ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 4.夢

 ラジオを聞きながら雑談していると美樹本が帰ってきた。

「はい、話題の俺が登場しました。もちろん妄想でも統合失調症でもありません。俺はまともですし事実です。えーっと今日はまだ陽子さんは来てないのかな。今日は現場がすぐ終わって、スーパーで煙草と晩ごはんの惣菜を買って帰ってきて、ここ見る前に絵を1枚書いた。ブログに詳しく書いたのでURL貼りつけます。同人誌ですがSNSで何人かとアポイントメントを取ってチャットでの面談をやっているので順調に進んでいます。一人正式メンバーが増えました」

「俺の名前にブルーがあるのは、ブルーハーツのファンだからなんだけど、青は若さの象徴という意味もある。いつまでも若い気持ちを忘れないという意味でつけました。たまに行くスナックのママからは、肌がピチピチして46歳に見えないと言われています」

「れつだんみたいなのは、死ぬまで閉鎖病棟に閉じ込めるしかないんだろう。服薬治療も効果がないようだし、このまま生かしておいても国のお荷物になるだけ。生かし続ける価値はない。非生産者だから、ガス室に送るしかない」

「陽子さんはまだ帰ってこないのかな。待ってます。報告したいこともあるんですよ。同人誌です。入っていただけませんか」

「言っておきますが、俺が陽子さんに同人誌に入ってもらいたいってのは、下心があって言ってるわけじゃありません。若い女性は男と違って感受性が豊かでみずみずしくいい小説を書くからです。若い女性はプロデビューしたいという気持ちが同年代の男より強いのです」

 怒涛の連続投稿だ。自分のことを語り、僕への攻撃が続き、陽子への思いがあふれる内容で〆る。名無しがそれに言い過ぎだのもっとやれだのと言って薪をくべてくれている。

 すると陽子がやってきた。

「すごい荒れてるねー(苦笑)ここは音楽バースレッドなので、URLを貼り付けましょう。というわけで最初の一曲」

 それだけ?

 いや、そんな、僕の荒らし行為に一言で終わらせるのはまだ理解できるが、美樹本の陽子への熱いメッセージになんのコメントもなく完全な無視で終わるのか? 46歳の大人が10歳以上年下の女に恥も外聞もないストレートな愛の告白しているというのに、なぜそれを無視するのか。美樹本を小馬鹿にする陽子の書き込みに僕は怒りを通り越して涙が出そうになった。実際に出たわけではないが、それに近い感情になったことは確かだ。美樹本の一世一代の覚悟に敬意を払えよ。僕への罵倒が多いところやオナニーだの精液だのという絶対的タヴー・ワードを平気で書き込んでいるところは辟易する点ではあるが、その間には陽子さん聞いて下さい、陽子さん俺ってどうですか、陽子さんと仲良くしたいんですという感情、それだけが書き込みからにじみ出ている。直接的に連絡先を訊いたり好きだと言ったりしているわけではないが、そこがまた可愛いところじゃないか。50に手が届くという初老の男の照れ、可愛いじゃないか。僕という共通の敵の話題で盛り上がって二人の関係性が深まっているところじゃないか。恋愛だと一番楽しいところだ。あとになって笑い合うわけですよ。あそこが始まりだったねと。美樹本が盛り上がっているんだから、陽子もちゃんと盛り上がってやれよ。なにが「というわけで」なんだよ。男を小馬鹿にしやがって。この野郎。こいつだけは絶対に許さない。愛をぶつける男の気持ちを踏みにじるこの性悪女だけは絶対に許すことができない。

「もうちょっと美樹本に構ってやれよ」

 陽子への怒りのあまり、僕はこんな柄にもない内容の書き込みをしてしまった。ちょうどほかの名無しやおじさんがやってきて音楽談義で盛り上がっている最中ではあったが、そんな流れぶった切ってやる。一言物申さねば気がすまない。

「いやー、別に私、ここで出会い求めてるわけじゃないからね(苦笑)それに同人誌も興味ないし」

 なにも言い返せずにいると美樹本が「こんにちわ」と書き込んだ。陽子が出てくるまで待っていたのかと思えるほどナイスなタイミングだ。

「油絵が全然進まなくて、小説も書けなくて、スレを見ていて思ったのが、「公募に落選したとか一次通過したとかって無意味だな」と思った。それが創作板の怨念になってる。俺は公募にさっさと見切りをつけて今は同人誌を企画してるわけだけど、なんで陽子さんを誘うかってのも結局、「公募で受賞とか馬鹿が見る夢だよね」っていう話で陽子さんに声をかけたわけで。俺は陽子さんの才能をこの板で一番早くに感じた男だから、別の道もあるっていう提案の意味を込めての「同人誌もありますよ」という提言。それがいつの間にか俺が陽子さんに惚れているってなってて、これは皆さんわかっていると思うけど名無しのれつだんが一人でやっていることなんだよね。れつだんって本当に救いようのない頭の悪さだなって思ったわけ。俺はこんなに才能があるのに日の目を見ないのは全部ブルーのせいだ! って八つ当たり。れつだんの人生が終わってるのは俺のせいじゃないんだけどね」

 なるほど、よくわからなくなってきた。

「ていうか俺が女に飢えているってのが間違ってるんだよね。別に女漁りしてるわけじゃないし。ついこないだ、近所のスーパーの女の店員さんと話して、「今なにやってるの?」と訊かれたんで、「倉庫で働きながら絵を描いて気ままに暮らしてます」と言い、「へー」という後に、「展示会で大絶賛でしたけどね」と言ったら、「絵見せてよ」というから名刺渡して、それっきりなんだけど、別に俺はその店員さんが好きなわけでもないし、でもその店員さんが俺のことを好きだったってその瞬間に気づかなかった抜けている俺って(苦笑)」

 続けて続けて。よくわからない。

「匿名掲示板って言うけど、ここができたのって1999年だろ? その頃は俺はパソコン通信でガールフレンド10人ぐらい作って美味しい思いしてたってわけ。別にこんなところで女漁りする必要もないんだよな。そういう流れにしたい精神病の異常者がごちゃごちゃ言ってるだけで。俺と陽子さんの間には特別な感情があるのは誰が見てもそうなんだから、そういう男と女の心のつながりってのが理解できないと、まともに小説を書けないよねって。だから俺はれつだんの小説は読まないっていう結論」

 僕は名無しで「美樹本さん、大丈夫?」と書き込んだ。

「別になんともないけど。こんな便所の落書きで人の足を引っ張り続けてるれつだんに怒りを感じてるだけです。正義としてね。それ以外は別に。小説書いて絵描いて仕事して、上位レベルの場所で常に切磋琢磨して向上しているんで、地べたを這いずり回って残飯漁りしてるれつだんなんて興味ないです(キッパリ)」

「美樹本の言ってることがよくわからないんだが」と僕ではない名無しが言った。ほかの名無しもそれに賛同しおじさんも含めての美樹本大丈夫か書き込みがいくつも続いた。その間陽子は一言も発言していない。

「あともう一つ言っておくと、俺って「性欲から開放された唯一の男」ですからね。十代の頃から今まで恋をすると絵が描きたくなるっていう特殊な性癖で、女性に一方的に惚れられては「俺、君より絵のほうが大事なんだ」って断り続けて、結局今も絵を描いてるわけで。だから俺をその他の、たとえばれつだんみたいな脳内がセックスで溢れている性欲異常者と一緒にしてもらっては困るっていう。れつだんみたいなセックスがしたくてしたくてたまらないから女なら誰でもいい手当たり次第に手を出して嫌われるっていう卑しい男とは一緒にされたくない。別に女なんか俺から動かなくてもあっちからいくらでもやってくるしっていう。ただそれにいちいち構ってられないってだけでね」

「恋をすると絵が描きたくなるって、お前マジで言ってるのか?」とおじさんが言った。続いて名無しが「上位レベルってなに?」「スーパーの店員の話はどういう意味?」「アメリカで大ヒットとか言ってたね」「陽子に振られておかしくなっちゃったのか?」「パソコン通信でガールフレンド?」「昨日からちょっと言ってることがわけわからん」「開放された男?」と矢継ぎ早に疑問をぶつける。

 いつもの煽って馬鹿にしてネタにするという展開にはならず、美樹本を心配する書き込みが止まらない。僕も目が点になったままフリーズしている。

「というわけでしばらくこっちのスレッドに書き込むことにしたから。陽子さんと会話すると雑音がひどくまともなコミュニケーションが取れないので、私のブログからメール送って貰えれば。二人だけのチャットも用意してるので、そこで高度なコミュニケーションをしましょう。誰も邪魔しませんからね」と、どういうわけなのかわからないが、文芸同人誌柱の会というホームページのURLとメールアドレスが貼り付けられた。

 美樹本は「匿名掲示板でごちゃごちゃ言われるのが嫌だったので今まで発表しませんでしたが、メンバーはほかにも集まっています。まず、文芸同人誌柱の会のサイトを立ち上げました。そこにメンバー紹介があるので見ていただいて。ちゃんと陽子さんの席は確保しているので安心してください」となにをどう安心すればよいのか意味不明なことを一方的にまくし立てた。

 URLを開いてみるとゼロ年代初期の個人サイトのような簡易ホームページが現れた。

 文芸同好会柱の会

 Wixiを中心に集まった才能あふれる文士たちで作った、掌編同人誌です。ジャンルレス、ボーダーレスで文芸フリマで無料配布する可能性があります。

 ごあいさつ バード

 私達「柱の会」は、会員の一人一人が文学の道に於いて銘々に一本の柱とならんことを期し、また、その大成した緑の海原がいつの日にか既成の文壇、或いは文学界に一石を投ずる有為の流れのよすがとならんことを誓い、結集した有志による同好会です。

 メンバー紹介をクリックする。

 主催者 美樹本洋介@ブルーロベリア 埼玉県在住。小説と絵で男女の繊細な感情を表現しています。国内だけでなく海外でも絶大な知名度を誇る芸術家。毎日ブログを更新し日々感じたことを綴っています。文芸同好会「柱の会」はあなたの作品をお待ちしています。

 バード 埼玉県在住。ニート、ワナビ、自律神経失調症の三重苦に苛まれた文学青年。通院中。ビールがガソリン。三島由紀夫と太宰治を尊敬し、愛読している。純文学の新人賞を志向しているが、エンタメにも理解あり。現在、怪しげな私小説を執筆中。本作にて新人賞を受賞し、プロ作家として華々しくデビューすることをここに誓います!

 堕天使サキミカエル 過去現在未来において最強のノベルモンスター堕天使サキミカエルです。僕はあなた達に一つ約束しよう。この堕天使サキミカエルは、一生解けない魔法を提供する。一生ものの小説っていう魔法を提供する、ってね。アーユーオーケー?

 熟れた奥様(主婦) 児童文学や童話、エッセイ、たまに小説。読むのは文学、エンタメ、ミステリー、SF、なんでも! 今日も献立に悩みながら、頭から零れた創作ネタがまな板の上で暴れだすわよ!

 ちんぽっぽ ちんちんぽっぽ、ちんぽっぽ、おいらはちんぽ、オナニーさ。ふざけてるけど本気。これが俺流ちんぽっぽ!

 ヴィジュアル系やメタルのバンドマンの「イカれたメンバーを紹介するぜい!」的な赤面ノリを堂々とやられると、恥ずかしくないどころか清々しい気持ちになると気がつかせていただいた。美樹本には個性的なメンバーだけを集める才能があるのかもしれない。

 音楽バースレッドを更新すると、陽子の書き込みだけが現れた。

「チャットも同人誌も興味がありません。私はこのスレで楽しく音楽雑談がしたいだけです。美樹本さん、このスレを荒らすのはやめてください」

 それはいつものんびりしていた陽子が初めて見せた、茶化す気も起こさせない、はっきりとした拒絶だった。

 名無しが「美樹本はこのスレ出禁にしたほうがいいよ」と書き込むとそれに賛同する書き込みがなされた。

「陽子さんへ。ここに書くと嫉みとかやっかみとか僻みとか大勢を無駄に刺激することになってしまいますので、詳細はここではなくメールでお願いしたいのです。一応チャットの準備は近々やりますが、現在勉強中なのでご理解いただきたい。陽子さんと継続して話すために脱匿名掲示板を宣言しますので、以降のコミュニケーションはメールでお願いします。二人だけのチャットルームも用意していますので」

 陽子のはっきりとした拒絶は目に入らないのか、それとも理解できないのか、美樹本の押しは止まらない。なんとしてでも陽子の連絡先を手に入れて仲良くしたい、その後同人誌に参加させたいという熱い思いが伝わってくる。しかし陽子は「だから、お、こ、と、わ、り、し、ま、す。って言ってます」という怒りに満ちた返信をするだけ。流れがよくないと感じた僕は「おい陽子! 僕とデートしろ! 明日な!」と固定ハンドルネームで書き込んだが、陽子にも美樹本にも名無しにも無視された。

「ていうか言っちゃうけど、陽子=美樹本なんだよなー。みんな釣られて馬鹿じゃねーの」と名無しで書き込んだが、やはり無視されてしまう。この殺伐とした雰囲気をどうにかしなければいけないと思うがなにもできずにただ見ているだけの自分がもどかしい。

 美樹本はそんな僕の気持ちにも気づかず暴走を続ける。

「陽子さん。なんと、今週末あたりWixiの現役ミュージシャンの知り合いをチャットのゲストに呼べるかもしれません。音楽好きの陽子さんを驚かすためにもサプライズでやりたかったのですが(苦笑)」

 アクセルペダルを踏み切っている美樹本は僕の書き込みなど目に入らないのだろう。あれだけれつだんれつだん言っていたのに。男の友情より女かよ、と少しだけ嫉妬してしまった。

「ここまで言われても気づかない美樹本さんかっけえ」

「陽子よ、一回だけでもメールしてやれよ」

「陽子も本当は美樹本さんの情熱に濡れ濡れだよ。でも一応淑女として断っとかないとね」

「現役ミュージシャンってなんの関係があるの?」

「美樹本、入院しろ」

「このスレッドは、美樹本と陽子の愛の巣へ生まれ変わりました」

「ブログにあったのでコピペ。美樹本の略歴。埼玉県の高校卒業、美術学校デザイン化卒業、角川書店系列のデザイン事務所で名を馳せ、印刷会社でDTPオペレーターとして力を発揮し、2001年にフリーランスに」

「もう美樹本の話題はいいだろ。ここから消える宣言したんだし」

「リアルでもこんなトラブルメーカーなのかね、美樹本って」

「こんな逸材、100年に一度レベルじゃないか」

 スレッドの勢いが止まらなくなっている。これが美樹本の魅力なのだろうか。僕は合間に茶々を入れるだけで、輪に入れていない。強い疎外感。

「あー、最後に。名無しとか精神病患者に言えることは「お前らに恋人も受賞も100パーセント無理だから諦めてどこかへ消えろ。このスレッドは俺と陽子さんのものなんだから。消え失せろ。世界中の人のためにも死ぬことを真剣に考えたほうがいい。一日中自作自演しても小説は書けないから、もう人生自体を諦めろ。チャットルームを作ったらそこで高度なコミュニケーションを繰り広げるだけ。まあ名無しや精神病患者はそこには入れないので、残念ですが」

 思い出したかのように僕への攻撃と、初めて名無しへの攻撃も合わさり、やはり陽子とマンツーマンの高度なコミュニケーションは諦めていないようで相変わらずの美樹本で安心した僕は「ここ引退って言ったのにまだですかね(爆笑)」と煽ってあげた。

 その日、陽子が現れることはなかった。

 だからなのか、美樹本の書き込みは止まらない。

「お前ら名無しとか残飯漁りの狂ったれつだんに、原稿を書いてもらって印刷屋で印刷製本してもらって文芸フリマで販売するっていう行為ができますか? 人の心を動かすイラストを描いて、できますか? 人の揚げ足を取るんじゃなくて、やらなきゃいけないこと勉強しなきゃいけないことがあるんだから、スレッドに入り浸るんじゃなくて自分の人生を考えろ。俺はお前らの人生の面倒までは見ないのでね」

 数年前に手製で冊子を作り文芸フリマで販売した経験があるが、話がややこしくなるので黙って見ている。

「音楽バーとかいうゴミスレッドをマスターの俺とママの陽子さんで盛り上げてスレッド視聴率を上げたという実績がありますから。二人の関係をやっかんで嫉妬してる才能のない雑魚は出ていけ。スレッドの発展になんら寄与しない能無しの暇人の雑魚の豚箱行きの精神障害者は失せろ」

 そもそもは客のおじさんとママの陽子で盛り上がっていたスレなのになと思ったが黙って見ている。

「いや、美樹本もなにもしてないだろ。印刷製本も文芸フリマも、今後やりますっていうだけだろ。あといい年して顔真っ赤の妄想並べるのはやめとけよ。陽子にももう絡むなって。嫌われてるのわかんないのか」と名無し。

「残念でした。現在進行中なのですよ。妄想はお前だろ。陽子さんに嫌われてるのも、れつだん、お前だろう。嫌われてるんだから出てくるな。消え失せろ。嫌われ者のゴミ野郎」

「現在進行中だし下地は準備している。まあ金がないからできないこともあるけど。出版社ブルーロベリアの立ち上げとか、借金すればいいんだろうけど今はできる範囲で人脈づくり、技術を勉強。止まってるように見えるやつは頭が悪い。毎日動いて進んでますんで。そういうイメージを植え付けたいみたいですが、残念ですね」

「東京近郊のさまざまなビジネスイベントやクリエイターイベントに顔を出して、売出し中の作家さんや画家さんの作品を見て、目についた人には名刺を配って営業活動してるけど、そういうビジネスマンの目で見ると、ここは読書量や音楽知識を誇ってる馬鹿が「俺、才能あるかも」って夢を見ているだけという印象。夢を見るのは勝手です。俺も見ます。でも、私には絡まないで欲しいな。手は差し伸べませんから」

「資金がないからやりたいことができないって、10代20代の若者かよ。お前もう50前だろ。なんで金がないんだよ。なぜないか。それはお前の人生に積み上げたものがなにもないから。だから現実逃避して妄想の世界に浸るしかない。いい加減大人になれよ」

「美樹本みたいな、なにもしてないけど優越感を得たいっていうのネット上にはよくいるよな。50前で金がないからなにもできない、仕事は10年以上倉庫番のアルバイト。実生活で満たされない心を、ネットで慰めてるだけ」

「ミッキーのかっこいいところは、自分のことを棚に上げて他人を見下してるからなにを言われてもダメージがない。鋼のメンタルなんだよな」

「こそこそ卑怯な美樹本、ネットストーカー美樹本、チキン美樹本、誇大妄想狂美樹本」

「貯金なし46歳倉庫番アルバイト、ネットで女を執拗にストーキング!(笑)」

 更新をクリックするたびに新しい書き込みが表示される。美樹本の言葉で表すならば、凄まじい視聴率だ。美樹本へのバッシングは止まらない。下手なことを言うとこっちに火の粉が飛んできそうなので僕は名無しでも固定ハンドルネームでも書き込んでいない。名無しの溜まりに溜まった怒りを感じる。そこに名無しの陽子もいるのかもしれない。鋼のメンタルは頷ける。なにを言われても無敵で全能感に満ち溢れている。なぜここまで自分に自信があるのだろうか。若ければまだ笑い話で済ませられるが、もう50も手前の男が言っていいことではない。

「別に俺を誹謗中傷するのは勝手だが、言いたいのは、「国家権力は見ていますから」ってことかな。仕方ないから言うけど、俺が15年以上前にやったことを。当時の森総理大臣に手紙を送ったのね。もちろん君たち名無しと違って住所も名前も書いて。「アナログ時代はもう終わり。これからはデジタルです」って。手紙を送ったことが世間に流れてしまって、電車に乗ってるとサラリーマンが「あの人が手紙を送って、総理の意識が変わったんだってな」って噂してた。名無しやれつだんにできますか? 今の総理大臣に日本国をよくする提案ってできるかって。国家権力のサーチングは今もあって、お前らの情報もすべてわかってますから。名前も住所も顔も仕事もなにもかも。なんなら今から総理にメールして、やってもらいましょうかって。人生終わる覚悟がありますかって」

「うーん、そういうことは精神病院の先生に言いましょう。れつだん、いい先生紹介してやって」

「北朝鮮の拉致問題を解決の流れにしたのが俺ってのも、ここの情報弱者のダンボール住みは知らないんだろうな。小泉総理に手紙を送ったのね。その返事に小泉総理は青いネクタイをして北朝鮮へ行った。あれはブルーロベリアの俺へのメッセージだった。君の提言はわかってる。絶対に拉致問題を解決するっていうメッセージね。つまり拉致を解決したのは俺っていう」

「陽子さんへ。このスレッドを、IPアドレスを強制的に表示するところへの移転を提案します。ここでごちゃごちゃ言われるのももうウザいでしょ。ノイズキャンセリングして高度なコミュニケーションを」

「なんか変な伝言になってるけど、私、陽子さんにつきまとってないよね。陽子さんは俺よりも匿名掲示板濃度が高いから、それを薄めて中和しないとなっていう。俺のそういうすべて考えた上でやってるってのが理解できないれつだんみたいなのが「美樹本は陽子のネットストーカー」って言うんだろうね。事実を捻じ曲げてね」

「もうここには来ない宣言したんじゃねーの? なんでまだいるの?」

「それは、ここに陽子さんがいるからです。陽子さんの匿名掲示板依存を治すためです。まあでもメールやチャットルームで続きはやりますけどっていう。最後に言っておかなきゃいけないことを言ってるだけっていう」

 この怒涛の書き込みを見て、ネタでやっているのか本気でやっているのかなど誰にも判断できない。わかっているのは美樹本本人だけだろう。僕にも、美樹本に絡んでいる名無しにも、陽子にも判断はできない。ちょっとあれな人という設定で遊んでいるのだろうか。だとしたら全員美樹本にしてやられたということになる。いつネタばらしされるのだろう。ネタであってほしい。書き込みだけでここまで人を怖がらせ不安にさせることに成功しているから文章力はあるのだろうか。文芸同好会柱の会のメンバーは、美樹本のこの怒涛の書き込みを見てどう思っているのだろう。メンバーは実際には存在していない、というホラー展開になるのだろうか。

 陽子に拒絶されておかしくなったのか、元々おかしい人だったのか、おかしい人を演じているだけなのか。名無しや久しぶりに現れたおじさんも僕のように混乱しているのだろう、書き込みには重い空気を感じる。

 僕たちはとんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれない。

 その日悪夢にうなされたのは僕だけではなかっただろう。

 最初は軽い気持ちだった。

 小説と絵が稚拙だからそれを批判した。その仕打ちがこれか。

 絡んできたから相手をした。告白されたから断った。その仕打ちがこれか。

 僕は、名無しは、陽子は、美樹本は、どこで道を誤ったのだろうか。考えても答えがでないことを自問自答し続けるその時間に意味はあるのだろうか。この悪夢が覚めることはあるのだろうか。以前のような掲示板に戻ることはあるのだろうか。

 翌日の夕方、陽子が固定ハンドルネームを引退するとバースレッドで宣言した。

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