ワンマンライブの準備で疲労が溜まってはいるものの、今日は作業の合間に、なんとか時間を作って少しスポーツジムに行ってきた。
私が通っているスポーツジムには飲み物を入れておける冷蔵庫があり、自販機で買ったペットボトルの取り違えを防ぐため、
『ペットボトルには必ず名前を書いてください』
と言う張り紙がしてある。
その脇には、名前を書くための油性ペンが置かれている。
ほとんどの人は、ペットボトルのフタ部分に名前を書く。
ラベルなどの他の部分だと、目立たなかったり、水分で書いた文字が落ちてきてしまうからだ。
苗字をしっかり書いている人も居るし、イニシャルだけ書いている人も居る。
私は普段は『マツモト』の『ま』だけ書いて入れている。
なんとなく、今日はマツモトの顔をペットボトルのフタに書いた。
これでよし。
マツモトを冷蔵庫に入れ、私はさっそくトレーニングをしようと腹筋のマシンに向かった。
その直後のことである。
ん?
ヒップホップのレッスンをしているフロアから小学6年生くらいとおぼしき少女が走ってきて、冷蔵庫からペットボトルを取り出し、それを飲みながら、またヒップホップのレッスンに戻っていった…
…あいつ今、マツモト持って行かなかった?
ものすごく、マツモトを持っていった気がするんだが…
気のせいかな…
私のペットボトル、マツモトの顔が書いてあるしな…
間違えるわけないよな…
まさかな…
きっと、まさか…
おそるおそる、冷蔵庫を確かめてみると、
マツモトが居ない…!?
代わりに、名前の書かれていない、同じ水のペットボトルが冷蔵庫の後ろに見える。
あのガキャー、マツモト持っていきやがった…!!
なぜだ。
なぜマツモトを持っていくのだ。
スポーツジムに通って1年半。
冷蔵庫に同じ種類のペットボトルが何本も並んでいても、一度たりとも、誰かに間違って持っていかれることはなかった。
マツモトの『ま』をものすごく適当に書いた日もあった。
面倒臭くて『◎』くらいしか書かない日もあった。
それでも、一度たりとも間違って持っていかれることはなかったのだ。
なのに、なぜ、ペットボトルがマツモトになった瞬間に、こんなことに…!!
ペットボトルがマツモトになって、ものの15秒も経たんうちに持って行かれたで!!
少女は悠々自適にヒップホップのレッスンを続けている。
私はガラスに張り付いてガキャーを見つめた。
イモトアヤコを少し太らせたような、その少女(マツモト拉致事件の恨みから、多少、色メガネで見ておりまして採点が辛口です)は、ノリノリにダンスを踊っている。
思春期であるその少女は、どうも、セクシーな女性にあこがれているようだ。
他のレッスン生に比べて、なまめかしい動作が多い。
ひとつひとつの動きに独自のお色気アピールを取り入れ、官能的な上目遣い、舌出しと言ったアドリブまでかましている。
いいからマツモト返せよ。
ダンスの隙間隙間で、わざわざTシャツめくり上げてヘソ出すアドリブを取り入れてないで、マツモト返してくれよ。
たかが110円のミネラルウォーターと言うことより、マツモトを持っていかれたことがショックで、しばしイモトの様子をガラス越しに見つめていた私だが、相手は悪気の無い子供だ。
マツモトのことは諦め、トレーニングを続けることにした。
30分ほど経った頃であろうか。
ヒップホップ教室が終わり、爽やかな笑顔と、爽やかな汗をたたえたイモトは『また冷やしておこ〜っと♪』と言う感じで、冷蔵庫にマツモトを戻した。
あ〜あ、マツモト飲まれちゃった…
マツモト戻ってきたけど、口ついちゃってるし、もう要らへんわ…
イモトはまだスポーツジムに通い始めなのか、スタッフに連れられ、フロアにあるトレーニング機器の使い方の説明を教えてもらっているようだった。
イモトが遠くの死角に隠れて見えなくなったため、私は思いついて、イモトの物になってしまったペットボトルを掴み、
フタ部分だけではなく、ラベル部分にデカデカとマツモトと書き足してみた。
(見つからないように急いでいたため、写メは撮影できておりません)
これだけデカデカとマ!ツ!モ!ト!と書き殴っていれば、流石に
「あっ、これ他人のだった!」
とイモトも気づくのではないか。
いや、別に気づかせたからと言って、どうと言うこともないんですけど。
何がしかの達成感を感じながら、私はランニングマシーンでマラソンを始める。
ランニングマシーンは窓ガラスの方に向いているので、ガラス越しにイモトをロックオンしたまま、私は走り続ける。
20分ほど経過し、ひとしきりの説明を聞き終わったイモトが、そろそろ帰りそうな雰囲気を出した。
私は息を潜めて、イモトの後ろを追う。
気づいて…!
それはイモトじゃなく、マツモトなんだ…!
私は息を飲んでイモトを見つめる。
何の躊躇いもなく、マツモトを取り出して持って帰った。
おかしいやろ!!
ラベルにも『まつもと』ってデカく書いてあるやろ!!
おかしいやろ!!
流石に違和感あるだろ!!
あ〜あ…
あれが普通のペットボトルだったら、こんな事件には見舞われなかったはずなんだ。
あれをマツモトにしてしまったから、こんなことになる。
錬金術でマツモトを増やすのはアカンな…
今度から、ペットボトルのフタにマツモトを書いて、ペットボトルをマツモトにするのはやめよう…
ペットボトルを持っていかれたことで、水分が取れていない私は疲れ果て、早々とジムから帰ることにした。
帰る直前、なんとくゴミ箱を覗いてみた。
居た。
勝手にマツモト捨てんなよな〜(´・ω・`)・・・
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