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書評

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2023年9月の記事一覧

『忘れ得ぬ人々』

『忘れ得ぬ人々』

『忘れ得ぬ人々』
国木田独歩著

無名の小説家、大津弁二郎と画家の秋山松之助が溝口の旅館で出会い意気投合するという物語。

大津は、自分が書いていた原稿、『忘れ得ぬ人々』のことを語りだす。それは、彼が過去に出会った、何のつながりもないが忘れられない人々の話。一人目は孤独な島で漁をする男、二人目は阿蘇山で見た馬子、そして最後に夏の四国で出会った憂いを帯びた琵琶僧の話。

「忘れ得ぬ人々」とは?
恩も

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「オリヴィエ・べカイユの死」 

「オリヴィエ・べカイユの死」 

「オリヴィエ・べカイユの死」 
ゾラ著

『ある土曜日の朝六時、僕は死んだ。』という文章で始まる。

主人公オリヴィエベカイユは、ある朝、意識はあるのに体が動かず、死んでしまった。意識はあるまま、棺桶に入れられ埋葬される。墓の中ではじめて体が動くようになって、地上に舞い戻ってくる。そして、妻マルグリットと暮らしたアパートに向かう。

話すこともできず、体を動かすこともできない、だけど意識はある。

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『きのこ会議』

『きのこ会議』

『きのこ会議』
夢野久作著

一言で言うと、きのこたちが集まって、会議を開いていた。松茸が、成長する前に人に狩られてしまうという悩みを打ち明けていると、毒キノコたちが、やってきて、毒を持てば、

ひとに狩られたりしないと豪語する。きのこの収穫の時期に、食用のきのこは大事にされて、毒きのこは、根こそぎ破壊されてしまうと言う話。

どうして「きのこ」なのだろうか?(きのこには、どんな意味があるか?)

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【読書ノート】『白いセーター』(『父と私の桜尾通り商店街』より)

【読書ノート】『白いセーター』(『父と私の桜尾通り商店街』より)

『白いセーター』(『父と私の桜尾通り商店街』より)
今村夏子著

フィアンセ(伸樹)との慎ましいお好み焼き屋でのクリスマスを楽しみにしていた主人公のゆみ子。

伸樹の姉、から4人の子供たちのお守りを頼まれる。そして、子どもたちを連れて、教会のクリスマス会にいくという話。

「白いセーター」
伸樹が、ゆみ子に一年前のクリスマスにプレゼントしたもの。汚したくないし、臭いからも守りたいという思いがあって

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『素晴らしい食卓』(『生命式』より)

『素晴らしい食卓』(『生命式』より)

『素晴らしい食卓』
村田沙耶香著

前世は魔界都市ドゥンディラスで戦う超能力者だったらしい妹(久美)が、フィアンセとご両親を連れてくるという。
そして、圭一のご両親に、久美の故郷ドゥンディラスの料理を振る舞うことになったというところで、物語は、始まる。
 
いろいろ論点が、散りばめられていて、どれをつっこんだら良いか迷うが、

①文字通りのテーマは、食文化は、継承されるべきなのか?ということなのだ

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『円円のシャボン玉』(短編集『円』より)

『円円のシャボン玉』(短編集『円』より)

『円円のシャボン玉』(短編集『円』より)

劉慈欣著

一言で言うと、
シャボン玉好きの女の子、円円の成功物語。

円円は、幼少期から、シャボン玉にハマり、シャボン玉と共に、成長する。仕事熱心で、社会的な使命に燃える父親は、そんな、放蕩娘に呆れる。

気候変動の影響なのか、ふるさとの街は、干魃で、強制移住をさせられる。円円の両親は、干からびた土地を復活させようと、日々努力を続けていたのだけど、自然

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『冗談に殺す』

『冗談に殺す』

『冗談に殺す』
夢野久作著

完全な犯罪は、可能か?というところから、物語は、始まる。話の筋としては、ドストエフスキーの『罪と罰』を彷彿させられた。
無闇に動物を虐待する活劇女優を完全な犯罪で殺害するという話。

第一次世界大戦後の経済的な混乱や政治的な不安定さが続き、社会的な価値観や道徳観が崩壊しつつあるなか、警察という権威への挑戦的な要素もあったのかもしれない。

人間の道徳性や良心が失われた

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『幸福な生活』

『幸福な生活』

『幸福な生活』
百田尚樹著

短編集の同名タイトルの一編です。

娘が、フィアンセを連れて実家に挨拶に来る。二人を待つ老夫婦の昔を懐かしむ平和な物語。

思えば、自分が願ったことは、全て実現することができた人生だということに気分を良くしたご主人。

私自身も振り返ってみると、全ては上手い方向に進むことが出来たような人生だなあと思うのだけど、自分が、思い描いていた人生とは、全く異なった歩みだったよう

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『推し、燃ゆ』

『推し、燃ゆ』

『推し、燃ゆ』
宇佐美りん著

一言で言うと、女子高生の「あかり」には、「真幸」という推しがいるのだけど、その推しの「真幸」が、暴力事件を起こして、人気が落ちて引退する。「あかり」も、高校をドロップアウトして、ひたすら落ちぶれていくという話。

「推し」という言葉を一般的なものにしていったという意味で、本書の存在は大きかったのだと思う。

典型的な?「推し」の思考回路も明かされていて、興味深い内容

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【読書ノート】『愛の夢とか』(『愛の夢』より同名タイトルの一編)

【読書ノート】『愛の夢とか』(『愛の夢』より同名タイトルの一編)

『愛の夢とか』(『愛の夢』より同名タイトルの一編)
川上未映子著

震災後、隣近所に住む2人の女性(テリーとビアンカ)の物語。テリーは、『愛の夢』という曲をピアノで、練習して、弾けるようになるという話。

①リストの『愛の夢』
3つの歌曲で、構成されていて、それぞれ異なる形の愛描いていると言われている。第1番(『高貴な愛』)
殉教者としての神への「愛」を題材にしている。
第2番(『私は死んだ』)

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『ねじまき鳥と火曜日の女たち』(『パン屋再襲撃』より)

『ねじまき鳥と火曜日の女たち』(『パン屋再襲撃』より)

『ねじまき鳥と火曜日の女たち』(『パン屋再襲撃』より)
村上春樹著

長編『ねじまき鳥クロニクル』の原点になる物語。

①ねじまき鳥とは
「ねじまき鳥は毎日その近所の木立にやってきて、我々の属する静かな世界のねじを巻いた。」

②火曜日とは?
ローマ神話では火曜日は戦争と勇敢さの神、マルスに捧げられていました。そのため、火曜日は戦闘、決断、行動を象徴する。
哲学的な視点から見ると、火曜日は時間の流

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『彼と私の本棚』(『さがしもの』より)

『彼と私の本棚』(『さがしもの』より)

『彼と私の本棚』(『さがしもの』より)

一言で言えば、物質と人間の結びつきとその分離の困難さに焦点を当てた物語。そして、恋愛感情の背景にある問題は、「本」だということ。

二人は本好きであり、共同で作り上げた本棚にはそれぞれの本があり、物理的・精神的に共有されていた。しかし、別れることになった時、本を分ける作業が進展しない。

本には、着るものや使うもの以上に、読む人の気配が色濃く残るものなのか

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『秘密の花園』

『秘密の花園』

『秘密の花園』
村田沙耶香著

本書は、短編集『丸の内魔法少女ミラクリーナ』に収められている一編。

物語の主な登場人物は、
主人公「私」:千佳
早川くん

一言で言えば、千佳は、小学3年生の頃からの初恋の早川くんをずっと追いかけていた。そして、大学生になった今、早川くんを軟禁して、ペットのように飼いならすことに成功する。初恋という想像上の早川くんと現実の早川くんの違いを味わいながら、初恋を終わら

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【読書ノート】『仁志野町の泥棒」(『鍵のない夢を見る』より)

【読書ノート】『仁志野町の泥棒」(『鍵のない夢を見る』より)

『仁志野町の泥棒」(『鍵のない夢を見る』より)
辻村深月著

短編集『鍵のない夢を見る』からの一編。

主な登場人物
主人公(私):ミチル
律子
優美子

律子は、小学3年生の時、隣町から転校してきた。「私」は、明るく、背が高く、アイドルになりたいと言っていた律子としっかりものの優美子と仲がよかった。律子の母親が、あちこちに泥棒に入るという噂が広がった。「私」は、気にせず、律子と親しくしていたが、

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