【小説】がんばりやさんのたかしくん
小学生のたかしくんに、たかしくんのお父さんが言いました。
「いいかい、たかし。今の社会はがんばった人が必ず報われるようにできているんだ。だからたかしも、一生懸命がんばりなさい」
たかしくんは学校の勉強をがんばりました。
次のテストでは100点を取りました。
その次のテストでも100点を取りました。
そして、学年で一番の成績になりました。
たかしくんは難関の私立中学を受験し、合格しました。
中学でもがんばって勉強して、テストでは学年で上位を維持し続けました。
そして高校も大学も、良いところに合格しました。
たかしくんはスポーツもかんばりました。部活は陸上部に所属していました。
この社会では、陸上競技や競泳やウエイトリフティングなどが盛んで、体操競技や球技などの競技は行われていません。
なぜなら、選手の運や審判の主観などによって結果が左右されることがある競技は、がんばった人が必ず報われるとは言いがたいからです。
たかしくんは大学に通いながら、就活学校にも通っていました。
就活学校では、面接で好印象を与える方法やビジネスマナーなどを学びました。
がんばって勉強したおかげで、たかしくんは就活学校を良い成績で修了しました。
その結果、とても高待遇のよい職業に就くことができました。
たかしくんは会社で夕方まで働いたあと、婚活学校に通いました。
その学校で、女性との接し方や、会話をじょうずに続ける方法などを学びました。
がんばって勉強したおかげで、たかしくんは婚活学校を良い成績で修了しました。
その結果、同い年でとてもかわいい花子さんと結婚することができました。
もちろん花子さんも、婚活学校を好成績で修了しています。
たかしくんと花子さんは、日々しあわせな新婚生活を送りながら、ふたりで妊活・子育て学校に通いました。
がんばりやさんのたかしくんと花子さんは、その学校でも良い成績をゲットしました。
やがて長女の恵子ちゃんと、長男の太郎くんが生まれました。
家族はとてもしあわせでした。
たかしくんは仕事が終わった後、レジャー学校に通うことにしました。
その学校で、テントの張り方やバーベキューのやり方、海で採取してもよい魚介類の見分け方などを学びました。
がんばって勉強したおかげで、たかしくんはレジャー学校を良い成績で修了しました。
たかしくん一家は特別なプレミアムキャンプ場の使用を許可されました。
さっそく次の夏休みに出かけ、家族で充実した時間を過ごしました。
恵子ちゃんも太郎くんもとても楽しそうでした。
たかしくんが30歳を過ぎたころ、職場の健康診断で癌に罹患していることがわかりました。
たかしくんは結婚する前に、健康学校に通って良い成績で修了し、また日々健康に気を付けた生活を送っていたため、優先的に病院で良い治療を受けることができました。
さいわい、癌は初期のものだったので、簡単な手術と短期の入院だけで治療を終えることができました。その後も再発することはありませんでした。
ちなみに、同じ健康診断で同僚が、ぐうぜんたかしくんと同じように癌に罹患していることが判明しました。
しかし、同僚は健康学校に通っておらず、健康に気を付けない生活をしていたため、病院で治療することは許されませんでした。
同僚は2年後に死にました。
たかしくんは悩んでいました。
長女の恵子さんは立派に育っているのですが、長男の太郎くんが、運動も勉強もからっきしだめなのです。
がんばったら必ず報われるはずなので、太郎くんはがんばりが足りないのです。
常に学校で良い成績を取り続けてきた両親に育てられながら、だめな子に育つなどということは、この社会ではあってはならないことです。
たかしくんは奥さんの花子さんと相談して、太郎くんの処分を政府に申請することにしました。
翌日、早速政府の委託を受けた業者が来て、太郎くんはどこかに連れて行かれました。
定年退職を2年後に控え、たかしくんはリタイア学校に通うことにしました。
その学校で、退職後のご近所付き合いや余生の過ごし方などを勉強しました。
がんばって勉強したおかげで、たかしくんはリタイア学校を良い成績で修了しました。
退職後も夫婦円満で、友人にも恵まれ、充実した日々を過ごすことができました。
70代後半になり、たかしくんは終活学校に通うことにしました。
その学校で、遺産相続やお葬式の準備の仕方、死に逝く際の心構えなどを勉強しました。
終活学校の卒業試験の問題のひとつに、このようなものがありました。
「最期に家族にかける言葉として、理想的な言葉のはどのようなものか答えよ。(10点)」
90歳になったたかしくんは病院のベッドの上で寝ていました。
ベッドのまわりには、たかしくんの奥さんの花子さんや長女の恵子ちゃん、そして3人の孫と2人のひ孫がいます。
たかしくんはこう言いました。
「みんなのおかげで、良い人生だった。ありがとう。がんばった人が必ず報われる社会に生まれて、僕は本当にしあわせだった」
たかしくんは、とても安らかな表情で息を引き取りました。
了