ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 2.ラインを越えて

 美樹本洋介@ブルーロベリアの日記は5年間毎日続いていた。毎回1000文字程度の分量で最後には必ず歌謡曲のURLが貼られていた。基本的には今日なにをしたという純粋な日記になっているが、僕への罵倒の傾向がそこにも現れていた。

 ある日は面接をしてくれた年下のIT社長への罵倒。素晴らしい才能を持った俺を不合格にするとはなにごとかと怒り狂い罵倒している。

 と思えばある日はバイクで河川敷に行ったというほのぼのとした内容と風景写真が貼られている。

 と思えば自分がいかに才能に溢れた天才であるかという自画自賛が続く。埼玉県の春日部市に住んでおり、どこのスーパーへ行ったどこへ食べに行ったと行動まで逐一報告し公表している。

 そして最新の記事は僕への罵倒が画面を埋め尽くしている。

 すべてに共通するのは、文中に一切改行がないという点だ。小説と同じく、読み手のことを考えていない。推敲もしてないのだろう。てにはをの間違いや変換ミスや重複が目立ち読むのに苦労する。僕にはそれが理解ができない。結論としては、自分の文章を客観視できていないのだろう。特にブログにおいてそれは顕著に現れている。面接官への罵倒や自分がいかに素晴らしいかという自画自賛を本名と大体の所在地明記で堂々とインターネット上に晒す神経がわからない。それが自分の名を落としていると気がつかないのだろうか。

 そのあたりをつついてもいいが、あまり正論を言ってもつまらない。ふざけつつ核心を突きつつ相手の怒りを買ういじりをしなければならない。それもまた匿名掲示板のマナーだろう。

 イラストという記事が目についたのでクリックすると、美樹本洋介がこれまでに描いた絵がいくつもアップロードされていた。それがまた小説と同じかそれ以上にとんでもない代物だった。小学生の写生大会の絵だといえばわかりやすいだろうか。よくいえばシンプル。風景画は数本の棒線と滲んだ色だけで構成され、人物画はどれも同じで丸に目鼻口がちょんちょんちょん。体に至っては寸胴体型で腕や足の長さがおかしくバランスが崩壊している。

それを芸術作品と称し堂々と晒している。

 頭が痛くなってきた。パンドラの匣を開けてしまったのだろうか。つついてはいけないものをつついてしまったのだろうか。沈んだ気持ちで匿名掲示板のスレッドを開くと、美樹本が連続投稿していた。すべて僕への罵倒。いや、罵倒なんて可愛いものじゃない。人格攻撃だ。誹謗中傷だ。怠け者の生活保護だの頭のおかしい精神病だの才能がないから僻んでいるだの親の教育が悪いだの。それを見た名無しやほかの固定ハンドルネームが美樹本を窘めようとするが、美樹本は「れつだん先生が最初に俺に喧嘩を売ってきた。俺の作品を誹謗中傷したあいつを許さない」と怒り狂っている。

 腋から汗が横腹を伝って落ちていくのを感じる。美樹本の僕への罵倒は僕が自分で公開した情報ばかりなのでとくになにも感じないが、それを何度も書き込みブログでも書き連ねる美樹本の、一度火がつくと止まらないその状態を見て僕は恐怖を覚えた。気がつくと部屋は真っ暗になっておりパソコンの明かりが僕の顔を照らしている。部屋の向こうのドアから視線を感じる。美樹本がそこに立っているような気がした。そんなことはありえないと心中で何度も繰り返した。罵倒には罵倒。中傷には中傷。そっちがその気ならやってやる。どんな手段を持ってしてもこの男を叩きのめす。どうせ僕には棄てるほど時間が余っている。煙草に火をつけ煙を思いっきり吸い込んで吐き出した。このクソ野郎。吸い殻でいっぱいになった灰皿に煙草を押し付け、投稿の名前欄を消し名無しで「俺はれつだんに味方するわ。美樹本ちょっと異常じゃね?」と書き込んだ。

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