『冗談に殺す』
『冗談に殺す』
夢野久作著
完全な犯罪は、可能か?というところから、物語は、始まる。話の筋としては、ドストエフスキーの『罪と罰』を彷彿させられた。
無闇に動物を虐待する活劇女優を完全な犯罪で殺害するという話。
第一次世界大戦後の経済的な混乱や政治的な不安定さが続き、社会的な価値観や道徳観が崩壊しつつあるなか、警察という権威への挑戦的な要素もあったのかもしれない。
人間の道徳性や良心が失われた社会に鏡の世界が、警鐘を鳴らすような不思議な形で、ストーリーが、進んでいく。出会った活劇女優は、酷い動物虐待者で、生かす価値がないような人間だ。そこで、主人公の「私」は、完全なアリバイを演じることによる、完全な犯罪が可能だと考える。
本書の主題は何か?
この小説のメインテーマは、ドストエフスキーの『罪と罰』とも共通する、人間の本性や欲望、罪と罰ということになるのだと思った。「私」は、物的な証拠は、ないわけで、警察に対しては、自白さえしなければ、裁判で有罪にもならないと確信する。冗談のように動物虐待などを繰り返すような活劇女優を殺害することは、完全犯罪によって許されると考える。ところが、実際に「私」が殺人を実行すると、鏡の中の「私」が、現実の「私」を罪悪感や恐怖に陥れる。そして、「私」の心は思いの外、深く傷ついていく。
ドストエフスキーの『罪と罰』では、そこに、ソーニャという心の美しい娼婦のソーニャと出逢い、
キリスト教の愛や信仰の力を知ることになるのだけど、本書では、救いはこない。
道徳心や信仰心のない「私」にとって、道徳性や良心などの価値観が失われた社会を生きることは、いかに恐ろしいことなのか、ということだと理解した。
エロールガーナー