シンガポール珍道中~準備編
この夏、大学生の娘と海外旅行に行くことになった。
家族で海外に行こうかなあと思い始めたのは今年の春だった。
子どもたちが大学生でいるのもあと2年、幸い私たち夫婦の仕事も落ち着いており、留守を任せる老親たちもまだ元気。休みを合わせて長期で家族旅行に行くなら今しかないのかなと漠然と考えていた。
まずは家族全員がパスポートを取ることが先決。
娘は去年、大学の語学研修のためにパスポートを取得したが、私と夫は新婚旅行以来一度も海外に行っておらず、有効期限が切れ失効してから20年近い。私のパスポートに至っては旧姓のままだ。
海外経験のない息子は、もちろん未取得。
二十数年前、初めてパスポートを取ったのは友人と香港に行くためだった。当時、私は俳優の金城武のファンで、彼の日本での出世作となったテレビドラマから映画、CM、彼の主戦場である香港映画、はたまた彼の歌うCDまで追いかけて視聴した。彼のルックスはもちろん、英語、日本語、北京語、広東語を自由にあやつる語学力、演技力に魅了されていた。当時はそんな言葉はなかったけど、「推し活」である。韓国アイドルにハマった人が韓国に行くように、私はまだイギリス統治時代の香りが残る香港に行った。金城武には会えなかったが、彼が住む街の空気を感じられただけで満足だった。
閑話休題。
やっと家族4人分のパスポートを取得できて、「さて、次はホテルと航空券を予約!」と思ったのもつかの間、息子と夫は諸事情で旅行に行けなくなった。大人になると、やっぱり皆の都合は簡単には合わない。家族会議の結果、私と娘は海外へ、息子と夫は後日、東京へ旅行に行くことで決着した。
でも、4人で旅する海外旅行は諦めていない。いつか近場でいいので実現させたい。
娘と女二人旅となった海外旅行。行き先はシンガポール。
娘の希望は「英語圏」であること。
欲を言えば、アメリカやイギリス、オーストラリアやニュージーランドなんかに行きたいところだけれど、右も左も分からない女ばかりの旅行だし、予算と私の休暇が取れる日数を考慮するとなかなかそうもいかない。結果、治安がよく、余り遠くなくて、英語が通じるところということで、シンガポールと相成った。
今年の5月のことだった。
迷い迷うこと数週間、旅行サイトから航空券とホテルを予約した。
オンラインでパスポート申請
今、私は竜宮城から帰った浦島太郎の気持ちである。
仕事と家事育児に追われているうちに、世の中の海外旅行事情はすっかり変わってしまっていた。
まず驚いたのは、パスポートの申請。
マイナンバーカードがあれば、申請サイトで申し込みが完了。写真もスマホで撮影したのでOKだった。わざわざ写真店に撮りに行かなくていいのだ。
難点は戸籍謄本を取ってパスポートセンターに郵送するか、持参する必要があること。本人確認の意味もあるのかもしれないが、そっちもマイナンバーカードでオンライン化してほしい。
旅行サイトで予約に目が回る
もちろん、常の国内旅行は全て旅行予約サイトから予約している。
ポチッと「申込ボタン」を押せば、航空券からホテル、傷害保険まで何でも手配できる。キャンセルだってポチッと押すだけだ。あとはクレジットカード会社がよしなに金銭のやりとりをしてれくれる。便利な世の中だ。
さて、これを海外旅行に転用するとなると、思ったより大変だった。
件の香港旅行も新婚旅行も、生まれて初めて行った東京旅行も、当時は全部旅行代理店に出向いて予約した。
いくつかの旅行代理店のパンフレットを、家電のチラシみたいに見比べて、良さそうなツアーを見つけて店に予約しにいく。カウンターの向こうの人にお願いすれば、航空券から宿泊先、ホテルまでの送迎、観光ツアーも全部手配してくれて、ついでに目的地の気候から防犯対策、お得情報まで何でも教えてもらえた。(今でもそういうツアーはあると思いますが)
それが、今じゃすっかりインターネットの世界に集約されている。
手配するのは旅行予約サイト、現地情報もインターネットサイトやYouTube。情報はプッシュ型ではなく、こちらから取りにいくスタイル。もちろん、いろんな便利でお得な情報が得られるが、とにかく情報量が多い。
まず、航空券とホテルの手配で悩んだ。
国内なら簡単なのだ。なんせ、徳島ー東京間を移動するならJALとANAの2択しかない。どちらを選んでもサービスや安全に問題はない。目的地までの都合のいいほうを選べばいい。考える余地もない。
それが海外となると・・・・・・選択肢が多すぎる。
関西国際空港から行くのか、羽田なのか、成田なのかによって、航空会社、時間帯の選択肢が無限にあった。金額が少しずつ違う検索結果が延々と映し出される。
見ず知らずの航空会社、サービスはどうなのか、安全性はどうなんだろう? とりあえず知っている日本の航空会社を調べてみる。高い・・・・・・。金額が低いのは乗り換えあり、所要時間が長い・・・・・・。
でも、たくさんながめていると、だんだんと方向性が見えてくる。直行便で、深夜便でなく、ほどほどの価格帯。
結果、関西国際空港発のシンガポール航空の夕方便を見つけた。ホテルは海外旅行になれない女二人旅であるので、少しランクを高めに設定した。
ポチった。原油価格高騰と物価高、円安はとても痛い。二十数年前ならもう数泊できそうな価格だった。(お盆だしね・・・・・・)
それにしても、海外の航空会社でもホテルでも日本語で簡単に予約できるのは、すごい。英語を読まなければならない場面でも、Google翻訳がほぼ正しい日本語で教えてくれる。
抱えきれないくらい広かった世界が、自分の手中に収まったような安心感がある。
さて、ここから問題になるのが「関西国際空港までどうやって行くか問題」である。関西国際空港は大阪府の泉佐野市にある。和歌山県との境だ。
娘は近畿圏に住んでいるので電車で来られるが、私はそうはいかない。海峡を2つ渡って行かねばならない。
二十数年前は関西国際空港まで直通の高速船や小型の飛行機(YS-11)が飛んでいた。高速船なら1時間、飛行機なら半時間。でも今はもうない。
今は、自宅のある徳島から関西国際空港までは高速バスが出ているが、1日4往復。約3時間かかる。それに乗れば楽でいいのだけれど、バスの怖いところは、「渋滞」だ。以前、京都に旅行に行こうと高速バスに乗り、3時間で到着するところ、事故渋滞にはまって、6時間以上かかったことがある。
阪神高速は日常的に渋滞している上、出発日はお盆の帰省ラッシュのまっただ中。
高速バスは信用できない。
もし飛行機に乗り遅れても、自分一人旅なら「仕方ないな」で諦めもつくが、今回は娘も一緒。この旅行を何よりも楽しみにしているので、行けなくなったときの娘の落胆やいかばかりか。無駄遣いと思いつつ、前泊ために空港近くのホテルを予約した。出発の24時間前に徳島を出れば、どんなに渋滞にはまって時間がかかっても、飛行機の出発時間には間に合うだろう。これで安泰。徳島から高速バスで大阪に出て、そこから電車でいくことにした。
とにかく体が心配
国内旅行なら、突然体調が悪くなっても、保険証さえあれば日本中のどこの病院でも安く診てもらえるし、薬局に走って飲み慣れた薬を買い求めることもできる。なんなら自分で救急車を呼ぶこともできる。近くに居る人に「苦しいので助けて」と言える。
だけど海外だとそうはいかない。私は英語が話せないし(娘は多少話せますが)、そもそもどうやって病院へ行けばいいのかも分からない。薬局に行って何を買えばいいか分からないし、体に合うかどうかも分からない。
海外に行くにあたって、とにかく心配なのは「己の体調」である。現地の水や食べ物でお腹を壊さないか、逆に持病の便秘症で苦しまないか、気候が合わずに風邪をひいたりしないか、とにかく心配で仕方ない。ネットで情報を集めていたら、トコジラミに刺されたとか、未知の感染症に罹ったとか、いろんな体験談がわんさと出てくる。常日頃、ウォッシュレット付きトイレのある、ほどよく空調の効いた部屋でぬくぬくと暮らしている私が、果たして海外で元気でいられるのか、自信がない。
そういうわけで、あらゆるものを準備する。スーツケースの4分の1がそんなものばかりになった。
持病の薬、頭痛薬、胃薬、虫除けスプレー、弾性ストッキング、登別温泉の素、ポカリスエットの粉、ほうじ茶ティーバッグ、ひんやりタオル。挙げ句の果ては「マッサージガンは機内持ち込み禁止かな」と夫に真顔で尋ねて「やめときなさい」と真顔で止められた。そうだ、たった5日ほどの旅だった。
若いころなら、何も考えずに、身一つで旅行に行ったけれど、とにかく更年期の今、己の体が不安材料だ。環境の違うところに行って自分の体がどこまで変化に耐えられるのか分からない。シンガポールは常夏の国、当初はサンダルだけで行こうとしたが、「足が冷えてお腹が痛くなったら」と急に不安になり、スニーカーと両方持っていくことにした。また荷物が増えた。出発前からスーツケースが重い。
取捨選択は難しい
すべては取捨選択だ。
どの飛行機に乗るのか、どのホテルを選ぶのか、何を持っていくのか。どの情報を信じるのか。
上手な取捨選択は難しい。
旅先で自宅と同じ環境は作れない。何を置いて、何を取るのかを迫られる。
旅の準備はいつも「自分に今必要なのはこれだな」と気づかせてくれる。現地調達が難しい海外旅行の準備はより一層そう感じた。
荷物が少ない人は、究極に自分に必要なものを知っている人だ。
スーツケースを出して広げたのは、まだ梅雨の6月だった。それからかれこれ1か月以上、ああでもないこうでもないと、荷物を出したり入れたりしている。今日は出発3日前、やっとほぼ中身が揃った。