取材の日の朝の決断

LGBTERさんに自ら応募して、取材を受けました。7月20日に記事の前編が24日には後編が公開になり、私の半生のかけらたちが世に出ていきました。

そのことについて色々書きたいことはあるのですが、まず、この取材の日の前日から取材本番の時間にかけて私の中で大きな決断があったので、それを書いてみます。

結論から言うと、私は、この日の早朝にある人に自分から「もう無理だ」と伝えました。

関西から感染対策しながら向かった深夜バスの中で考えすぎて一睡もできず、また会えば決心が揺らぐと思いLINEで、感情を込めずに事実だけを書きました。

ある人、と私はお付き合いをしていた訳ではないです。完全に私の一目惚れからの私の片想いでした。

はじめはその人に対する感情を様々に拗らせましたが、途中くらいからその人が笑って健康で幸せでいてくれるなら、それを見てるだけでも幸せだなって思えるような、そんな片想いだったのに自分から「もう無理」と伝えるなんて随分自分勝手なのですが、その「もう無理」はその人を好きでいるのが辛いとか、思い続けることが出来ないという意味ではなく、もう会ったり恋愛的な意味での好きだという気持ちを持つのが無理だという気持ちです。今でもその人のことは人間としては好きですし、心優しく素直で良い人だって思ってますし、健康で成功してほしいと心から応援してます。

私にとって、自分と関わった人と自分から離れるということは物凄く辛く、労力も必要で、大変な作業です。どんな相手であっても例え相手から手酷く傷付けられても、滅多なことがなければ自分の方から相手を切り離すことはありません。けれどその人のことは自分で決断しました。

自分で始めたことだからこそ、自分で終わらせようって思ったんです。

誓って言いますが、その人とは本当に恋愛が始まってもいませんでした。と、言うか私は好きだったのですが相手にとっての私は、全くそういう対象ではなかったのが最初から判ってました。ただ、幸せだった時間を少しずつかき集めると、何だかとても甘い気持ちになれます。

嫌なこと辛いこともあったけど、その人がくれた言葉や笑顔、教えてくれたことや優しさ、与えてくれた自信、褒めてくれたこと、そういう穏やかな想い出は今でも大切だなと思ってます。

取材の日の朝、決断をしてから5ヶ月ちょっと。毎日枯れるほど泣いた時期もありましたし、頭大丈夫かと疑いたくなるくらいに馬鹿な行動した時期も乗り越えて、私は、やっと本来の自分を取り戻したように思います。

働くことが好きで、休みなくいないと怠け者の自分が出るのが怖いからと計画を沢山作って、ネガティブなのが判ってるからなるべく笑って、元気に、前向きにいる自分。恋愛体質だから素敵な人を見るとドキドキするけど、自分に言い訳をつけて前に進めないうちに、何故かどの人とも友だちコースに進んでしまう自分。フッ軽で、姐御で、影で動くのが好きで、人が幸せになってたらそれで自分も無茶苦茶幸せな自分。そんなちょっと前まで当たり前だった、自分がやっと戻ってきました。

そして、そのことがあったからこそ、知り合えた人、深く話せた人もいました。狭いコミュニティですから、いつかはまたその人にどこかで会うかもしれないです。

でもそんな時に、私はその人を好きでいた時間は幸せだったと判るように、そして自分から離れたことも後悔しないように、教えてもらった事は大切に、学んだことも忘れないでいたいと思ってます。

その人が教えてくれて、今でも大切にしてる事。

どうやら私は足元ばかり見て歩きがちだったようで、それに全く気付いていませんでした。もう少し自信を持って前見て歩いてみたら?堂々としていた方が良いよって、そう言われてから私は前を向いて歩くように自分で直すようにしてます。確かに今までより新しい景色が多く見えるようになりました。

一睡も出来ず泣くことも出来ずに深夜バスの中で頭爆発するくらい考えて、何度も文章を打ち直した取材の日の朝のこと、これから先も忘れないだろうなって思います。今は笑って話せます。

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