第13話 リハビリ5 2021年8月6日 さようなら、外脛骨
朝、担当看護師に売店で欲しいものがあると伝えると「車椅子で行っていいですよ」と言われる。驚いたので「一人で行っていいんですか?」と返すと「一人が心配ならヘルパーさんについて行って貰いますか」と言われたので慌てて一人で行くと返す。もっと早くに言っておけばよかった。
エレベーターで降りて連絡通路を通りまたエレベーターで降りる。一般用のエレベーターでは中で一回転出来ずバックして降りることになってしまうため車椅子・ベッド用を使う。通路の狭さと少しの傾斜で右往左往。軽い坂になっているところはスピードが出てしまうが自転車のようなブレーキがないためとても危ない。売店は狭く一人が通れるスペースしか空いていない。とっさに動くことも出来ないので歩いている人に避けてもらうしかない。そのたびに「すみません」を繰り返す。ボディタオル、和菓子、ペットボトルのアイスコーヒー、メガネクリーナーを買う。鏡も欲しかったが800円もするので断念。
戻って和菓子とアイスコーヒーを楽しむ。口に入れると甘みが広がりすぐに溶けてなくなる。すぐになくなるので次々と口に入れてしまう。1袋が終わってしまった。アイスコーヒーもとても美味しい。売店でタリーズのペットボトルコーヒーを買い十分満足出来たので、タリーズに行かなくてもいいのではと思う。ペットボトルだと500ミリで140円で買えてしまう。タリーズのアイスコーヒーは500円近くするので毎日飲むには適していない。
昼食後にリハビリ。唯一の趣味がスポーツ観戦とのこと。ワールドカップの日本代表の話をされるが35年の人生で一度も試合を観たことがなく選手も監督もさっぱりわからないので僕のお得意の相槌「はいはい、なるほど、確かに、そうですね」を使いこなし話を流しつつ聞いているアピールをしておく。
「オリンピック、サッカーのチケット当選してたんですよ」
「はいはい、オリンピック」
「無観客にならなきゃ生で見られたんですよね」
「本当に、無観客になったのは残念ですね」
「チケットも高かったんですよ」
オリンピックが無観客になったこともチケットの相場もわからないので聞きながら別のことを考えていたが、「2人で8万もしたんですよ」と言われて驚愕してしまった。高くても1人1万ぐらいかと思っていたので「オリンピックって高いんですね」とバカみたいな反応をすると「そうなんですよ。でも、一生に一回あるかないかだから、生で観ないとと損じゃないですか」と言われてまた驚愕。テレビで観たら0円なのになと考えるが、僕もバンドのライヴやコンサートに行くので偉そうなことは言えないし、生の臨場感や感動も理解している。そもそも他人の金の使い方にどうこう言える立場にない。
驚愕で聞き流すところだったが、またトレーナーにかまされてしまった。さり気なく2人でというワードを入れられたわけだ。オリンピックに行く彼氏及び夫がいるので、あなたみたいななんのために生きているのかもわからない産業廃棄物は仕事だから仕方なく相手してやってるんで、勘違いしないでくださいねというわけだ。もちろん僕は勘違いしていない。
鼻をかくために一瞬マスクを外した素顔が日泉舞香に似ていたため少しときめいてしまったが、ときめくだけに留めておく。
明日と明後日は土日なのでリハビリはなし。唯一の会話相手であるトレーナーに会えないのは残念であるが仕方ない。
戻ると担当看護師に「今日から痛み止めの飲み薬が終わるので、薬は自己管理で」と言われる。精神病棟でもないし普段薬は自己管理しているのでなんの問題もない。
シャワーを浴びる前にタオルのレンタル申込みをする。バスマットで体を拭くか一日プラス200円かで悩みに悩んだ末の結論。やはり洗濯されているとはいえ他人が使ったバスマットで体や頭、顔を拭くのはいい気がしない。おばさんヘルパーに「じゃ、タオル持っていって」と手渡されるが両手が松葉杖で塞がっているため持って行くことが出来ずお互い笑う。
深夜睡眠薬を飲んだ後トイレに行った際ふらついてしまい左足の親指を地面に着け体重をかけてしまった。不安なので看護師を呼ぶと中学生がやってきて懐中電灯で左足を見て触りながらふむふむ言っている。上司を呼びだし二人でふむふむ言っている。「ま、大丈夫でしょう。明日痛かったら言ってくださいね。夜のトイレは危険なので看護師を呼んでくださいね」とのこと。和菓子の残りを食べきる。
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