もっと綺麗にしてあげる
私には付き合って3年目の彼氏がいる。彼は美容師で、彼のいるサロンはイケメンばかりが揃うサロンとして有名だ。美しい男性職員が大勢のサロンは当然のように女性に大人気で予約もいつも3カ月先までいっぱいなのだ。
「あ、おかえりー!」
「ただいまー、疲れたわー」
「お疲れ様です!さ、ご飯にしよー!」
彼とは同棲して1年になる。最初は違う価値観や、生活習慣に戸惑ったし、喧嘩にもなったけれど今は慣れたものである。
「飯ー!」
ひゃっほーいと彼は飛び跳ねる振りをしながら、玄関から入ってくる。そんなところも今では愛おしい。
「今日もお客様でいっぱいだったの?」
ご飯を食べながら、当たり前の質問を私はしてしまった。
「ん?あー、そうねー。いっぱいでしたよー!ご飯粒みたいにね!」と言って彼はご飯をもりもり食べる。
「すごいねー。私も1度くらい切ってもらいたいなー」
「ん?俺に?」
「うん!綺麗になるかもでしょ?というかしてくれるでしょ?」
「そうだねー、まずは予約してからかなーとか意地悪言ってみるわ」
と意地悪な笑顔を浮かべる。私は意地悪ー!と膨れたふりをしてその場を流す。
夜中、寝静まった彼の横で私はネットで彼の美容院を調べていた。予約は相変わらずいっぱいで、当分無理だなーと思っていると……
「にゃに調べてるの……?」と彼が寝起きの声で聞いてきた。
「ん?!な、なんでもない!まだ夜中だよ!寝よ寝よ!」
そう言って私は彼の横で眠りについた。
朝が来ると隣に彼の姿はなく、代わりに近くのテーブルにメモがあった。
『今日は朝から来客予定だから、先に行くね』
私は眠い目を擦りながら、彼の残したメモを読む。朝からなんだ。忙しいなーと思いながら、自分の朝食の用意をする。食パンを焼いて、卵を焼いて、牛乳を用意して、ハムを焼いて、某CMの曲を口ずさみながら、朝の支度をする。
「できたー!いただきまーす!」
朝食をいただき、洋服に着替えて出かける支度を整える。玄関で靴を履き、外に出て家の扉を閉める。朝から上機嫌に出かけていく。仕事をしに行くのだけれど、楽しくて仕方ないからしょうがない。
電車に乗って、スマホを見ると、彼からのLINEが入っていた。『おはよう。今日で交際して4周年だね。同棲してからは2年だね。いつもありがとう。』と書いてあり、スタンプでもありがとうー!大好きー!というスタンプがきている。私は思わず笑ってしまった。あまりの可愛さと愛おしさに笑ってしまったのだ。そして可愛いと呟いていた。そんな可愛いLINEを送ってくれる彼が好きで好きで愛おしい。そのLINEに私も返信をする。『おはよう!そうだねー!こちらこそいつもありがとうー!大好きよー!』そしてスタンプを送る。大好きーと愛してるーを。朝からふふふ、と笑いながら出勤した。
私は仕事を終えて、今日もいつもと同じように電車に乗り、帰る。すると突然、LINEが鳴る。
『俺のお店、来てくれる?』と彼氏からのLINE。私は『いいよー。わかったー!』と送り、いつも乗り換える場所で別の電車へと乗り換える。彼のお店へ向かう。お店の最寄り駅で降りて、彼のお店へ向かうと、お店の前で彼が待っていた。私は手を振る。彼もそれに気がついて手を振り返してくれる。彼の手には荷物があり、お先ですと他の職員に言うと私のところに走ってきてくれた。
「来てくれてありがとう!1人で持てるか心配だったんだけど、持てたから大丈夫だわ!さ、帰ろ帰ろーぉ!」
元気な彼氏の様子に私もおぉー!と手を挙げてしまう。そして2人で笑っていた。
帰ってくると彼が『ちょっと外にいてほしい』と言い出す。ご飯の支度のことを伝えても譲らず、私は1人、追い出されてしまった。暇だなと思っていると、「おまたせ!」と彼の声。
「もー!いつまでも入れないのは困るんだからね!」
と怒って言いながら、部屋へと入ると中からいい匂い、そして奥の方に椅子と鏡が置いてあった。家で使っている全身鏡と普通の椅子だった。
「これって……」
私が言葉を失っていると彼が『いらっしゃいませ、お客様』と接客をするまるでいつもとは違う一面を出てきた。
「さ、お客様、奥までどうぞ」
「ま、待って!やだ!どうしたの?!」
私が思わず慌てて声を出して、制止すると彼もあれ?と言った感じでいつもの口調に戻る。
「こういうの期待してなかったの?」
「してない!してないよ!私、私は……」
彼に髪の毛を切ってほしいと思っていた。しかしそれだけではなくて……
「自慢の彼女でいたかったの……」
そう誰の目から見ても、この子ならと思われるような自慢の彼女になりたかったのだ。すると彼は私の手を取り、何を言い出すんだという顔をした。
「自慢の彼女だよ?」「え?」
「俺にとって、お前は自慢の彼女だよ」
「いつもそんなこと一言も……」
「言わなくてもいいと思ってた。ごめんなさい。信じてくれ、お前は俺の自慢の彼女だ」
「本当に?」
「本当に」
そう言うと彼は、私をぎゅっと抱きしめた。
「なんだよー、俺、こういうの期待してるのかと勝手に思ってたー!はー、恥ずかしいなー!」
「けど私のために準備してくれたんでしょ?嬉しいよ」
「せっかく準備したんだ!よーし!いつも以上に、いや、これ以上ないくらいに綺麗にしてやるよ!」
「え?!」
「さ!こっちこっち!」と私の手を強引に引っ張って座らせてくる。
「うん、綺麗な髪してるよなー、これに触るの本当はずっと怖かったんだぜ?」
「私の髪?」
「うん、もっと綺麗にしてやりたいけど出来るかなって自信がなかったから……」
「今は大丈夫?」私は意地悪な質問をしてしまった。
「今は少し自信あるぜ?大丈夫、綺麗にしてやる!」
そういうと彼はお店から持ってきたであろう仕事道具を取り出す。そしていつもの仕事をするように切り始めた。少しずつ少なくなって行く髪の毛に私は寂しさを感じたが、触れている彼の手の温かさに安心感を覚えてもいた。
気がついた時には、髪型が変わり、可愛らしい私が鏡の前に座っていた。
「どう?」
彼は一言、聞いてくる。私は嬉しさから、何も言葉が出なかった。髪に魔法を掛けてもらったかのように美しい髪に、髪型に、してもらえたと思ったからだった。
「ありがとう」
やっとの思いで出した言葉は、彼に届いて、幸せを広げていく。私だけの素敵な魔法がこの世の中にあることを私は知らなかった。それを教えてくれた彼に最高の言葉をとかけたのがその言葉だった。
最愛の人からの最高の贈り物を私は、貰うことが出来たのだった。
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