恋ダメ
気がつけば夏もあともう少しで終わる。今年の夏は、平成最後の夏だなんだと盛り上がっていた。オッサンには何にも縁はないけどな~とタバコをふかして空を見上げていると、後輩が声をかけてきた。
「○○号室の山田さん、手がつけられないので応援をお願いしたいのですが……」
「ん?あぁ、はいはい、大丈夫ですよ~。今、行きますよ~」
ふかしていたタバコを消して、言われた病室へと向かう。そこでは、山田さんと呼ばれているおばあちゃんが家に帰せと暴れているところだった。なんとか看護師や介護士が止めに入るが、声が届いていない。オッサンである俺は、間に割って入って、「ばあちゃん」と声を掛けた。すると山田さんの顔が鬼の形相からスッと変わった。
「ひろゆき……私は家に帰りたいというのにあいつらは何も聞いてくれないんだよ」
「ばあちゃん、今、ばあちゃんは病気なんだ。右の手首を折ってるんだよ。だからそれが治れば帰れるんだよ」
「ひろゆき……本当かい?ひろゆき」
「本当だよ、俺は嘘つきじゃなかっただろ?」
「そうだね……わかったよ……」
山田さんは暴れるのをやめて、ベットに横たわって眠り出した。
「ありがとうございました」
「いえいえ、ま、死んだ孫に似てるっていうのが幸いだったってだけですよ」
そう言って俺は、その場を離れた。病院のナースセンターへ行くと、「よくやったわね、さすがひろゆき!」と看護師長に早速茶化された。「よしてください。第一名前が違う」笑いながら、俺は書類の整理を始める。茶化してきた看護師長と同じ年の女性看護師が「そうよ、西郷さんに失礼だわ」と止めていた。そんな時、ふと『ルルルル』とナースコールがなる。俺は残念そうな顔をして、
「今日も通常営業ですね」
「本当に……ね」
看護師がコールを取る。緊急事態のようだ。顔色が変わる。看護師たちがナースコールを受けている看護師の言葉を聞いて慌ただしく動いている。そして一人の看護師がナースセンターを飛び出した。ナースコールがあった部屋は、死期の近い患者さんがいる部屋である。ナースコールを終えると受けていた看護師も飛び出す。
「夏だしね……」
看護師長が呟いた。そのあと、仕事仕事と呟いて再び動き出した。「夏か……」蒸し暑くて嫌な季節だ。最近は熱中症の患者も後を絶たない。早く涼しい季節が来ればいいのにと思いながら、整理した書類を持ってパソコンの前に座った。
いつからだっただろうか、こんなに平然と仕事ができるようになったのは……?介護職を続けて6年。いろいろな患者がいたし、出会い別れてきた。再会も中にはあったしな……そう思うと笑えてしまう。そんなこんなで何気なく時は過ぎ、年とともに6年の月日が過ぎていた。
「西郷さーん!」
遠くで呼ぶ声が聞こえる。はいはいーと返事をして、再び動き出した。
あの暑い夏の出来事が今でも鮮明に思い出されて頭を離れない。
恋をしていたことすら、気がつかぬ程の淡い恋。好きになったやつは男で、同性のぽっちゃりした明るい友人だった。その時は、微塵も好きであるということに気がつかず。気がついた時には、俺は恋人がいて、好きな女の子がいて、もやもやとした時があった。その気持ちは今も変わらずあるし、気がつくともやもやするのだ。どうして同性を好きになったのかと、そしてなぜ気がつかなかったのかと……もやもや、もやもやと頭を困らせてくれる。どうして今更なのかと思い返せば、あのガタンッと揺れたあの揺れからだった。あの日の夏にも地面が大きく揺れたことがあった。ガタンッと。地震が来たと思ったけれど、そうではなくて、揺れたのは……『俺だった』
そこからの意識は途絶えた。
「あ!大丈夫ですか?!」
目の前に新人で入って来た看護師がいる。あーこれは、実験台ですかね……と周りを見回すが誰もいない。
「今は、それぞれ担当業務でいないんですよ~」
新人はそういうと続けて「私だけなんです~。目が覚めて来れてよかった~」と呑気に言った。
「俺は、倒れてた?」
「はい~、ナースステーションを出たすぐそこで」
新人は、指で示した。どのくらい眠っていたかを聴くと、5時間だそうだ。
「このあと脳波の測定とかいろいろな検査をしますからね~って看護師長が~」
「念のためにね……」
正直に言って面倒だ。しかし倒れたとなれば当たり前だから仕方がない。早く終わることを祈るとしよう。
「ちなみに検査は、いつから?」
「空いた時間にとだけ聞いてますよ~」
「そう」
頼りにならない新人なのか?検査をしましょうと俺を動かすこともない。
頼りにならないもんだ。それも仕方ないのか……ふぅと一息つくとおトイレと伝えて歩き出した。歩き出しは軽快なもので、自分がまさかさっきまで眠っていたとは思えない。そしてその足取りで屋上へと上がる。
「バカは高いところとタバコが好きなのよ~」とタバコを取り出して吸い始める。
「やっぱり!」
声に気がついて振り返ると、看護師長が立っていた。「あ……手は空いたんですか?」
俺は苦笑いのまま、タバコをぽとりと落とした。
「異常なし!タバコ吸い過ぎ!」
「はい、わかりましたよ……すいませんでしたって」
「わかってるの?本当に!」
看護師長と若い女性の医師が怒っている。「わーってますよ……」
ステレオはきついぞと思い、すみませんでしたと頭を下げた。
「以後、気をつけなさい!」
看護師長の強いゲキが飛ぶ。「はい、気をつけます」そういい、へこへこしている。
「本当に奥様がいて来れてもいい年齢なんだからね?そういう人、見つけなさいよね」
えらいお節介だなと思いつつも、はい、わかりましたとだけ伝えた。
そうしてやっと家へと帰してもらえた。
「我が城よ!ただいまっ!」ぼふんっ!
疲れた身体をベットへとダイブさせる。「相手さえいれば結婚してぇよ……」
そうぼやいて、ベットから身体を起こして、買って来た惣菜を食べる。
テレビの内容もつまらない、誰かが隣に……『またな』……
ぽっちゃり体型の男の友人を思い出す。高校の時から会っていない。
「ってなんでこの流れでやつなの!俺!違うでしょ!」
だから結婚できないのだろうなと心から思った。俺は、診断は受けていないがバイセクシャルだろう。性別の壁を超えて好きになっている。ドキドキとするし、抱きたいとさえ思うのだから、そう男も女も関係なく……。
結婚とまでは言わなくても、できる限りそういう相手を見つけるのも大事か……。
世話をしてくれる人ではないが、お互い支え合える相手を。
「できたらしてるよなぁ~……」そうぼやいて再びベットへ戻る。
ゴロゴロしている間に眠ってしまった。
いつも通りのあさが来た。いつもと同じ、何も変わらない。俺も変わってない朝。ならば変わらなくてもいいではないかと思うのだ。早々変われるはずもない。変わらなければならない時が来るまではゆっくりともがいていようと思ったのだった。
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