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焼さけハラミハラスメント

亀有で空腹が限界になった。

亀有から徒歩25分の博物館までプラネタリウムを見にいくまでの道のりだったが、無計画に家を出たせいで朝から何も口にせずに14時になっていた。

そろそろ何か口に入れておかないと、こんな空腹で星空なんか見たら、脳が遭難していると勘違いして幻覚まで見えてくるかもしれない。

こんなことなら亀有駅で何か食べておくべきだった。

せっかく初めての土地に来たのだからここにしかない旨い店に入ろうと思い

線路の高架下には、そんな乙な店が並んでいるだろうと期待して覗いてみた結果

コメダ珈琲、丸亀製麺、松屋、モスバーガー

まさかのチェーン店通りだった。

高架下がこんなにチェーン店だらけだとは思わなかった。
まぁ博物館まで25分もあるんだからどこかで乙な店でも通るだろうと歩いていたが、かれこれ15分歩いても何も見つからない。

痺れを切らした僕は、ファミマに入って飢えを凌ぐことにした。

あんなにチェーン店を避けたのに
結局ファミマでおにぎりを見ている。
なにがしたかったんだろう。

おにぎりの棚を眺めていると、他よりちょっと高そうなおにぎりの棚に目がいった。

最近コンビニにはこういったプレミアム商品がよく並んでいる。
袋からして高級そうで、皆黒っぽい包装がされているので、この段の一帯だけ全体的に黒い。

ニューヨークの観光地をフラフラ歩いていたらマフィアの敷地に入ってしまったような緊張感がある。

しかし、今日はその黒い棚に違和感があった。
黒いおにぎり達の中の一つだけ、黄色と赤の文字で「20円引き!」というシールが貼られていたのだ。

なんてアホみたいなシールだ。
マフィアの中で一人だけ親に勝手に願書を送られて入隊させられたアホがこちらに助けを求めている。

普段なら見向きもしない黒い棚だが、僕はすかさず、シールが貼られた焼さけハラミを手に取った。

アホハラミを失ったマフィアの棚はいつもの闇に戻っていった。
もうここに用はない。

救い出した焼サケハラミをレジまで持っていく。

店員のおばさんがレジを通した瞬間「ピピピっ」と聞きなれない音が鳴った。

おばさんは僕には見えない画面を見た途端、あわてながら
「すみません、こちら期限切れの商品となっておりました。すぐ新しいのをお持ちします!」
と言い、足早におにぎりコーナーへと駆け出し、新しい焼さけハラミを持ってきてくれた。

なるほど、
どうやら彼は既に廃棄になる運命だったようで、もはや組織からも用済みだったのだ。

そして思いもよらず、なんの欠陥もない綺麗な黒い高級焼さけハラミが僕の元に舞い込んできた。

なんというラッキー。
最初に手にした焼さけハラミは20円引きということもあって、多少の米のカサカサ感は覚悟していた。
だがこうなるとただただ美味しい焼さけハラミだ。

それを20円引きで提供してもらっていいんですか?でも店員さんのミスだから仕方ないですよね。
なんか悪いね。タバコ一本吸う?

なんて心の中でほくそ笑んでいる僕に気づきもせず、
店員さんはレジを打ちながら言葉を続けた。

「そのためすみませんが20円引きになりません。」ピッ「279円です。」

…え?
え?
一瞬のパニック。
目の前で起こっている事態を受け止め切れず
様々な思考が頭の中でぐるぐると回って暴れていたが、

気がつけば僕はいつの間にか会計を済ませてコンビニの外で間抜けな顔で立っていた。

何円出してお釣りが何円返ってきたのかも覚えていない。

ただ、手には焼さけハラミ
じっと見つめる焼さけハラミ

いつの間にか持っていた焼きさけハラミ



焼サケハラミと見つめあいながら、僕は頭の中で暴れていた思考を整理するフェーズに入った。

まず僕は
どうしても焼サケハラミが食べたくて手に取ったわけではない。
たまたま20円引だったから、手に取ったのだ。
普段なら昆布が好きだ。昆布が一番安くてうまい。

その後店員さんはその焼きさけハラミが期限切れだと気づき、新しいものに交換した。それはわかる。

だが、20円引きはなかったことになった。
そこが分からない。

結果だけ見れば
僕は別に食べたくない焼サケハラミを279円も払って買ったやつだ。
なんだこの変なやつは。

えってか279円って高くね…?
20円引でも259円…?
そもそも高くね…?
スシローで寿司2皿食えるんですけど!

ご飯の中に焼さけハラミが入ってるんじゃなくて、
焼サケハラミの中にご飯が入ってるとかじゃないと
279円成立してなくね!?

なにこのビジネス!?
ハメられた?
279円では誰も買わないから
20円引きで油断させて、
交換して正規の値段とっても断りづらくする手法!?フットインザドア!?

「いや、そんなに気にするなら店員さんに「別のに変えます」って言えば良かったじゃーん」という無神経ギャルの声が聞こえてきそうだが、

そんなことできるわけない。

20円引きじゃなくなると言われて別のおにぎりに変えようものなら、
僕は店員さんから見て
『20円引きだから背伸びして高級おにぎり買ったやつ』
になってしまう。

いや実際そうなんだけど。
本心はそうでも表向きの僕は
『普段から買ってる高級おにぎりになんか20円引きのシールがくっついてたやつ』
の体でレジまで持っていってるのだ。

だから店員さんにはこう言って欲しかった。

「お客さんは普段から高級おにぎり買ってる方だから気にしないかもしれないけれど、
 20円引きの商品と銘打っといて本当は違いましたみたいな詐欺まがいのことをするのは店員としてのプライドが許さないから
 私の勝手ですがいったんこのおにぎりのことは忘れて、お好きなおにぎりをお選びなおしください。」

と。

そしたら僕は

「全然気にしなくていいのに、でもまあ確かに焼サケハラミはいつも食べているから、たまには違うのを食べろって神様が言ってるのかもね。こんな機会もそうそうないし、そうだなぁ。この昆布って言うやつ? こういう安いおにぎりって最近口にしなくなったなぁ。懐かしいー。あー懐かしい気持ちになったからこれで。」

と笑いながら昆布を差し出せたのに。

やはり黒いコーナーはマフィアのアジトだったようだ。
これからはおにぎりの黒いコーナーは目を伏せて歩くことにしよう。

袋を開けて人生最後の焼さけハラミを口にした。
塩の味がよく効いていたがこれは僕の涙だろうか。

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