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乃木坂46「Route 246」を徹底解説。

小室哲哉さんが,乃木坂46「Route 246」の作曲・編曲を担当し,音楽シーンへの復帰を果たしました。現在,私はYouTube Liveのストリーミング番組「TK NEXT」に時々出演中ですが,番組を通して「Route 246」の編曲を担当されたMusic Design(TK SONG MAFIA)の皆様から色々と貴重なエピソードを伺うことができましたので,noteにまとめました。

1.「Route 246」が生まれるまで

2018年1月19日,小室哲哉さんは引退表明を行いました。作詞家の秋元康さんは,その直後から「辞めちゃダメだ!」と声かけを続け,常に小室さんの復帰を望まれていました。小室さんは,引退直後は,耳の不調もあり音に触れられない時期もありましたが,徐々に回復し,小説を書いてみたり,建築に音をつける作業に関心を持ったり,シンガポールを旅したり…そういう積み重ねから,音楽への意欲を徐々に取り戻していったということです。そして,今年の春ごろに,秋元さんからの依頼を受け,デモ曲の制作が始まりました。楽曲制作には,TK SONG MAFIAとして安室奈美恵「How do you feel now?」PANDORAの楽曲制作にも携わった久保こーじさん,溝口和彦さん,ギタリストの松尾和博さんなどが関わっています。彼らは TK NEXTというイベントを通して小室サウンドを継承するライブイベントを,秋葉原のCLUB GOODMANなどで定期的に開催し,小室さんの留守を守り続けてきました。そして,今回の復帰にあたり,引き続き楽曲づくりに参加しています。TK SONG MAFIAはMusic Designへと名称を変更し,M1M2….のように,デモ曲に振られる番号もリセットされました。そして,M7として,乃木坂46に提供されることになる「Route 246」が生まれました。

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2. 「Route 246」のイントロ

乃木坂46「Route 246」のイントロは,完成版に至るまでに7回ほど作り直されています。デモ段階では,Get Wildばりにサンプリングを炸裂させたイントロや、小室さんのコーラスで始まるサビ頭的なイントロ、バンドサウンドを彷彿とさせるドラムが入った構成のものなどもありましたが,秋元康さんからは,より「小室哲哉らしさ」を感じさせる音を求められたようです。良い曲だけど、アイドルの曲としては難しいというものなど、ダメ出しといっても曲そのものが全て否定されたわけではありませんでした。

最終的には, Moogの実機の音を複数重ねた重厚なシンセサウンドが決定版となりました。その過程で,編曲を小室さんと共に手掛けたMusic Designの久保こーじさんと溝口和彦さんが,珍しく説教を食らう場面があったといいます。

「こーじと溝口は僕をなんだと思っている?」
「ポルタメントに何年かけたと思ってる?」
「僕はポルタメント歴45年だからね!」
僕はポルタメンターだ!

久保こーじさんも初めて聞くパワーワードに「早く言ってくださいよ」と思いつつ,常にポルタメントを意識続けてきた小室哲哉さんの凄みを改めて感じられたようでした。Moogによるイントロは,単に楽譜通りに鍵盤を弾いて音を出すのではなく,ポルタメントタイムを予め頭に入れて,実際には出音されていない,前の音よりも低い鍵盤を一瞬叩いてポルタメントにより音を少し下げておいて,次の音への弾みをつけていました。ちなみに、Moogではポルタメントのことをグライドと呼びます。ポルタメントはイタリア語で、グライドが英語です。GLIDE RATEというパラメータを操作することが、ポルタメントタイムの設定に相当します。楽曲に使用された実機ではありませんが、下の写真を見ると、右下にGLIDEのon/offと、GLIDE RATEの操作ツマミがあります。GLIDEをonにすると,鍵盤で弾く2つの音の間を徐々に音程が変化するようになります。GLIDE RATEのツマミを右に回すほど,次の音へと変化する速さがゆっくりになります。曲のBPMやリズム,譜割り,自身の演奏スタイルに合わせ,適切なGLIDE RATE(ポルタメントタイム)に設定することが必要です。

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小室哲哉さんご自身によるアレンジに慣れ親しんだファンが,小室さん以外の人によるアレンジを聴いた時に「何か違う?」と感じるのは,ポルタメントの個性が強い部分に起因するところが大きいようです。もっとも,生粋のFANKSでシンセが好きな人はよくわかっているので,小室さんのポルタメント具合まで,愛情を持って表現してくれます。その代表は,浅倉大介さんですよね。

イントロは,DマイナーのキーによるゆったりとしたMoogによるイントロから,D#マイナーへと転調します。そして,馴染みのあるJD-800TKピアノによるバッキングと重厚なベースにより一気にエッジ感が高まります。曲のテンポ感や雰囲気の変化と転調が重なることで,まさに世間がイメージするところの「小室サウンド」が一気に私たちのもとに帰ってきてくれたと思わせてくれるものでいた。「Route 246」でギターを担当した松尾和博さんが「イントロの神,健在」とツイートされたように,「小室哲哉が小室哲哉として戻ってきた」と感じさせてくれるイントロでした。

3. 「Route 246のAメロ」

付点八分音符を多用するメロディとJDピアノによるシンコペーションに,松尾バンナさんによるギターリフが効果的に絡み合う構成は,まさに王道の小室サウンドといえるものです。1991年以降,小室哲哉さんの黄金期には,Roland JD-800の53番目の音色である通称「TKピアノ」の音が,まさに小室さんの名刺代わりとなっていました。「BOY MEETS GIRL」「Feel Like dance」など,小室さんはベロシティを127に固定して全開で使用していたとのことです(リアルサウンド「TRF DJ KOO×守尾崇が語る、90年代J-POPとエイベックスサウンドが現代に伝えるもの」より)。今回も,JD-800の実機を使用してのレコーディングが試みられましたが,使い込まれた機材であるが故,ピッチベンドなどに不安定さが残り,音源としての使用も結局断念したようです。「Route 246」では,Kontaktによる音源ライブラリが使用されました。

久保こーじさんは,「世間が小室サウンドだと思っているものの50%は,実は松尾さんのギターの音だ」と言っていました。AメロからBメロに至る部分をよく聴くと,JDの音とも馴染みつつも,曲に心地の良いノリを生み出しているのは,松尾さんだなってわかります。小室さんの音に対して懐疑的な人ほど,実はギターの音も聞こえていなくて「コンピュターが作る音」的な色眼鏡で見ている傾向がありますが,是非とも注目して聞いていただきたいところです。

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そして,ベースラインがAメロの後半から上昇し始めていて,この上昇はBメロで大きな意味を持つことになります。下の図は,「Route 246」の周波数分布(メロディック・レンジ・スペクトグラム)を表示したものですが,縦線が入っているところがAメロとBメロの境界です。下の方で階段上に上昇しているのがベースラインです。

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4. 「Route 246のBメロ」

Route 246のBメロは, [ B/D# | Em | Fdim | F#sus4 F# ]となっていて,2小節ごとにEマイナーからF#マイナーへと転調しています。久保こーじさんは,「このコード進行は先生の発明だと思う。メロディに落とし込んであるからだと思うけど,さらっと歌う乃木坂は凄い。調を考えると歌えなくなる。」と評していました。Bメロのベース音に着目すると,[ D# | E | F | F# ]のように半音ずつ上昇しています。AメロのキーがBマイナー,サビのキーがD#マイナー〜Eマイナーに転調していますので,Bメロの最初の2小節は,Aメロのキーとベースラインの上昇を受け継ぎながら,サビのキーを先取りしているといえます。だけど,いきなりサビのキーに行くのではなく,さらに半音ずつベース音を上昇させ,Fdimで浮遊感を感じさせつつサビより1度高いF#マイナーまで持ってきて,サビでD#へと落とすことをしています。ちなみに,Bメロの4小節目のベースは,1番ではF#2ではなくF#1に1オクターブ下げていて,2番ではF#2の音になっています。これも1番のサビ冒頭への布石です。

これにより,サビよりもBメロでのメッセージ性を高めるように工夫されており,「他人の目 気にして 生きていたってしょうがないよ」「坂のない人生は 汗の輝きを知らない」という曲で一番伝えたい歌詞が最も強調されるようになっていることがわかります。

[ B/D# | Em | Fdim | F#sus4 F# ]と類似したコード進行は,華原朋美「たのしく たのしく やさしくね」のAメロの5〜8小節目で,[ B7 | Em | C#7 | F#m ]という形で使われていました。BもB7も,構成音にD#はありますし,Fdim とC#7の構成音の違いは,C#の有無です。なので,「たのしく たのしく やさしくね」のベースラインをそのまま「Route 246」にも持ってくることができますが,唯一違うのは,「Route 246」ではF#sus4を使っていることです。ディミニッシュコードは,一瞬不安定さを感じさせる音で,渡辺美里さんの「My Revolution」のサビ前では,編曲者の大村雅朗さんによりsus4のコードに差し替えられていました。「Route 246」では,サビでの「下がる転調」がMy Revolutionを彷彿とさせるところですが,サビ直前のsus4という「伝家の宝刀」に,「たのしく たのしく やさしくね」の上昇ベース進行を融合させることにより,元々使いたかったディミニッシュコードを使うというリベンジを果たすと共に,2020年という時代に発明的なコード進行を小室さんが生み出したと言えるでしょう。

5. 「Route 246」のサビ

「Route 246」のサビは,BメロのF#マイナーから1度半下がって,前半はD#マイナー,後半はEマイナーに半音上げる転調になります。F#マイナーの部分は,いわゆる「落ちサビ」のような役割を果たしていて,Bメロでメッセージ性が高かった分,一度楽曲を落ち着かせています。1番のBメロ4小節目がF#1に1オクターブ下げていたことにより,よりエネルギーを溜め込んでいる雰囲気が出ています。そして,Eマイナーへと半音上げたところで,サブベースへと向かうベースのグリッサンドとともにアクセルを吹かし,「WOW WOW」のリフレインが印象的な,曲の看板といえるサビの主要部分へ突入します。

「WOW WOW」のリフレインは,「小室哲哉らしさ」を感じさせるとともに,「秋元康らしさ」を感じさせるものでもあります。「Route 246」には96回「WOW」という単語が出てきますが,久保こーじさんによると,小室さんの仮歌段階では,それほど「WOW」が多くはなかったということです。秋元さんが小室さんの音を汲み取ってサビを長くした結果として,「WOW」の回数が増えたと考えられます。

6. 「Route246」というタイトルの背景

地名を歌詞に滅多に使わない小室哲哉さんですが,「青山」だけは別格です。TMN「Crazy For You」では,曲中の台詞で「今さ,青山通りなんだ。」と出てきますし,観月ありさ「Close to you」では「遅い食事は難しい 特に青山は」,globe「TOKYOという理由」では「明日の朝 青山通りを歌で染めてみよう」という歌詞が印象に残っています。

「Route 246」は,小室哲哉さんにも縁が深い国道246号「青山通り」をモチーフにしているとともに,「Route to 46」のように分解でき,46への道坂道へのルートという意味もあります。さらに,nishi-kenさんがginza TK NEXTの放送で指摘していた通り,「Route 2」は,小室哲哉さんと秋元康さんの二人という意味もあるようです。秋元康さんが作詞した小室哲哉さんの過去曲は,各社にリリースされた記事によると,下記の通りです。

1986年11月:原田知世「家族の肖像」
1987年3月:堀ちえみ「愛を今信じていたい」
1990年6月:郷ひろみ「空を飛べる子供たち(Never end of the earth)」
1993年9月:牧瀬里穂「国境に近い愛の歌」
1993年9月:牧瀬里穂「キャンセルされたプライバシー」
1995年7月:翠玲「恋をするたびに傷つきやすく・・・」
2010年11月:やしきたかじん「その時の空」

このほかに,秋元康さんは,1993年に発売されたtrf「寒い夜だから...」を,翌年にフジテレビ系の深夜番組『丸井 TOKYO TASTE「Rooms」』のエンディングテーマに起用し,1995年にはテレビ東京ドラマ『クリスマス・キス』にtrfのYU-KIとDJ KOOを出演させ,主題歌にtrf「BRAND NEW TOMORROW」に起用したこともありました。trfの音楽的評価も定まらないなかで,単なる音楽だけではなく,trfを核とした複合型のエンタテイメントの可能性を早くから指摘していたのは,秋元康さんでした。

また,Route 246はglobe「Feel like dance」によく似ていると言われていますが,「人は進化する」や「そして明日を生きる」といった歌詞のなかに「Feel like dance」のワードも取り入れられており,秋元さんなりの「Feel like dance」へのアンサーソングとも受け取ることができるかと思います。

7. Route 246のミックス

Route 246のミックスは,Dave Fordさんが行いました。1994年にリリースされたANISS「PRIDE」以来,長年小室さんとともに仕事をしてきて,小室哲哉さんのこと,日本の音楽のことを一番知り尽くしたミキシングエンジニアです。例えば、JDピアノと松尾さんのギターを融け込ませるバランスの良さなどは、小室サウンドを知り尽くしたDaveさんだからこそ可能なミックスであったりします。

小室さんは、LINEでミックスの依頼を行い、ミックスの作業はロンドンのスタジオで行われました。今回のレコーディングには、小室さん、久保さん、溝口さん、松尾さん、Daveさんが携わりましたが、コロナの状況下、ほぼLINEやメールでのやりとりで作業が進められました。乃木坂の歌録りはSONYのスタジオで実施されましたが、製作陣が乃木坂のメンバーに会う機会はありませんでした。

楽曲に低音に対する評価を見ると,「低音がえげつなく出ている」というものから,「低音が出ていない」というものまで様々ですが,これは,聴く側がどういう音源,どういうソフトで,どういう環境(イヤホン,ヘッドホン,スピーカー)で聴いているか,つまり聴く側の環境よるところが大きくあります。

Daveは,小室哲哉と浅倉大介によるユニットPANDORAのアルバム『Blueprint』をミックスする際にも,「Yes, we go low!!」というコメントを残していますが,今回も50Hz前後のキック100Hz以下のベースの音が楽曲の大きなポイントですので,是非とも,AudirvanaONKYO HF Playerなどの音質の高いソフトウェアで,低音を強調して,低音が出るイヤホン,ヘッドホン,スピーカーで聴くことをお勧めします。

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8. おわりに

最後に,久保こーじさんによるTK NEXTの放送での言葉が印象的でしたので,記しておきます。

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小室哲哉は台風である。みんな,小室さんから外に向かって風が吹いていると思ってて,そこに便乗して波に乗ろうとするけど,実は台風は内側に向かって風が吹いていて,全てを吸い込み,上昇気流を起こす。」
流行,時代,音楽,ファッション...そして運まで吸い上げる。

小室哲哉さんが復帰をしたキッカケはいろいろありますが,コロナ禍で世界が混乱する2020年,逆に創作意欲に火がついた部分があったようです。いろいろな人々の思いを小室さんが吸収して,歌詞,メロティ,編曲にそれぞれの思いが重なり合って,乃木坂46「Route 246」という楽曲が生まれました。これからも,様々な形態で小室哲哉さんの音楽が発信されていくことを期待しましょう!

乃木坂46「Route 246」
配信開始:2020年7月24日
作詞:秋元 康,作曲:小室哲哉
編曲:小室哲哉・Music Design(久保こーじ・溝口和彦)
ギター:松尾和博
ミックス:Dave Ford

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