持て余したエネルギーは
自分とその人は接戦だったが、イクサという字とは無縁の、何とも和やかな空間だった。
火曜の夜、一人も並んでいないなんて気持ち良いじゃないかと滑り込むようにレジ台にカゴを載せようとしたら、商品棚の死角から、おじいさんが同じタイミングで滑り込んできた。
本当に、どちらが先とも言えない同着ゴールだったが、まあ、お年寄り優先だろうと自分は譲ったのだが、おじいさんも、先にどうぞと。
おじいさんの買い物カゴの中身を見ると、自分と対して変わらない量。こんな時、買い物量が少ない方を先に譲るってのが密かなセオリーだが、ここでも互角。
こんなハイレベルの遠慮合戦、久しぶりだな。どうぞ、いえいえ、どうぞ、いえいえ。
他に客がいないので、我々は閉店までこれを続けるのかと一瞬怖くなった。
店員さんは困惑しつつも笑って見ている。
おじいさんはいよいよスマホを取り出し、画面を適当に見ながら、こちらに対してはノールックで、どうぞ、と。
スマホという最先端機器と長年の知恵を用いて、おじいさんの勝利、自分は敗北。先に通させていただいた。
ここのスーパーはバーコードのスキャンは店員さん、現金と電子マネーの支払いはセルフレジ。
本来なら、お会計が済んでカゴを持ち出す際に、おじいさんに再度深々とお礼をするのがマナーだ。
しかし自分が現金払いで手間取っている間に、おじいさんはペイ系のキャッシュレス決済で、店員さんに画面を提示し、自分よりサクっと先にカゴを持ち出して行ってしまい、お礼を言うタイミングがなかった。
うーーん。
タイミングがおかしくてもお礼を言うべきだったかと頭をかきながらスーパーを出て最初の信号を渡っていたら、自分の前を走っていた自転車から後付けのボトルホルダーのようなものが落下した。
落とし主も音で気が付き自転車を停めたので、自分が拾って渡そうと駆け出した。しかし俊敏な落とし主が先に手が届いて拾ってしまい、自分に対して「どうもすみません」と会釈をしてくれた。
それは、「わざわざ駆けてくださったのに」の、どうもすみません。いや、自分の足が遅かっただけなのに、今の自分にそんな言葉はもったいない。
うーーん。
うまくお礼を伝えることもできず、落とし物を拾って差し上げることもできず。
運が悪いわけでも、嫌な目にあったわけでもないが、ただ一日一善(と呼んで良いか分からないが、レジは特に)のチャンスを短時間で2度も逃した。
どなたかー、困ってる方などいらっしゃいませんか?簡単なことなら、お助けしたいのですが。
広々とした交差点の隅でそう叫びたかったがこんな時間だ、やめておこう。
この世界は優しさで溢れていて、まだまだ全然捨てたもんじゃない。
とも叫びたかったが、エネルギーを蓄えて明日、誰かのために使おう。
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