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ピアニストの苦悩 ショートショート25

世界中に愛されたピアニストである私がスランプに陥った。
数々のコンクールで受賞し、「この時代を牽引するピアニスト」と雑誌でも紹介される程度には世間に知られている。
そんな私が弾けないわけではないにせよ、以前のように人々を魅了し、思わず聞き入る音を奏でられなくなってしまった。
通院、検査もしたが、身体的には問題がなかった。

練習の際、私は周囲の音に苛立ちを覚えており、これが原因だと感じた。
出来る限り消音の中で練習をするように心がけた。
音が少ない中での練習は功を奏し、スランプは解消された。

しかし、しばらくしてスランプはまた訪れた。
周囲の音にストレスを感じ、遂に自分のピアノの音にも嫌悪した。
そこで完全に音を消す部屋でピアノの練習を始めた。
鍵盤を押しても、音は生まれない。私は消音の部屋と呼ぶことにした。
私はその部屋のことがとても気に入った。

三度目のスランプが来た時には、一目散に消音の部屋に閉じこもった。
部屋に籠ってから数時間練習したが、今回の不調は解消されない。
一定のリズムで自分の胸から音が聞こえてくる、この心音が気に入らなかった。
ちょうど、ペンが胸ポケットに刺さっており、このペンで音を消し去った。

遂に私はスランプから完全に解放された。

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