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第25話 リハビリ17 2021年8月18日 さようなら、外脛骨

 35歳の誕生日。誕生日を人に祝われなくなったのはいつからか、思い出せない。自分で祝うということもない。しかし今日は祝われる可能性がある。トレーナーは言った。
「ここでお祝いしますよ」

 ただの社交辞令だ!
 わざわざそれを言うか?
 もう自分に期待するのはやめなさい!
 担当する患者全員に言うのか?
 話のネタにしただけ、そんなもの本気にするな!
 連絡先ぐらいは交換できるんじゃないか?
 仕事もできない精神障害者がなにを言っている!

 脳内で僕と僕が言い争っている。社交辞令、話のネタにしただけ。言い聞かせる。が、もしかしたらなにかあるかもしれないと妄想が膨らむ。妄想を繰り広げていると担当医がやってきて夕方にギプスを巻き直すとのこと。リハビリはその後のようだ。

 夕方まで妄想を繰り広げる。誕生日プレゼントに連絡先を渡される。
「仕事をクビになっちゃうので、退院してから連絡してください」とトレーナーが照れながら言う。退院後に連絡しビアガーデンへ行く。僕は死ぬまで禁酒を決めているのでウーロン茶を飲む。トレーナーが酔っ払ってしまい仕方なう僕の家へ行く。

 なかなか悪くない妄想だ。自慢ではないが35年の人生で自分から女性に連絡先を渡したことはないので、相手が連絡先をよこさない限り妄想が始まらない。
 他人とは常に平行線でいたい。自分から交わることはないので、相手が交わってくることもない。僕をよいと思う女性はこの世界に一人もいないので、自分から行動を起こしたところで無駄だと知っている。賭ける意味もない。だから妄想して終わり。
 いうなれば僕の恋愛は妄想であるということだ。小説や映画で恋愛を疑似体験できればそれでいいし、性的欲求はAVを見て済ませればよい。必要とされないので必要としないだけの話だ。
 羨ましいという感情もない。羨ましがるのであればそれ相応の努力をすべきであり、僕は一切の努力を放棄しているので他人を羨ましがる権利はない。

 16時に担当医とサブ医が来てナースセンター横の処置室に連れて行かれる。ベッドに横になるとサブ医がギプスカッターという片手で持てる丸のこを持ってきて電源を入れる。音はチェーンソーに似ている。肘をついて体を起こしそれを確認する。「カッターでギプスを切りますからね」と穏やかな口調で言われる。
 恐怖が顔に出ていたのだろう、担当医が「ジェイソンのチェーンソーとは違いますから、足は切れませんよ。足に触れると止まるようになっているので安心してください」と笑いながら言う。担当医が動いているカッターを腕に当てると動きが止まった。それでも恐怖が収まることはない。カッターをギプスに当てて少しずつ縦に切っていく。反対も縦に切りギプスが半分に割れる。
 担当医が足首を90度に曲げる。つま先を伸ばしアキレス腱を縮めた状態でギプスで固定していたので痛みが走る。4センチほどの傷口は青黒くなっているが血もなく綺麗な状態。完全に塞がっているのだろうか、傷口を消毒されるても痛みはない。当たり前の話だが、出っ張っていた骨がなくなり普通の足になっている。
「状態はかなりいいですね。傷口も綺麗です」とのこと。

 サブ医が湯に浸かったギプスを持ってくる。担当医がふくらはぎを持ち足を上げる。「持っていますから、力を抜いてください」と言われ力を抜く。担当医が薄いスポンジの筒で指先から膝までを覆いその上からサブ医がギプスを素早く巻いていく。都度担当医が「ここが薄い」等の指示を出す。巻いている最中にギプスは固くなりベタベタしている。足首は90度で固定されており少し痛い。直径と高さが5センチほどの円形のゴムを足裏のかかと寄りに置き、取れないようにギプスで固定する。
 サブ医が、足の指先から余分に出ているギプスを、なにかの映画の拷問シーンで指を切断する時に使った鋏で切り取っていく。拷問されている気分。目を逸らしたいが逸したくない。
 巻き直しが終わり、松葉杖一本で立つように言われる。右手を松葉杖、左手を担当医の肩に乗せて立ち上がる。左足を床につけ恐る恐る体重をかけてみる。足裏と傷口周辺に痛みが走りアキレス腱はがちがちに固まっている。22日ぶりに左足を床につける。ゴムがあるためバランスは悪い。
「あとはレントゲンを撮って、問題なければいつでも退院してかまいません。今日から左足に体重をかけて慣れるようにしてください」と言われる。全体重かけていいのかと訊くと「はい。リハビリのトレーナーにも指示しておきます。一週間後にギプスを外します」と言い去っていった。

 リハビリ。トレーナーに全体重の件を伝えると「これからは松葉杖一本で歩いてください」と言われる。トレーナーに体を支えて貰いながら松葉杖一本で廊下を歩く。足裏、傷口、アキレス腱、ふくらはぎ、ふくらはぎの前が痛い。体重をかけるたびに傷口周辺が痛むが、そんなことより、3週間車椅子と両手松葉杖の状態から開放され自分の足で立って歩けることに感動した。
 退院の話をする。「
有痛性外脛骨の手術ってだいたいどれぐらい入院するものなんですか」と訊くと「手術して3日後に退院した人もいましたよ」と笑いながら答える。
「歩くのって楽しいですね」
「明日は階段をやりましょう。手提げで荷物を持ってきてください。それを持って階段の上り下りをします」

 リハビリから戻ると、看護師や介護士に「歩けるようになったみたいですね」と声をかけられる。車椅子を返却し手提げに電子書籍とスマホを入れて下に降りてコーヒーを買い、戻ってデイルームで読書をする。足の痛みはあるが歩けることが楽しすぎてあちこちを行ったり来たりする。足の内側に体重をかけると傷口が痛む。

 アキレス腱が90度で固定されているので、ベッドに横になった際に膝が真っ直ぐにならない。膝裏にクッションを置く必要があるので、掛け布団を敷く。

 消灯後、今日誕生日だったこととジェイソンはチェーンソーを使わないことを思い出す。

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