2−4 鮮烈なデビューから1年 紅白でも2度披露した伝説の曲 「不協和音」
4作目となる本楽曲は前作から約3ヶ月後、2017年4月5日にリリースされた。デビュー年での初の紅白歌合戦出場を経て、前年の4月6日にデビューしてからちょうど1年のタイミングでリリースとなった。
本楽曲のMVではそれまでとは違い一貫して制服衣装のみを着用している。また、本楽曲のリリース活動まで、MVや歌番組での楽曲披露の際の衣装とリリース活動期間の制服が同じであるが、次回からはMVや楽曲披露時に着用する衣装とリリース活動期間の制服衣装が違うものになる。
また、振付師によると、本楽曲では歌詞の心理描写にそれぞれの意味があり、「メンバーと社会の不協和音」と「平手友梨奈(センター)とメンバーの不協和音」の2つをテーマにしているそうだ。
本楽曲も前作同様、前奏が始まる前に映像が始まり、曲名が提示される。最初はセンターの平手友梨奈が倒れている状態で始まる。その状態でタイトルが表示される。その時、小さく不協和音(C7の第2転回形。Cだけならばとても安定した協和音である。しかし、7のHの音が入ることにより音のぶつかりが生まれる。基本形だったらぶつかりの印象も薄いが、第2転回形を使用することにより、HとCの音が近い距離でぶつかる。そのことにより、不協が目立つ。さらに、最初は音程が安定しておらず、揺れ動いている。揺れ動いていた音が、最終的には安定しC7の和音が響き渡っている。)がなっている。
前奏が始まり、最初には全員が何かに向かって走っている様子がアップ→引きの順で映る。そして、起き上がる平手のソロカットに鳥が飛んでいくカットが重ね映った後、正面や上からの平手のカットになり、ピアノのみで演奏される部分の終わりと同時に平手が拳を突き出す。
そして、拳を突き出し立っている平手の元へメンバーが向かい、平手の周りに集まり防御するようなポーズをしたり、拳を上げるポーズをしたりと、全員で違うポーズをとり平手の周りを囲う。その状態で数人のソロカットが映し出された後、全員のカットに戻りAメロに入る。
Aメロは2つのフレーズで構成されている。前半では「僕はYesと言わない 首を縦に振らない 周りの誰もが頷いたとしても」と歌っている。この1フレーズだけですでに1st single「サイレントマジョリティー」を髣髴させるような歌詞になっている。そして、主人公が「僕」であることがわかる。周りにいる全員が頷いたとしても自分の意思を貫く、主人公「僕」の強い意思がうかがえる。MVでは平手を中心に数人で隊列を組んで踊りながら前進している。ここの部分では胸の前で腕を交差させ防御しながら前進しているように見える。後半のフレーズは「僕はYesと言わない 絶対 沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける」と歌っている。前半のフレーズ同様、周りに左右されず、自分の意思を貫く姿勢が見える。Aメロだけで見ると、「サイレントマジョリティー」よりも主人公「僕」の強い意思がうかがえる内容となっている。後半のMVでは交差していた腕を広げ、胸を張り圧迫していくかのように前進していく。そして最後には矢を放つような動きをする。前半は守りに入っていたが、後半ではそれに対して反撃するかのように攻めの姿勢を見せている。
続いてBメロ前半では「叫びを押し殺す(Oh!Oh!Oh!) 見えない壁ができてた(Oh!Oh!)」と歌っている。ここで出てきている「見えない壁」とはB後半に続くと考える。前半の振り付けはAとは違うメンバーが隊列を組んで前進しながら攻めている様子が映されている。後半の歌詞は「ここで同調しなきゃ裏切り者か 仲間からも撃たれると思わなかった Oh!Oh!」となっている。前半に出てきた「見えない壁」は「仲間」との間にできたもので、内部衝突が起きていることがここでわかる。ここではAメロ同様、自分の考えを押し殺してまで多数派に同調しなければいけないのか?という「サイレントマジョリティー」に通じる、主人公「僕」の考えが伺える歌詞となっている。MVでの「ここで同調〜思わなかった」の部分では前半同様前進しながら攻めていく様子が映し出される。「Oh!Oh!」の部分では前奏にも出てきたどこかに向かって走っていく様子や、胸を撃たれるような振り付けがスローモーションで映されているカットが入る。そして、Bメロの最後、この曲の特徴でもある「僕は嫌だ」と叫ぶ場面が出てくる。1番のBメロの叫びはセンターの平手が務めている。MVも首を振り、強い眼差しで、力強く否定している平手の表情がアップで映し出されている。
サビの歌詞は「不協和音を 僕は恐れたりしない 嫌われてたって 僕には僕の正義があるんだ 殴ればいいさ 一度妥協したら死んだも同然 支配したいなら 僕を倒してから行けよ!」となっている。本楽曲のタイトルでもある「不協和音」、主人公の一人称である「僕」が多用されており、「僕」の主張がAメロ・Bメロよりも強く主張されている。同調させたい、個を押し殺させたいのなら自分(僕)を倒せと、仲間に対して訴えている内容になっている。MVでは全員で同じダンスを踊っている。何かを投げるような振りや圧迫感を表すように全員が同時に前に出てくる場面もあり、曲の強さ・攻撃性を表しているようだ。最後の節にある「僕を」のタイミングでは平手のソロカット・リップシーンが使われていることから、この曲では主に平手が「僕」を表現しているように感じさせる。最後の鉄砲を撃つような振り付けをよく見て見るとサイマジョポーズを少し崩したような手の形で表現し、ここでもこれまでの3曲同様取り入れており、横の繋がりも感じる。鉄砲を撃った後、立ち上がってからはまた腕を下ろし、胸を張り前進するような動きを全員で行なっている。全員で同じ動きをしながら、動き自体も前後に、そして移動も前にしていることから、ここでも曲の強さ・圧迫感を感じる。
2番Aメロの前半では「君はYes と言うのか 軍門に下るのか 理不尽なこととわかっているだろう」と歌っている。1番では「僕」の主張がメインだったのに対しここからは「僕」が「君」に対して聞いている、訴えかけている様子が見える。「軍門に下る」と言うのは「降伏する、戦いに負けて相手に身を任せる」ことを意味する慣用句である。「僕」はなんとしてでも自分の意思を曲げない・主張を通すという姿勢を貫いていたが、理不尽なこととわかっていながらも、個を押し殺し同調することを求められたことに対し、「君」はそれでいいのか?と対立している様子が伺える。後半の歌詞は「君はYes と言うのか プライドさえも捨てるか 反論することに何を怯えるんだ?」となっている。個を捨てた「君」に対し、プライド「さえも」捨てるのか?と聞いている。仲間の意見や考えに「反論すること」がいけないことである、個を押し殺して同調したほうが丸く収まるならそれでいいと思っている「君」に対して「僕」はこの2番Aメロで自分を捨てるな、考えを持つことを悪であると思うなと訴えている内容になっている。MVでは今までは踊っている場面が中心だったが、踊っていないソロカットや数人でのカットが多用されている。1番では踊りで圧迫感を演出し「動」で訴えかけていたが、2番ではリップシーンが中心のためメンバーの表情がよく見える「静」で「僕」の考えを主張し訴えかけている。
2番Bメロ前半では「大きなその力で(Oh!Oh!Oh!) ねじ伏せられた怒りよ(Oh!Oh!)」と歌っている。「大きなその力」とは仲間の中にある多数派の意見のことで、その力で僕の中にある反論したい気持ち(=怒り)がねじ伏せられていると言い換えることができる。MVで特徴的なのは「ねじ伏せられた怒りよ」の部分で平手の腕の動きに合わせ体を曲げ、その後全員で腕をねじり上げるところだ。力によって自分を抑える様子、意見が交差していることを表現しているような動きになっている。後半は「見て見ぬ振りしなきゃ仲間外れか 真実の声も届くって信じていたよ Oh!Oh!」と歌っている。1番のBメロ後半の最初「ここで同調しなきゃ裏切り者か」に通じる内容になっている。大きな力によって「僕」の真実の声(=主張)は届くことはなく、それをさらに主張したら裏切り者になり、見て見ぬ振りをしなければ同様に仲間外れにされると言いたいのだろうか。「Oh! Oh!」の部分では全員が違う動きをしている。そのバラバラな動きで不協和音の雰囲気をさらに作り出しているのではないだろうか。そして、この後に出てくる2回目の「僕は嫌だ」は本楽曲で初めてフロントを務める長濱ねるが務める。なお、MVでは長濱のソロカット・リップシーンとなっており、なぜ平手ではなく長濱なのかがわからない。しかし、全編振り付けの映像を見ると、平手が長濱の腕を掴んでおり、「僕は嫌だ」と叫ぶと同時にその腕を振り払っている。主人公「僕」を平手、その相手「君」を長濱だとすると、仲間である「君」は「僕」の言っていることはわかるが、そう簡単に行動できないともがき、「僕」の説得に対し賛同することが難しいために「僕は嫌だ」と言ったと考えられる。だから、平手ではなく長濱が務めたのではないだろうか。
2番サビでは「不協和音で 既成概念を壊せ! みんな揃って 同じ意見だけではおかしいだろう 意思を貫け!ここで主張を曲げたら生きてる価値ない 欺きたいなら 僕を抹殺してから行け!」と歌っている。Cよりもさらに過激な内容になっている。「既成概念を壊せ!」「意思を貫け!」と「僕」が「君」に対して2番で伝えてきた内容がここでも訴えかけられている。「みんな揃って 同じ意見だけではおかしいだろう」は「サイレントマジョリティー」に通じる内容ではないだろうか。自分らしく生きていく、主張する自由があるんだと「僕」は言いたいのではないだろうか。そして1番のサビでは「支配したいなら 僕を倒してから行けよ!」と言っている部分が2番では「欺きたいなら 僕を抹殺してから行け!」と過激になっている。ただ倒すだけではなく、抹殺して存在を消してから行け!とそれほどまでの覚悟を「君」に対して言っている。MVではダンスシーンを中心に構成されている。1番とは違い、軍隊のように隊列を組んで忍者のように前に屈みながら前進し攻撃しているような動きをしている。正面からのカットもあるが、上から隠れて撮っているようなカットも入っている。最後には3回に分かれて前から順に屈んで行き、最後尾の人が何かを投げるような動きをしている。ここの部分も基本的には同じ動きをしながら前に進んでいることで、圧迫感を演出している。
ここまでのMVを見ると、冒頭で話した2つのテーマの内、1番・2番では「メンバーと社会の不協和音」を表現しているのではないだろうかと考える。全員で動きを揃え、前進し攻撃したり防御したりしていることからメンバー対社会、僕対社会というこれまでの楽曲にも多く見られた敵対関係が見受けられる。
ラスサビ前Dメロでは、「ああ 調和だけじゃ危険だ ああ まさか 自由はいけないことか」となっている。ここでは今までで「僕」が述べていた、「みんな揃って 同じ意見」であることを調和とし、それだけではおかしい・危険である、そんなに自分の考えを主張すること・自由はいけないことなのか?と問いかけている。MVでは最初に平手のソロカットが入り、その後、攻撃されているような、撃たれているような動きをしているメンバーの様々な角度からのカットが入る。後半では「人はそれぞれバラバラだ 何か乱すことで気付く もっと新しい世界」と歌っている。同じ人はこの世におらず、多くの人が集まるということは、様々な意見が飛び交い、そこでぶつかることでもっと新しい意見や考え方を知ることができ、自分の視野を広げることができるんだ!と周りに対して「僕」が主張している内容だ。MVではメンバーのソロカットのリップシーンが出てくる。フォーメーション関係なく、菅井・上村・長沢・守屋・鈴本・原田・土生・平手が登場する。
その後7小節の間奏が入り、8小節目で3度目の「僕は嫌だ」の叫びが平手によって行われる。そして、この間奏では2つのテーマの内の2つ目である「平手とメンバーの不協和音」が表現されている。平手を中心に、平手に向かって攻撃するような動きや、逆に平手がその周りに対して反抗するような動きもある。そして、最後の「僕は嫌だ」では、それまでの周りを振り払うようにし、険しい表情で叫んでいる。
ラスサビ①では2番サビと歌詞は一緒だが1拍前で転調し調が上がる。MVでは暗い中で一糸乱れぬダンスをメンバーが行なっている。直前の間奏では「平手とメンバーの不協和音」が表現されていたが、ここで全員が揃ってダンスしていることから「メンバーと社会の不協和音」を表現していることがわかる。最後には全員で手を挙げ広げ飛びかかるような動きに見え、さらにそのカットはスローモーションで再生されているため、よりその圧迫感が印象強い。
次のラスサビ②は①同様、歌詞は1番サビと同じだが転調していること、そして最後に1番にはなかった歌詞がついている。ラスサビ②では、平手のソロカットのリップシーンと全員で行うダンスシーンが交互に繰り返されている。平手は頭を抱えたり、手振りをつけたり、頭を振ったりと「僕」として主張しているように見える。そして、ダンスシーンでは下手・上手・中央の3組に分かれてダンスをし、それぞれが踊っている時は、他2組は立て膝でしゃがみ待機している。それぞれが僕となり主張しているようだ。そして、最後に平手がサイマジョポーズを変形させた手で鉄砲を撃ち、それと同時に左右の胸を撃たれるような動きを全員でする。その後、「Discord Discord Yeah! Discord」と最後の歌詞が全員によって叫ばれる。
「Discord」とは「不協和音」を意味し、最後にもう一度楽曲名を伝えている。数人のソロカットのリップシーンが入ったのち、最後に全員で「欅坂46」のロゴマークでもある三角形を作り、揃ったダンスを行なっている。そして、その三角形の頂点にいるセンターの平手のみ、顔をあげている。そして、左手で胸の前でサイマジョポーズをしている。その表情はリップシーンにもあったように険しく、何かを睨みつけているようにも見える。
本楽曲では「サイレントマジョリティー」にもあった大人への反感にも似た、主人公「僕」の葛藤が描かれている。「僕」と社会・「僕」と「君(仲間)」、それぞれの間で生じる対立を不協和音と表現し、調和することが全てなのか?それが本当に正しいことなのか?と考えさせられる歌詞になっている。既成概念を壊せ!意思を貫け!と今までの楽曲でも「僕」が主張していたことが強く訴えられており、バラバラだから気付くことがあり視野が広がるんだと教えてくれてもいる。「サイレントマジョリティー」同様、「自分を殺す必要はあるのか?」と問いかけているが、決定的に違うのは、本楽曲での「僕」には迷いがなく、「君」に対してその考えを訴えていることだ。2・3曲目を通して視野が広がった、成長した「僕」だからこそ、本楽曲では自分の考えを曲げず、他者に訴えることができているのではないだろうか。
【フォーメーション 一覧】
(1列目 7名、2列目 7名、3列目 7名 計21名)
【参考資料】
https://realsound.jp/2017/10/post-116777.html
https://rockinon.com/news/detail/159131
https://coconutsjapan.com/entertainment/keyakizaka-furitsuke-kanjamu/10549/
https://news.line.me/articles/oa-rp29371/590723a981c0
https://youtu.be/gfzuzDrVRVM