歌詞から小説|嘘つきの言葉
どもども、明原星和です。
今回は、こはならむさんの曲である「ぜんぶ嫌いだ」の歌詞を元に小説を執筆してみました。
とても素晴らしい曲となっておりますので、是非とも曲を聞いてから読んでいただけますと幸いでございます。
それでは、どうぞ。
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かわいい。
へー、いいね。
私もそれいいと思う。
それな。
わかるー。
私もそう思ってた。
「なんか、渚って言葉が軽いよね」
「え……?」
その言葉を聞いた瞬間、胸がキュッと締め付けられる感覚を覚えた。
里沙は高校で出会った友人。趣味も合うし、同学年の中では一番仲がいいと思っている。
思ったことは割と素直に口にするタイプで、「今日の髪型どう?」「この服めっちゃ可愛くない?」「アイツの話毎回長いよねー」なんて、ズバズバと話題を出してくれる。
私は里沙のそんなところが好きで、いつも休み時間とか放課後とかは二人でおしゃべりして過ごしていた。
「いっつも二つ返事でさ。なーんか、表面上だけの言葉に聞こえちゃうんだよね」
ある日の昼休み。
一緒の机でお弁当を食べていた時に、里沙が出した話題がそれだった。
「ご、ごめん。嫌だったよね」
「嫌っていうか、なんか本心が見えないんだよね。なんだか、私の話に無理やり相槌を返してるみたいで、こっちが申し訳なくなる」
こちらを見つめる里沙の瞳には、嫌味なんてひとかけらも感じられない。
ただ単純に、里沙は私との会話をもっと楽しみたい。私との関係をもっと良好なものにしたいと考えてくれているんだろう。
「ねぇ、渚。何か思ってることとかがあるなら言ってよ。私別に、渚のこと嫌いになったりしないよ?」
微笑みかけてくれる里沙の顔は眩しくて、私は思わず視線をそらしてしまった。
なんて、真っ直ぐな瞳と言葉なんだろう。
私も、里沙みたいにもっと素直になれたらな。
「……ごめん、本当に何もないんだよ。ただちょっと、疲れてただけだから」
「ふーん。疲れてた、ね」
結局私は、また嘘をつく。
自分に向けられた信頼の目と言葉を私は信じられなかった。
それからは、ただ黙々とお弁当を食べた。
里沙の前に座っていることすら申し訳なく思ってしまい、私は逃げるように教室を後にした。
* * *
かわいくない。
うーん、微妙かな。
私はこっちがいいと思う。
そうかな?
ごめん、私にはよくわからない。
私はこうだと思うけど。
自分の想いを言葉にするのは苦手だ。
だって、相手が思っていることに対して「私はこう思うな」なんて口にすれば、相手を傷つけちゃうかもしれない。
だったら、初めから本音を隠して、相手に合わせた言葉で話せばいいじゃないかと思う。
思っていた。
だけど、それが結果として相手を傷つけてしまう。
相手に合わせることが優しさだと思っていたのに、その優しさで相手が傷つく。
そして、結果的に私も傷ついてしまう。
優しさって何だろう。素直さって何だろう。
人気のない空き教室で一人、膝を抱えた私が小さく疑問を口に出しても、返答が返ってくるわけもなく。
ただ、埃っぽい空気に言葉が溶けていくだけ。
やっぱり、里沙に本音で話しておくべきだったのかな。
私がもっと素直になっていれば、今こんな気持ちを抱かなくてもよかったのかな。
……なんで、いつもこうなっちゃうんだろう。
発した言葉が、言刃となって私の心に突き刺さる。
「私なんて……嫌いだ」
自然と流れた涙と共に、ポツリと言葉が漏れ出た。
* * *
教室に戻ってからも、里沙とはなんだか気まずい雰囲気で、結局放課後になっても話しかけることも、話しかけられることもなかった。
いつもは二人で歩いていた帰り道も、一人で歩くと嫌に広く長く感じる。
赤信号で立ち止まると、先の方で誰かの笑い声が聞こえた。
里沙だ。
隣で歩いているのは、他クラスにいる里沙の友達だろうか。
(里沙、あんなふうに笑うんだ……)
夕焼けに照らされた里沙の顔には笑顔が張り付いていて、毎日のように見ていたその表情が生まれて初めて見たもののように感じてしまう。
途端に、寂しさで心が埋め尽くされた。
今ここで里沙に謝らないと、なぜだかこれからもずっと気まずい関係が続いていくような気がしてならなかったのだ。
赤信号が青に変わる。
今すぐにでも走り出して、里沙の手を掴まなければ。
心は前に進んでいるのに、なぜか私の踵は地面に張り付いたまま動かない。
――今は、別の友達といるから迷惑だよね。
――里沙とは嫌でも学校で会うんだし、明日でも問題はないでしょ。
――一回、メッセージで謝りたいって伝えてからの方がいいよね。
私は、動かない体に鞭を打つことはせず、ただ体が動かないことを正当化する理由を羅列していた。
そうこうしている内に、信号は点滅を始める。
(あ、点滅してるからもう無理だ)
まっとうな言い訳ができて、どこかホッとしている自分がいる。
追えないのなら、せめて大声で呼び止めるべきか。
そう思い、口を開くけど何も言葉が出てこない。
待って。
ごめん。
話をさせて。
一緒に帰ろう。
言いたいことばかりなのに、それをどう伝えればいいのかわからない。
ただ一人、口をパクパクさせることしかできない。
いつの間にか、里沙ともう一人の姿は夕焼け空に消えてしまっていた。
交差点を行き交う車の音がうるさい。
横から吹く風が前髪を乱してきてウザい。
横に立っている男の立ち姿がキモイ。
散歩しているおばあさんの歩く速度が遅くて、もっと早く歩けよと思う。
そんなことを思ってしまう私が醜い。
家に帰って、私は結局ただ一人で泣いている。
何も変わることができない私が、嫌い。
「ぜんぶ、嫌いだ」
ポツリとこぼした言葉は、やっぱりただ空気にじんわりと溶けていくだけだった。
~END~