見出し画像

明けない夜と止まない雨

 封印の贄から一人の少女に戻ったエルフが、壁の向こうに閉ざされて数刻。夜鷹達は全滅の危機に瀕していた。仄暗い広間を一時照らした黄金の焔も今はなく、鱗なき大蛇が全ての命持つ者を蹂躙しつつあった。ボスエネミーの攻撃を一手に引き受けていた武闘家はおろか、距離を取っていた召喚術師も、そして暗殺者である夜鷹自身もまさに風前の灯火という有様。真っ赤に染まったHPゲージは、次の範囲攻撃は耐えられないと無慈悲に伝えていた。一人健在な施療神官も味方のリカバリーが間に合わず、ヘドロの様に積み重なる呪詛が冒険者の体を蝕みつつあった。指揮を執る武闘家からパーティーチャットが飛ぶ。もう回復が追いつかない。範囲攻撃のリキャストまでに全員で殴る。夜鷹は小さく頷いた。ボスエネミーのHPゲージ、残り三割。

 一番素早い武闘家が駆け出した。重力を無視したかのような跳躍で大蛇の上を取り、《ライトニングストレート》のモーションに入る。回避の為に鎌首を引こうとした大蛇の動きが止まる。夜鷹が《シャドウバインド》を放ったのだ。発生フレームが短く命中までほぼラグのないこの特技は、味方のモーション待機中に差し込むことができる。くるりと一回転した武闘家が位置エネルギーを大蛇の脳天に叩き込み、HPゲージが5%ほど削れた。
 間髪入れずに召喚術師が動く。アルマジロの様なサラマンダーを駆り、矢継ぎ早に攻撃魔法を投げつける。《エレメンタルボルト》からの《エレメンタルブラスト》。サモナーの黄金コンボが、火の精霊の力を借りて大蛇を襲う。防御を貫くエネルギーの矢が、緋色の爆炎が、確実にゲージを減らしていく。HPゲージは、あと10%と少々。
 傷が深まり一層怒りを増す大蛇の反撃は、最後の手札で武闘家が止めた。ここで《シャドウバインド》のリキャストが明ける。入れ込む様に最速で放たれた二発目は狙い違わず大蛇を捉え、再びその動きを止める。《スクランブル》のリキャストを《三尾の妖力》で無理やり0にし、《フェイタルアンブッシュ》の発動条件が満たされた。《シャープブレイド》《インスタントフォーカス》とありったけのクリティカル率上昇効果を乗せ、夜鷹が動く。

 ここまで武闘家の影に潜んでいた夜鷹がずるりと滲み出、手に持つ簪を大蛇の眼球に突き立てた。やけに派手なクリティカル演出が弾ける。大蛇のHPバーが急激に左へスライドし───ドットを残して止まった。

 まだ施療神官が健在、回復を捨てて《アージェントシャイン》でも撃てばそれで落ちる。思わず振り向いた夜鷹の目に映ったのは、配下の蛇の攻撃で倒れ伏す施療神官だった。すぐさま《リバースセルフ》で復帰するものの、長い硬直時間に阻まれアクションを起こせない。
 範囲攻撃が来る、そう認識したのと《スウィーパー》の待機モーションに入ったのはほぼ同時だった。死神に手を引かれながらもまだ抵抗する相手に、黙って死ねと背中を押す殺しの特技。暗殺者が暗殺者たる所以の刃を大蛇に向け───

 大蛇と、目が合った。

 全ての命を憎む瞳が、涙のような鮮血を、滂沱と流しながら夜鷹を睨みつけていた。吹けば飛ぶような有様ながら、そのあぎとからはいまだ怨嗟と化した真言が零れている。あまりに悍ましい姿に一瞬身が竦んだ夜鷹に先んじて、特大の呪詛が放たれた。身体に絡みついた呪いと結びつき、三人のHPが根こそぎ消える。薄れゆく視界に映った施療神官も、もう手詰まりだろう。エルフの少女に謝罪を紡ぐより早く、夜鷹の意識は暗転した。

 折からの雨に煙るアキバの大神殿。そこに夜鷹の姿は無かった。他の三人が目覚めるより早く、彼女は逃げるように姿を消していた。クエスト失敗。そしてあの少女も生きてはいまい。事実がどうあれ、確かめること自体が夜鷹には怖かった。彼女が表舞台に姿を表すことは、もう無いのかもしれない。

 夜鷹を責める様に降り続く雨は、まだ止むことはない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?