「10年に一度の寒気」と知らずに出掛けたら
昨日、20時頃に買い物に出かけるため外に出た。
外がなんとなく寒そうなので防寒は完璧に。
マンションから一歩出て道路を見たら、空中を舞う雪と、砂埃のように車の行き来に合わせて地面と平行に踊る雪。
空中の雪はダウンジャケットに付着せずサラサラしていて服が濡れずに済むし、地面を這う雪はプロジェクションマッピングみたいだなと楽観視していた頃が早くも懐かしい。
最寄りのコンビニではなく、歩いて10分ほどの別のコンビニに用があった。
これくらいの距離ならいつも通り過ごせると思い込んでいた。
僕は昨日、気象系のニュースをろくに見ていなかった。
日本海側は大雪に警戒、首都圏もこの冬一番の寒さくらいの認識だったが、「10年に一度の寒気」「不要不急の外出を控えて」と言われていたことは昨日僕が外出をした時点では知らなかった。
コンビニに到着した頃には全身が冷え切っていて、店内の暖かさで身体が温まったら足早に帰ろうと決めた。
あれとあれは買うとして、精算した流れで店を出たいから、しばらくは体を震わせながら身体の回復を待ち、本棚を適当に見ていた。
しかし5分待っても10分待っても身体が温まらない。
何度か経験がある、低体温症の入り口に来てしまった。
どうしよう、まだ帰り道があるのに。
どうしよう、身体は冷えているのに変な汗が出てくる。
過呼吸の症状まで出て来てしまった。
買い物は呼吸をセーブしながら何とか済ませ、一向に回復しない冷えた身体のままコンビニを出た。
気温が低い、それ以上に風が強い。
全身が異常な寒さを拒絶しているのが分かる。心拍数はどんどん上がっていく。
だんだん足が痺れてきて、歩きづらくなってきた。
このままでは路上で倒れてしまう。
自宅までまだ半分ほど残っているが、真横にある見知らぬマンションのエントランスに少し腰を下ろして体力の回復を待とうか。
一瞬そんなことがよぎったが、もしそんなことをしていたら僕はそこで凍死していただろうと後になって冷静に振り返る。
風が強い、身体が前に進まない。
脚が鈍くなってきている分、腕を動かし歩みを進めた。
息が苦しい。
マスクをしているから酸素を取り込めないんだ。
周囲を見渡すと誰もいない。
マスクを外して大きく呼吸した。
酸素が吸えない感覚はほとんど変わらない、そうだったこれが過呼吸だ、それよりマスクを外したら顔が一気に冷えてきた。
これでは駄目だ、マスクを付けていた方がマシだ。
気道の火傷は聞いたことがあるが、極寒の中でマスクなしの過呼吸、急に喉の痛みが出た。
気道の凍傷か、こんなことがあるのか。
マスクを再度取り付けようにも、手先が震えて耳に引っかからない。
耳は感覚がなくなっている。
無事引っかかったかどうかも自分では分からない。
ただ強い向かい風のおかげで、しばらくは風がマスクを顔に定着させてくれていたので、その間にヒモを探し出し、何とか両耳に引っ掛け直した。
この状況で、恵まれていることは何か。
無意識に心だけでもポジティブへ持って行こうとしていた。
行きの道より雪は少ないし、何より路面はほぼ乾燥している。
歩きやすい、これが雪道だったら終わっている。恵まれている。
残りたったの50メートルだ、あと少し、頑張れ自分。
ヘロヘロで自宅に帰り着き、普段は衛生管理をちゃんとしている僕がそのままの服でホットカーペットにスイッチを入れ、ヒーターを近くに寄せ、エアコンのリモコンを手元に置き毛布を身体に巻き付けその場に倒れ込んだ。
過呼吸のせいか、内臓と頭は熱い。
だからヒーターとエアコンはまだ必要ない。
耳は氷のように冷たく、手脚が冷たい。
まずはこっちをある程度温めてからだ。
以前低体温症になった時はどうだったっけ。
考えても、頭が混乱して思い出せない。
少し横になろうと、身体を半分仰向けにしてソファにもたれかかったが、目が回る。
これは駄目だ、真っ直ぐ座るしかない。
息苦しい、心拍数の異常、動悸、喉が痛い、脚が震え、まぶたもけいれんし、出掛ける前の自分とは別人の生き物になってしまった。
首都圏でこれなら、日本海側は大変なことになっているだろう。
今の自分は、他人を心配できる状態ではない。
スマートウォッチで心拍数を測った。
「80bpm」
嘘つけ!
性格まで豹変した僕はスマートウォッチを投げ捨てたかったが、今はそんな力もない。
別のアプリで心拍数を測る。
「117」
ちょっとの外出でここまでになってしまうとは、何とも怖い経験だった。
ニュースはちゃんと事前にチェックしよう。
あと仕事上そう思ってもいたが、非常時に声を掛け合える仲間を作るべきだなと痛感した。
風が強い日は一年中あるし、寒い日だってある、だから大丈夫。
これが正常性バイアス。
何があっても僕は一度も死んでいないから死なないだろう。
これが楽観主義バイアス。
みんな外に出てるから自分も出ようという同調性バイアスだけは孤独な僕にはなかった。