数と文字の誕生〜トークンとは何か?〜
数と文字はいつ誕生したのだろうか?
ここに、数と文字の起源が分かる、おもしろい仮説がある。
鍵を握るのは「トークン」。
文字の前に数が登場した
「トークン」
こう名付けたのは考古学者のデニス・シュマント=ベッセラだ。
トークンとは、紀元前8000年紀から前2000年紀の西アジア一体から、多数出土している小型の粘土製品のこと。
直径2cmほどの粘土片で、さまざまな形がある。
変遷をみていこう。
(おさらい)メソポタミアとは?なぜトークンはメソポタミアで登場したのか?
メソポタミアとは、人類最初の文明。チグリス川とユーフラテス川に挟まれた場所でおこった。メソポタミアとは「川の間」という意味。
下流地域(メソポタミア南部)では、シュメール人によって多数の都市国家が成立した。
その中でも繁栄していたのが、ウルクという都市で、紀元前5000年紀には人が居住し、3500年頃〜3100年頃にはこのあたりの中心になった。
(ウルクは現在のイラクにある)
ウルクは麦と羊の原産地ではあったが、鉱物や石材、木材などの資源に恵まれず、こうした物資を入手するために、大麦などを代価として、ほかの地方と経済的な関係を作らざるを得なかった。
広く交易を行っていたため、広い地域全体が共通の経済概念を持っていた。このことが数や文字の誕生に関わっていると考えられる。
トークンの変遷
最古のトークンは、紀元前8000年紀の南メソポタミアに登場した。
紀元前8000年紀つまり約1万年前といえば、人類が定住生活を始めた頃。
トークンは、穀物や家畜などの数量を管理するための道具として登場する。
異なる形状のトークンが、それぞれ別の種類の物を表し、取引や契約を保管するものとして使われた。
最初は、円錐、円盤、球、棒などの単純な幾何学形の「単純トークン」が使用され、ウルクの都市化が進むと、複雑多様な都市生産物が生まれたため、多様な形をした「複雑トークン」がうまれた。例えば、犬の頭部や壺、パンなどの形がみつかっている。
どのように数を表す?
例えば、卵型のトークンは、壺に入った油を表し、円錐形のトークンは小単位の穀物を表すというように、特定の物品を表す。
これを、油1壺ートークン 油1壺ートークン 油1壺ートークン・・・
という感じで、1対1対応、数えたい対象と同じ数だけ、専用の形状の粘土を並べた。
この頃は、まだ数の概念がないため、抽象的な数(2とか3とか)を表しているわけではない。
ブッラの登場
紀元前3700年〜紀元前3500年頃には、大きさ5 〜7cm程度の中空の粘土球(封球)が登場した。これを「ブッラ」という。
粘土でガチャポンのカプセルみたいなのを作り、そこにトークンを入れて封印。
再び参照する必要があるときまで保管するために使われた。
しかし、ブッラには欠点があって、一度とじると、壊さない限り中身が見えない。
まるで、ブタさんとかの陶器の貯金箱みたい。
そのため、ブッラを壊さなくても中のトークンが分かるように、表面に中のトークンに対応する印影を押し付けたものが登場。
それから、トークンを押してできる痕跡と同じ形を尖った筆で描いたものも表れた。
貯金箱でいうと、「700円」って書いた紙はった感じだろうか。
壊さなくてもあら便利!中身がわかる!となったのだが・・・
よく考えてほしい。
ここで、あることが起こる。
表面のしるしだけ見て中身が分かるなら、トークンいらなくね…?
こうして、徐々にトークンは姿を消し、数を記録するための道具が、中が空洞の球から粘土板へと移行したのであった。
(3次元→2次元)
数字と文字の出現
その後、紀元前3100年頃になると、
トークンを模した絵の代わりに、記号が登場してくる。
粘土板に、羊に対応するトークンを5つ押印するのではなく、「羊」を意味する記号と「5」を意味する記号をそれぞれ押印するように。
これこそが、数字と文字の出現!!とベッセラさんはいう。
その後、この絵文字は次第に、最初の文字といわれる「楔形文字」へと変化していく。
トークンの意味
粘土片のことを「トークン」と呼んだが、実はトークンとは現代でも幅広い意味で使われている。気になったので調べてみた。
トークンとは、「しるし」「証拠」「象徴」「代用貨幣」などの意味を持ち、本質は「特定の価値を代替するもの」だそうだ。
さまざまな場面で、さまざまなものを表している。
「代用貨幣」としては、使える場所や交換対象などが限定された、硬貨や紙幣以外のものを表す。
例えば、商品引換券や商品券、Web3界隈でのNFT(Non-fungible token)やFiNANCiEのトークンもそう。
歴史のなかでも「南北戦争トークン」というものが登場している。これはアメリカ南北戦争のときに、民間や個人の商店などが独自に発行した貨幣のことをいう。
(それなら、平清盛の宋銭や江戸時代の藩札もトークンと呼べる気がする…)
それ以外でも、ネットワークに関しては「トークンリング」という言葉があるし、プログラミングでは、コードを構成する最小単位がトークン。
情報セキュリティの認証では、ワンタイムパスワードを生成するための機器やソフトウェアのことをトークン(セキュリティトークン)という。
あとがき
少し前まで、私はこの粘土片「トークン」のことを知らなかった。
しかし、トークン自体は、ものすごくなじみがあって、普通に使っていた。
Web3界隈では、トークンという言葉はよく出てくるからだ。
この歴史エッセイのネタ探しをしていた数日前に、Rootport著『人類を変えた7つの発明史』を読んでいて、「トークン!?」となったのがきっかけで調べることに。
調べてみてびっくり。
「トークン」という言葉が、あまりに広い意味で使われていたこと、
それにまさか、Web3界隈での基礎用語が、歴史につながるとは…しかも、文明!数!文字!という大発明の歴史に。
今日もごちそうさまでした。
(ちなみに、ベッセラさんの著書は日本語訳もされているのだけれど、廃版になっており、お高いので読めませんでした。笑)
<参考文献>
小林登志子『文明の誕生 メソポタミア、ローマ、そして日本へ』
森田真生『計算する生命』