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第10話 リハビリ2 2021年8月3日 さようなら、外脛骨

 気がつけば入院7日目。小銭をポケットに入れ車椅子でデイルームに行く。展望台になっておりごみごみとした街を一望できる。給茶機と自販機と本棚がある。面会用に椅子とテーブルが並んでいるが新型コロナウイルスの影響で面会は謝絶。のはずが若い男女が本とノートを開いて勉強をしている。自販機に小銭を入れなにを飲むか悩んでいると若い男性が「押しましょうか?」と声をかけてきた。自販機は車椅子用に下部にもボタンがあるため「ありがとうございます、大丈夫です」と断る。とっさに断ってしまったが人の好意は受け取っておいたほうがよいのではないかと後悔。と同時に人の優しさに感動。僕なら声はかけられないだろう。やるかやらないかではなくやれるかやれないかの違いで、僕みたいな半人前の人非人は断られたら恥ずかしいと自分のことだけを考えてしまう。だからいつまで経ってもまともな人間にはなれない。
 ベッドに戻り買ったジュースを飲んでいると採血がありその後手首から数センチ上に29日から刺さったままであった点滴がようやく抜かれる。抗生剤を打つ時だけ使用しそれ以外は刺さった状態で止めていたので気にはならなかったが、それでもなくなると気分もすっきりする。
 昼食前にリハビリ。理由は不明だが今日からリハビリテーション科ではなく病棟の廊下となる。廊下を松葉杖で往復した後椅子に座って左足に2キロの重りを足に巻いて足の上げ下げ20回と太ももの上げ下げ20回を2セット。1セットは余裕だったが2セット目が地獄で徐々に足が上がらなくなり声が漏れる。その様子をトレーナーは楽しそうに笑いながら見ている。
「演技が上手いですね」と笑われる。「2キロでこれだと筋肉がかなり落ちてますよ」とのこと。関西出身かと訊かれたので兵庫県出身ですと答える。
 トレーナーさんも関西弁ですねと訊くと「私が生まれる前に家族で東京に越して来たので両親と兄は関西弁で、それを聞いて育った私も関西弁になってしまいました」と笑う。
「東京に住んでいても家族が方言だとそっちに引っ張られるんですね」
「家の中は関西弁オンリーですからね。直すのも面倒で」
「僕は東京に出てきて10年ですが、できるだけ関西弁を消そうと努力しています」
「えっ、努力してこれですか? めちゃくちゃ関西弁ですよ。俺は一切直さないって決めてるのかと思ってました」
「個人的にはかなり標準語になったと思っていました」と笑うとトレーナーも笑う。笑いつつ、矯正出来ていると思っていたのは自分だったのかと少しショックを受ける。
「イントネーションがね、口に出す前に一度頭で考えなきゃいけないんですよね。でも会話だと考える暇なんてないですから。そう考えるとアナウンサーとかは完璧に矯正出来ているからすごいですよね」
「原稿読むなら結構いける気がします」

 リハビリが終わり昼食を食べ読書しているとシーツ交換とのことなので車椅子でデイルームへ行き読書の続きをする。時間がかかるだろうと思っていたが5分とかからず呼びに来る。礼を言って読書の続き。
 できるだけ松葉杖を使おうと思いトイレに行くが、車椅子でトイレと同じく扉で手間取る。開けた状態で止まらないので押さえながら入る必要があるが、右手で押さえたまま松葉杖を使うことが不可能なので結局片足で飛んで中へ入る。
 担当看護師に睡眠薬をたくさん飲んでいて危険なので消灯後にトイレに行く際は看護師を呼ぶようにと言われる。面倒くさいが事故を防ぐためには仕方がない。入院前に面談した美人そうな薬剤師がやってきて足りない薬の確認を受ける。
 退院後は夕食だけ宅配弁当を使おうかと思いいろいろとスマホで検索するが意外と高くつくので悩む。両手が塞がるのでスーパーの買物も難しいだろう。トレーナーによると「首から袋を下げて買い物する人もいますね」とのことだが、重さで倒れるかもと考えると少し怖い。昔よく会っていた友人に頼むかとも考えたが、都合のいい時だけ頼るというのは人としてどうかと考える。
 夜、松葉杖で体重をかけている手のひらの痛みがひどくなる。寝る前の薬を飲むためポケットにコップを入れて松葉杖で洗面台に行きコップに水を注ぐ。それをベッドに持って帰る方法がないことに気づきしばし呆然とする。仕方がないので薬を持ってきてその場で飲んで戻る。頭で考えている以上に松葉杖とは不便なものなのだと理解する必要がある。

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