ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 7.闘う男
美樹本は僕のIPを検索し「神奈川か。東京都大田区から引っ越したのかね。さて実は、俺はSNSは捨ててます。SNS依存症の女しかいないし、匿名掲示板の誹謗中傷は入るし。あとれつだんに対しては弁護士と相談の上対処を考えています。では一曲」
「弁護士とかどうでもいい。直接美樹本に言ってるんだよ。僕は美樹本を忘れる。だから美樹本も僕を忘れろ」
「俺の脳みそにはバースレッドもれつだん@東京都大田区の情報もこれっぽっちも頭に入っていません。さて、明日は朝5時に起きるので、もう寝ましょうか。帰りの電車でチェックしたけど、「もうあそこは精神障害者の収容施設だな。もう俺には関係ないんだよな。ガラス越しで閉鎖病棟を観察してるみたいで楽しいけど」というわけで、俺は仕事が忙しいビジネスマンなのでバースレッドもれつだんも頭にないのです」
「いや、そんなことどうでもいいから。僕を攻撃しないと約束しろと言っている」
もう終わりにしてくれ。終わりにしよう。約束してくれるだけでいいんだよ。お互いもう忘れよう。
僕は引きこもりのネット依存症から脱却するために、数ヶ月前から障害者の福祉作業所に通い始めていた。酒と煙草をやめ、夜は23時に寝て朝7時に起きる生活。週に4日、屋外で汗を流し作業をする。帰ったら食事を作り読書をして寝る。残りの時間を美樹本に費やしていいのだろうか。
美樹本は相変わらず僕への攻撃を続ける。僕以外の名無しが僕のふりをしてスレッドを荒らし美樹本を煽り、それに美樹本やほかの名無しが反応する。僕が固定ハンドルネームをやめて名無しで攻撃するようになってから、自分への攻撃すべてがれつだんがやっていると思い込むようになってしまった。そこが僕の落ち度だ。だから僕は停戦を提案した。美樹本がそれを受け入れてくれれば「固定ハンドルネームでも名無しでも二度と美樹本を攻撃しない」を約束し二度と美樹本に触らない。
「さー、俺のことを完全に忘れてくれるなら、攻撃なんかしないけどね。俺はれつだんには用事がないので。忘れてくれるなら俺もここを見なくて済むし、自分のやりたいことに時間を費やせるので」
「二度と僕を攻撃しないと約束し、過去の発言も撤回しろ」
「えーっと、れつだんはもう用なしですしブルーロベリア出版部門の編集者も、「うーん、やっぱりれつだんの小説は商品になりませんね」という、ビジネスの相手にもならないというわけで、そもそも俺は仕事をしているので精神障害者になど構っていられないという。残念ですが、俺の出版部門から本を出して作家になるという夢は叶えてあげられません。才能なしは用なしです」
「よくわかんない妄想はいいからさ、攻撃しないって約束して、過去の発言も撤回してくれたらそれでいいんだよ。殴り込みだの物騒なこと言ってたよな。覚悟できてるのか」
「ははは、5年前と同じ。俺の才能に嫉妬して俺に絡んで俺を誹謗中傷して俺の名誉毀損して、独居房の受刑者だなお前って。俺みたいな才能のかたまりに何年も粘着ストーキングしたところで、お前の小説が世に認められるなんてことはないからな」
IPをさらけ出して直接殴り込みに来るとは思っていなかったのだろう。明らかに挙動不審になり、今まで以上にわけのわからないことを繰り返している。美樹本にとって自分は可哀想な被害者であり、れつだんは頭のおかしな加害者であると出来上がっているので、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだろう。それ以降僕がなにを言っても「さー、俺のことを完全に忘れてくれるなら、攻撃なんかしないけどね。俺はれつだんには用事がないので。忘れてくれるなら俺もここを見なくて済むし、自分のやりたいことに時間を費やせるので」という内容をコピー&ペーストし続けている。仕方ないのでもう少し踏み込むことにした。
「どうせだったら、会って話すか? 僕の弁護士も呼ぶからさ」
一度会ってみたいというのは本音で、弁護士はもちろんはったりだ。弁護士を雇う金などないし、弁護士の知り合いもいるわけがない。
「受刑者と約束なんてしません。お前が匿名掲示板をやめればいいだけ。どうせやめられないんだろうけどね。今、お前は取り返しのつかないところに着てる。見てるから、とってもすごい機関の人間が。俺が、「れつだん、排除」と命令すれば即完了即終了、即死なので」
「そんなに僕と会いたいのか。春日部駅に行けばいいか?」
「さーて、思い出話でもしようか。この数年間お前を観察してたけど、まあ結局、「れつだんって才能がない既に終わった人」というわけでここ数年無反応、無関心だったの。「れつだん、こいつ、気持ちの悪いゴミだな」と思ったのは音楽バースレッドでの陽子さんへのストーキング。俺と陽子さんのプライベートインターネットスペースで音楽を貼って楽しんでいたのを、「陽子、俺とセックスさせろ。俺のちんぽをしゃぶれ、げへへ」って来たのがお前。「れつだん。頭おかしいから。嫌い。美樹本さん、追い出して」と陽子さんがお願いしてきたので全力で守った。でも陽子さんは、「れつだんのストーキング、常軌を逸してる。見の危険を感じるわ。怖いので引退します。美樹本さんごめんなさい」と去っていった。過去の書き込みを見ればわかる」
うむ、困った。どうも認識の歪みがあるようだ。それは僕なのか美樹本なのかは僕には判断することができない。僕がりんごだと思っていたものが実はぶどうなのかもしれないしその逆もある。観客の名無したちは僕に賛同する書き込みもあるし美樹本を擁護する書き込みもある。
美樹本の一方的な絡みが陽子を引退に追いやったと思っていたが、実際は違うのか。僕が陽子に一方的な絡みをし引退に追いやり、美樹本の恋を邪魔したのか。だから美樹本は僕に向けてひどい言葉を投げ続けていたのか。であれば僕が美樹本に「攻撃しないと約束し、発言を撤回しろ」と責めるのは間違っている。「美樹本さん、すみませんでした」と謝罪しなければならない。
音楽バースレッドは検索さえすれば誰でも見られるようになっている。僕は一から読み直した。それ以外の同じ創作文芸板のスレッドも片っ端から読んでいった。重要な書き込みはファイルとして保存した。
陽子が出ていったのは僕のせいかもしれない、という結論に至った。僕の目から見て美樹本の陽子への絡みは異常であったが、僕の書き込みもひどいものだ。陽子の最後の書き込みが「公募に集中します。おじさんありがとう」だけだったので本当の理由は想像するしかない。
やっぱり僕が悪いのか。それもそうか。人の恋路を邪魔したんだ。怒るに決まっている。仲良くなって、同人誌に引き入れ、二人三脚で出版社を盛り上げていくという夢を崩壊させたんだ。怒るに決まっている。なんて僕はひどいことをしたのだろう。反省し謝罪しなければ。
なわけねえだろ!
「約束できないのか? だったら今週末会うか? そういや美樹本、文芸フリマに行くって言ってたよな。見つけたら声かけていいか?」
見つけたら背後から鉄パイプを脳天に叩きつけてやる、というのは書かないでおいた。
「さて、頭のおかしい人間への対応ってどうすればいいだろう、と考えていた。俺の味方をしてくれる名無し諸君へ。2時間後発表します。メールアドレスを取得し、待機しておいてください。では2時間後にまた」
美樹本がそう言うので、仕方なく2時間待った。永遠に感じる2時間だった。バースレッドを見ると「撤回だけじゃなく謝罪も要求すればいい」という書き込みもあった。あの美樹本洋介が僕に謝罪などするわけがないしそれを要求すればまた無駄に長引くだけだろう。謝罪に比べれば発言の撤回など簡単なものだ。プライドだって傷つけないだろう。数文字打てばいいだけだし、それが嫌ならコピーすればいい。
「会って話せば終わりでしょう。約束してくれないなら」
「さー、俺のことを完全に忘れてくれるなら、攻撃なんかしないけどね。俺はれつだんには用事がないので。忘れてくれるなら俺もここを見なくて済むし、自分のやりたいことに時間を費やせるので」
「2時間待って、コピー&ペーストですか。休戦ではなく終戦にしましょうよ。過去の発言を撤回するだけでいいんですから」
「過去の発言をすべて撤回します。ではさようなら」
何年も続いた無意味な争いが、あっけなく終わった。椅子にもたれかかって大きく息を吐いた。勝訴と書かれた紙を持って近所を走り回ろうかと思った。母親に電話で「おかあちゃん、おかあちゃん」と言いながら号泣しようかと思った。書き込みをプリントアウトしたものを駅前で「号外、号外! れつだん美樹本戦争、終結!」と叫びながら配ろうかと思った。「イエイエー俺勝利ー飲むコーヒー、発言撤回勝ちだぜ絶対ー、みんなに感謝ー陽子に顔射ー」とフリースタイルバトルを繰り出してやろうかと思った。心の底から、ほっとした。
にこにこ。生きてるっていいな。人生ってわくわくするな。終わったんだよ。楽しいな。空気が美味しいな。今日はゆっくり寝れそうだ。スレッドを更新した。
「えー、私、メディアには出ませんけど極めて公人なので、重要な発言は音声で記録し、日本政府上層部と共有をしています。ですのでもう匿名掲示板には書き込めません。これからはbluelobelia.jpでれつだんへの対応を公開していくことを宣言します」
ん? どういうこと?
「ロベリアフレンズの皆さんへ。音楽バースレッドのれつだんの書き込みをbluelobelia.jpに公開したメールアドレスへ送っていただきたい。その他れつだんの異常な書き込みを発見次第、送っていただきたい。訴訟へ向けて皆さんと力を合わせやっていきましょう。ブルーロベリア劇場、開演です」
「ロベリアフレンズの皆さんへ。あの精神異常者は5年以内に人生終了です。相手にするだけ時間の無駄なのです。皆さんの未来へ向けて、そして小説を書き続けるという努力をあの異常者に費やしてはいけません。ロベリアフレンズは、「読書などせず、bluelobelia.jpを見て勉強し、自由に小説を書き、投稿サイトに出します。それだけで勝利なのです。たまに匿名掲示板を見て、非生産者の人生敗北者の精神障害者って終わってるな」と観察するだけでいいのです。ロベリアフレンズの未来は輝いています。では」
「ロベリアフレンズへ。匿名掲示板での戦闘は終了して、各自次の任務へ当たれ。ロベリア至上主義を頭に入れ小説を書き給え。俺は次の作戦へ出発する。もちろん今後もスレッドの書き込みは保存し続けるが、基本的にはbluelobelia.jpで今後の作戦の指示を出す。ロベリアフレンズの勝利を祝って。通信終了」
なあにを言ってんだあ、こいつはあ。よくわからないのでbluelobelia.jpを開いてみた。相変わらずの下手くそな絵の下に、女子高生へ人生を素敵にする提言というページがあるので開いてみた。
「脱匿名掲示板のススメ。未来輝く女子高生の諸君、匿名掲示板には絶対に近づいてはならない。これは私の経験則である。30歳を過ぎても仕事もせず匿名掲示板に入り浸り、精神科医を騙して金を不正に得ている脳が壊れた男を観察したことがある。ああいうのは性欲異常者なので絶対に近づいてはならない。書き込みに反応しただけで壊れた精子が諸君の体内に入り処女膜を突き破り壊れた子どもが産まれる。小説を書いているという言葉に騙されてはいけない。なにも書かずに格好だけつけている。私の小説を読み学べ」
「女子高生の諸君。東京に憧れてはいけない。東京には30を過ぎても仕事もせず、「小説書いてます」と言いながらなにもせずよだれを垂らし、「ぐへへ、セックスさせろ」と精液を垂れ流しながら女を漁る女衒がいる。そういう男に引っかかったら最後。風俗に落とされ死ぬまで摂取され続ける。東京は魑魅魍魎が跋扈する世界であり、夢などない。埼玉県の自然あふれる中で感受性を育てよ」
「女子高生の諸君。優れた書き手である私が、小説を書くということについて教えよう。創作に一番重要なのは恋をすることである。20代から私の性癖は特殊だった。恋をするとセックスではなく絵が描きたくなるという性癖で、セックスの快楽よりも絵を描くほう快感のほうが上だった。描いた絵はインターネットを経由しアメリカにばら撒いたが、結果私はアメリカで知らぬ者のいない超有名人になってしまった。小説は過去知り合った女性へのラブレターである。自分のことでいっぱいで相手してやれなかった過去の女性に、「小説でハッピーエンドにするので、許してください」というのが動機だ。恋愛はセックスではない。性欲異常者の甘い言葉に騙されてはいけない」
頭が痛くなってきた。僕を攻撃するのはやめられないのか。発言を撤回する、もう関わらないと言って数時間後にはこれか。やっぱり終わらないか。終わるわけがないよな。今さら終われるわけがないよな。
僕と美樹本の休戦をめぐる争いの観客席となり盛り上がっていたスレッドがあった。10年前から創作文芸板にあるみんなで雑談スレッドというところだ。そこには固定ハンドルネームが3人常駐し名無しもいて一番勢いのあるスレッドだ。創作以外の雑談もありで、ニュースや漫画、芸能の話題から小説の話まで自由に繰り広げられ僕もたまに書き込みをしていた。
そこにBluelobelia.jpの内容がコピー&ペーストされた。スレッドが盛り上がった。それに対して美樹本がBluelobelia.jpで「頭のおかしいれつだんという男について」という内容で反論した。やはり、自分を馬鹿にする名無しはすべてれつだんに見えているようだ。
前言撤回してもう関わらないと約束し、争いは終わったと思ったのに。この争いはいつまで続くのだろう。
まあでも、せっかくやるなら楽しまないとな。テンションを上げていきまっしょい! レッツ&ゴー! よおし、あの木まで走れえ! へいへい足を止めるな! 走れ走れ! ほらほら早く!
……はぁ。
2回戦の始まりです。
次なる戦場は雑談スレッド。
全力で行くぜ! 最後までみんな、ついてこい!
……ふぅ。
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