬身のリード』
『2番手集団にサツキノカゼ、半馬身差追走オンワードコメット、オモイデヲノセテ』
『アスカノクターンはやや位置を上げて中団前目。2馬身ほど開いてキャラメルリマキア、ここまでが中団』
『その後は4馬身離れて一団です』
16頭が次々とスタンド前を通過していく。重なる蹄の音色が私に恍惚をもたらしてくれるが、振り払って実況を続ける。今はこともなげに駆け上がっているが、ゴール手前の上り坂は高低差2.2m(注4)。一周回った後でこの坂を越える力が残っているかどうか。知らず釣り上がる口角をそのままにして、場内の大型時計に目を向ける。

『16頭が隊列変わらず1コーナーをカーブしていきます』
『先頭変わらずドッカラミテモロバ、1000m通過は60秒フラット平均ペース!』
『スタンド前でやや流れが落ち着いたか、平均ペースになっています』
ペースを握るドッカラミテモロバがホームストレッチで手綱を抑え、序盤飛ばした割にそこまでハイペースにはなっていない。後続も倣ってペースを落としている。頼むからどスローには落ちてくれるなよ、と念じながらコースに目をやる。

『さあ緩いペースを嫌ったか、ドッカラミテモロバ再び突き放しにかかる!』
『その差は10馬身程、大逃げであります!』
『アスカノクターン、ジョッキー手が動いてじわりじわりと進出を開始。サツキノカゼはやや抑えて3番手の位置』
『キャラメルリマキアは依然中団、虎視眈々と前方集団を狙っています』
ここで展開が動いた。祈りが通じたのか、はたまた神の気まぐれか、それともジョッキーの意地か。溜め逃げ(注5)の形になっていたドッカラミテモロバに鞭が入る。この馬のコーナリングは天性のものだ。内ラチに馬体を擦り付けるような走りに、私はサンデーサイレンス(注6)と黄金一族(注7)を思い出す。
 二度と彼らの姿を見ることは叶わないかもしれない。私がつくろうとしているものは紛い物に過ぎないのかもしれない。けれど今私が見ているこの光景は、耳を劈くこの歓声は、間違いなく本物なのだ。溢れる感情をそのまま乗せて、私は言葉を吐き出す。

『さあ第2コーナーをカーブして向こう正面へ。先頭変わらずドッカラミテモロバ、リードは6馬身』
『2番手ぽつんと一頭アスカノクターン、さらに4馬身離れてサツキノカゼ』
『後方集団は縦長の展開になっています。さあ後続の各馬、大丈夫なのか!捕まえることはできるのか?!』(注8)
アスカノクターンが進出を開始し、単独2番手へ。博打に出たな、と私は心の中で呟く。あのジョッキーはドッカラミテモロバが潰れないことに賭けたのだ。もし潰れるようなペースならアスカノクターンも直線に向く頃にはバテ切り、後ろに控えていた馬の差しが決まるだろう。しかしもしそうでないならば───。

『さあ第3コーナー曲がって先頭は依然ドッカラミテモロバ、脚色は衰えない!さらに加速!』
『2番手ポツンとアスカノクターン、3番手集団はさらに6馬身後方!さあ早く追いかけなければいけないッ!』(注9)
第3コーナーを曲がっても状況は変わらない。いやむしろ差が開いていく。私は高鳴る胸を押さえつけながら、どこかで見たような光景にどこかで聞いたような実況を合わせる。

『さあ先頭は第4コーナーを回って直線に向いた!後続勢なかなか詰められない!』(注10)
『2番手アスカノクターン食い下がっているが脚が上がってきた!』
『後方集団は一塊で未だ3コーナー!これは届くのか?!』
この光景は見たことがある。09年の淀で、92年の中山で。

これは
逃げ切ってしまうぞ

近年ではついぞお目にかかれないような光景を前に、私は声よ枯れよとばかりに叫ぶ。

『さあ第4コーナー回って最後の直線!中山の直線は短い、残り310mしかありません!』(注11)
『後続は押し寄せてきているが届きそうもない!200を通過!』(注12)
直線に入ってもドッカラミテモロバが先頭のまま。しかしここから坂がある。アスカノクターンに勝機があるとすればここしかない。あの馬はロベルト系(注13)っぽいパワー型だ、坂はそこまで苦にしないだろう。後方集団はもう無理だ。サツキノカゼもキャラメルリマキアもサンデー系(注14)っぽいスピードタイプ、このペースであの位置では届くはずもない。実質的な一騎討ちだ。

ドッカラミテモロバが押し切るか、アスカノクターンが差し切るか。

『さあ高低差2mの坂!熾烈な坂!ドッカラミテモロバいっぱいになったか!アスカノクターンが一気に差を詰めてくる!』(注15)
彼らは自分自身の競馬をしているのに、結局私は過去の引用でしか喋れていない。私だけが紛い物なのか?暗い感情がしくりと胸を刺す。

『アスカノクターン猛追!アスカノクターン猛追!しかしドッカラミテモロバ二枚腰!粘る粘る粘る!』(注16)
でも、それがなんだ。ありきたりの継ぎ接ぎパッチワークだって、できた模様が私の色だ。

『アスカノクターン、ドッカラミテモロバ、二頭全く並んでゴールイン!』(注17)
『サツキノカゼわずかに遅れて3番手、最後キャラメルリマキア4番手に追い込んだか!』
最後を檜川アナの口癖(注18)で締めて、私は興奮冷めやらぬまま係員に指示を出す。あの差では映像での判定が必要だ。こんなこともあろうかと用意しておいた大型水晶球が役立ってくれるだろう。

『本競走一着二着について、映像判定を行います、少々お待ちください』
意図的に声を落ち着けて放送すると、合わせて場内のざわめきも静まっていく。

大型水晶球からゴール瞬間の映像が映し出される。

ドッカラミテモロバが、頭ひとつ分前に出ていた。

私はひとつ息を吸い。

『初代ヤマトダービー馬に輝いたのは14番ドッカラミテモロバ、鞍上スピンタライ!!!』
感情を爆発させて叫んだ。呼応して場内も爆ぜるような大歓声に包まれる。これが私の夢見たものだ。
この先何度レースを繰り返そうと、この思い出は消えやしない。

ああ、いいレースだった───。


注1 93' 有馬記念 堺正幸アナ実況
注2 アナウンサーが実況する時に使う。勝負服・馬名・帽子の色(枠番)などを自分で書き込んで覚える
注3 メジロパーマーとダイタクヘリオスが二頭で逃げの手に出、波乱を演出した
注4 中山競馬場のものを完全再現。ちなみにコース全体の高低差は5.3m
注5 後続を引きつけ、差を付けずに逃げる戦法。スローペースに強い
注6 89年の米二冠馬・米年度代表馬。二流血統に生まれ、抜群のコーナリングと激しい気性を持つ。父として日本の血統図を文字通り塗り替えた「日本史上最高の種牡馬」
注7 サンデーサイレンスの息子ステイゴールドを祖とする一族。抜群のコーナリングと激しい気性が特徴
注8 98' 天皇賞(秋) 塩原恒夫アナ実況
注9 93' 有馬記念 堺正幸アナ実況
注10 01' ジャパンカップダート 青嶋達也アナ実況
注11 00' 有馬記念 堺正幸アナ実況 & 92' 有馬記念 堺正幸アナ実況
注12 01' 有馬記念 堺正幸アナ実況
注13 当時イギリス最強の片割れと謳われたブリガティアジェラードの16連勝を阻止した「世紀の悪役」にして72年の英ダービー馬、ロベルトを祖に戴く血統。パワーとスタミナを武器とし、大舞台に強い。代表馬はグラスワンダー・シンボリクリスエスなど
注14 サンデーサイレンスを祖とする血統。桁外れの切れ味を武器とする、90年代半ば以降の日本競馬を席巻した血統。代表馬はディープインパクト他多数
注15 13' 日本ダービー 青嶋達也アナ実況
注16 09' エリザベス女王杯 馬場哲志アナ実況 & 97' マイルチャンピオンシップ 馬場哲志アナ実況
注17 12' 秋華賞 檜川彰人アナ実況
注18 「まぁ↑ーったく並んでゴールイン!」という特徴的な実況。なぜか檜川アナが実況すると接戦が増える

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