ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 9.ラブレター

 メインの活動場だった投稿サイトが消滅し、創作発表板や文芸書籍サロンという板が新たに作られ、それに伴い創作文芸板自体も過疎化し、美樹本との言い争いにも疲れた僕は、誰も自分を知らない場所でのんびり話がしたいと思い様々な板の様々なスレッドを渡り歩いていた。気がつけば匿名掲示板で1、2を争う勢いのある板の無職スレッドで雑談するようになった。理由はとくにない。ただ目についただけだ。結局のところ僕は匿名掲示板でしか話し相手がいないというだけの話だ。
 生活保護を受給している精神障害者を隠して無職スレッドに入り浸っていた。これがよくなかった。
 誰かが「無料通話アプリのグループで話そう」と言ったのが盛り上がり、ある名無しがグループを作り自分のIDを書き込んだ。もちろん僕もそのグループに入った。本名で。
 新人賞に本名で出しているのだからそれを隠す必要はないだう。そう思ってSNSや匿名掲示板で本名明記で書き込んでいた。まさかそれが永遠にインターネット上に残るなどとは思わなかったので、軽い気持ちで本名を晒したり顔写真を晒したり続けた結果、僕の本名で検索すると顔から書き込みから小説やらなんだのかんだの大量に出てくるようになってしまった。
 グループの一人が僕の本名で検索をし「とんでもないやつがいる!」と無職スレッドに晒した。僕のSNSやら顔やら雑談スレッドの書き込みやら小説やら美樹本の書き込みやらが無職スレッドに大量に書き込まれる。俗にいう炎上というやつだ。当然雑談スレッドにも飛び火し、無職スレッドの僕の書き込みが雑談スレッドに書き込まれ、その逆も然り、連日連夜のカーニヴァル。
 同時期に障害者枠で時給いくらで働き始めていたのだが、SNSでの書き込みから特定され、行きつけのラーメン屋も特定され、仕事は怖くなって続けられず外にも出られなくなりにっちもさっちもいかない状況に。
 さすがにこんな状況で匿名掲示板遊びなどできるわけもなくいつ部屋のチャイムが鳴らされるかと不安になり生きている心地がしない毎日。
 これはいよいよ終わりかもしれないと覚悟した。どうすればいいのかわからなくなり、警察署へ行って話を聞いてもらった。もちろん聞いてもらうだけに終わったが、それでも少しは安心できた。無料相談ができるところで弁護士にも相談した。匿名掲示板の書き込みを削除するのは時間がかかる。SNS等は控えてこれ以上燃えないようにするしかない、との助言をいただいた。
 弁護士の助言に従いSNSは非公開にして書き込みも控えていると、1ヶ月も続かず飽きられてしまい炎上はあっけなく終わってしまった。ネット炎上などその程度だ。飽きるまでなにもしなければ勝手に火は消える。

 という顛末を、十年以上2ちゃんねるをやって、三度警察に相談して一度弁護士に相談した話というものにまとめた。
 その頃から僕はれつだんという固定ハンドルネームではなく、本名で呼ばれるようになった。もちろん美樹本からの攻撃も本名明記だ。
 その炎上の最中、僕は美樹本とSNSでメッセージのやり取りをしていた。

「れつだん君へ。もう匿名掲示板はやめなさい。廃人に餌をやっても仕方ないぞ。俺も君も炎上したけど得るものはなかっただろ。SNSでグループ作るからそこに来なさい」
 突然こんな内容のメッセージが届いたので驚いてしまった。「俺から陽子を奪った異常者れつだん!」とブログやスレッドで毎日怒り狂っていた人間がなぜ突然? 僕が炎上して弱っているから直接刺しに来たのか? 様子を見るため「どうもこんにちわ。SNSも日記も非公開にしました」とだけ返信した。
「これでよくわかっただろう。匿名掲示板をやってる人間が、「終わってる」ってことを。まあ、あの廃人どもはなにもできないだろう。それにこんな炎上、俺の経験と比べれば屁でもないよ。俺なんか携帯がクラックされてパソコンは電波ジャックされ、部屋の中にカメラとマイクをつけられて常に監視されてた。電車に乗ったら女子高生が俺を見てひそひそ話してるし」
 返事に困った僕は「なるほど、大変でしたね。僕も職場を特定されてしまって行けなくなってしまいました。誰かが見てるんじゃないかと思って怖くなりましたよ」と返信した。
「俺が仕事を紹介してやる。俺が昔登録してた派遣会社に行きなさい。俺の名前を出せばすぐに仕事を斡旋してもらえる。生活保護をやめるチャンスだぞ」
 前のめりで来られると引いてしまう僕は「そうなのですね。検索してみます」とだけ返信した。
「匿名掲示板はやめて、生まれ変わりなさい。俺も完成間近だった同人誌をバードという男に潰されてから、毎日必死だよ。君は知ってるかわからないが、柱の会という同人誌だ」
 ここから美樹本の愚痴が始まる。
「ああ、ありましたね。何人かで作ってましたね」
「バードというのは文学を読んでいればすごい小説が書けると勘違いしてる精神異常者でね。毎日親の金でビールを飲んで匿名掲示板で、「俺は傑作を書いた。間違いなく受賞する。美樹本とは違う。」とストーキングしてきている。その男が柱の会から脱退する際にほかのメンバーにも裏で、「美樹本の立ち上げた同人誌を潰してやろう。俺、美樹本嫌いだから。地獄に落ちてほしいと思ってるんで。受賞予定の俺に従うべき」と圧力をかけて、全員で辞めて俺の同人誌が潰れたという流れで」
 匿名掲示板で美樹本をストーキングしているのはれつだんじゃなかったっけ? バードも美樹本をストーキングしているのか?
「バードはなぜ同人誌を脱退したんですか?」
「一応表向きは病気ということになっているが、俺が見た限りでは病気ではないね。俺に近づいて俺の同人誌に参加して、俺の同人誌を崩壊させて、俺に精神的苦痛を与えたかったのだろう」
「なぜそんなことをする必要があるんです?」
「さあ、それは知らないね。世界的クリエイターで芸術家の圧倒的成功者美樹本を陥れたかったんじゃないかな。俺に嫉妬していたんだろう。嫉妬されるのは慣れてるけどさ」
 わけがわからなくなってきた。スレッドで垂れ流していた妄言はネタではなく本気だったのか。妄想と現実が一緒になって脳内で爆発している状態だ。閉鎖病棟でもここまでの人間は見なかった。ここまでの人間が普通に社会で生きていられるのか。
 それにどう返事していいか悩んでいると「どうした、返事がないぞ。飯か、風呂か、なにしてるんだ。早く返事をするように」というメッセージが届いた。「ああ、ちょっと、本を読んでいました」と返すと「いい小説を書くために必要なのは読書ではなく、外へ出て自然を感じ肉体労働で汗を流すことだ。俺の小説とブログを読めば、小説家になるために必要なことがわかるだろう」と言う。「まあ、僕は好きで読書してる感じなんですよね」と返すと「今、上位レベルの人間に調べてもらったが、れつだん君の家には盗聴器はないようなので安心してもらっていい。俺も飯の時間。そのあとは読書して、明日は倉庫で仕事」
 僕に読書するなと言っておいて、お前は読書するのかよ! 盗聴器ってなんの話だよ! というか会話が一方的すぎるんだよ!
 思ったことを押し殺し「はーい、おやすみなさい」とだけ返信する。なにを言っても無駄だし、刺激しても無駄だし、美樹本の妄想に付き合うしかない。
 しかし、とても疲れる。

 翌日の夜、またメッセージが届いた。
「今日の雑談スレッドには名無しのバードの書き込みは見当たらない。俺は今日倉庫へ行って夕方まで仕事をした。そのあとスーパーで買い物をしてドラッグストアに寄って、晩飯はうどんを茹でて食べた。これから読書して寝る。やはり名無しのバードは明らかに俺を狙っている。ブログにバードの悪行を嗅いたので読んで欲しい。まともに社会に出ず親の金で豪遊三昧。まったく、バードに同人誌を破壊されるのなら誘わなければよかった。れつだん君へのアドバイスをブログに書いたので読むように」
 それにどう返事していいか悩んでいると「どうした、返事がないぞ。飯か、風呂か、なにしてるんだ。早く返事をするように」というメッセージが届いた。以下略。

 翌日の夜、またメッセージが届いた。
「今日の雑談スレッドにはれつだん粘着は見当たらないが名無しのバードがいた。俺は今日倉庫へ行って夕方まで仕事をした。そのあとスーパーで買い物をして本屋に寄って、晩飯は鶏鍋を作って食べた。これからブログを更新して少し執筆して寝る。名無しのれつだんは名無しのバードだったということがわかった。れつだん君も早く仕事をしなさい。更生すれば俺も小説の仕事をやってもいい」
 それにどう返事していいか悩んでいると以下略。

 翌日の夜、またメッセージが届いた。
「今日は仕事が終わってスーパーで買物をしてきた。原付きで外を走るととても気持ちいい。れつだん君も家にこもって読書ばかりしてないで外へ出なさい。書を捨てよ町へ出よう。家に引きこもっていると雑談スレッドの名無しみたいに脳が壊れてしまう。日に当たって健康的に生きないと。飯はちゃんと食べているのか。どうせコンビニ弁当ばかりだろう。ちゃんと自炊するように」

 ……もういいだろう。雑談スレッドでなにがあったか、今日自分がなにをしたか、バードへの恨み、僕への説教、名無しへの恨みつらみ、それが毎日続く。実に2ヶ月以上もそれが続いた。炎上はするわ意味不明なメッセージは届くわで追いつめられた僕は、よく一緒に飲みに行っていた友人に「毎日わけのわかんないメッセージが一方的に送りつけられるんですよ。で、返事しないと「返事がないぞ。なにしてるんだ」みたいにつめられる。これどうすればいいですかね?」と訊いた。もちろん「そんなの、ブロックすればいいじゃん」という返信。ブロックしたら僕への怒りが増幅して、家を突き止められて刺されたりしたら、という不安があった。メッセージが届いても通知しないように設定した。しかし友人知人とのやり取りで開くと、美樹本洋介さんからメッセージが届いていますと表示される。開くと「どうした」「真面目に働いてるのか」「俺はなにをした」「俺の書いた小説は」「雑談スレッドは」「バードは」「俺のストーカーは」「国の上位レベルと相談したが」「世界の忍者組織とは」「埼玉県の知事にならないかと言われた」「俺は大元帥と呼ばれていて」「なぜ働かないのか」「精神薬など飲むからおかしくなるのだ」というものが届き続ける。
 ここまで本気で自分の妄想を信じ込んでいる人がいるのかという驚きと、1日に最低でも15通は来る一方的なメッセージに疲れや不安を超えて恐怖を感じる。自傷他害を起こしていないから外で生きているだけで、ここまでのレベルは即座に入院だろう。とはいえ「あなたは病気です。入院しましょう」と家族や親族、友人が言ったところで病識がない美樹本には通じない。なにか事件を起こせば措置入院というかたちで隔離されるだろうが、書き込みやメッセージを見る限り全能感に溢れているので鬱から自殺未遂ということもないだろうし、身近な人を敵だと認識し暴力を振るうこともないだろうから、これはもうどうしようもない。
 しかし残念なことに、僕にはまったく関係ない。美樹本が妄想を炸裂させていようが治療を拒否しようが、最終的に事件を起こそうがなにをどうしようが僕が責任を感じる必要はないし感じてもいない。僕はマザー・テレサではないので今まで何年にもわたり誹謗中傷してきたクソ野郎に救いの手など差し伸べるわけがない。もちそんそれは雑談スレッドの固定ハンドルネームたちも同じだ。
 勝手にすればいい。
 という結論に至ったため、美樹本をブロックした。

「やはりれつだんは敵であった。情けをかけてメッセージを送った俺が馬鹿だった。少しでも更生させようと思った俺が間違っていた。障害者は死ぬまで障害者だ。異常者は死ぬまで異常者だ。エタヒニンはエタヒニンのままである。やはりネットを絶たせて死ぬまで閉鎖病棟か牢獄に閉じ込めねば、俺の人生はよくならない」
 ま、そうなるよね。

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