脳のキャパ超え対策
「不登校になったら殺す」
学校に行きたくないと親に告げて返ってきた言葉は脅迫まがいのものだった。
当時小学生だった自分は迷ったが、渋々生きることを選んだ。
学校に友達は少なかった。運動神経が良いともてはやされるって聞いていたのに、おかしいなぁ。
そんな冗談はさておき、子どもは感受性が豊かだ。
自分が銃を頭に突きつけられ、両手を上げながら毎日登校していることをクラスメートが察知していることを、こちらも察知していた。
「そんな家の子とは関わりたくない」誰ともろくに会話せずとも、不思議とテレパシーのようにそんな声が伝わってくる。
「まぁそう言うなよ。こっちだって好きで脅迫されてるんじゃないんだから。」
そう自分が発するテレパシーを何人かが受け取ってくれたので、数少ない友達と共に無事小学校を卒業したが、今や当時の同級生の顔も名前もほとんど忘れてしまった。
世の中で痛ましい事件が起こり、人の命が奪われたと報道された時、たまに妄想めいた自己嫌悪に陥る。
「世の中で生きられる人数は決まっていて、あの時自分が生きることを選んでしまったから、この人が代わりに殺されたんだ。」
こんなことが自然と頭に浮かぶのも、脳のキャパ超えのサインの一つだろう。
「自分なんて必要ない」と思っている人、思ったことがある人はいるだろう。
そんな人に自分なりに投げかけている言葉がある。
24時間365日必要とされている人なんかいない。パッと浮かぶ有名人や、家族から愛されている人だって、邪魔者扱いされている時間が確実に存在していることを忘れてはならない。
ちなみにここ5年ほど、自分が理不尽な思いをした時は髭男爵の「なーんでーやねーん(低音、笑顔、ワイングラスが当たる音)」が、頭の中に登場するようになっている。
怒りの感情も自然にフッと落ち着くので、おすすめです。