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『稲盛和夫一日一言』 6月11日

 こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 6月11日(火)は、「試練は人生の分岐点」です。

ポイント:人間的成長には「試練」が不可欠。「試練」に直面したとき、そこには人生の分岐点がある。

 2001年発刊の『稲盛和夫の哲学 人は何のために生きるのか』(稲盛和夫著 PHP研究所)「人生の試練について」の章で、稲盛名誉会長は次のように述べられています。

 私は、波瀾万丈の人生とは、よいときも悪いときも、創造主が私たちに与えてくれた「試練」だと考えています。つまり、幸運に恵まれることも、災難に遭うことも、等しく試練なのです。その試練にいかに対処するかによって、人生はさらに大きく変化していくのです。

 幸運とか成功に恵まれたときに、どのような心構えで対処するかによって、その後の人生は天国にも地獄にもなります。つまり、幸運、成功を得たということは、決して結果ではなく、その対処の仕方によってその後の人生は大きく変わってくるのです。
 これは人生を生きるうえでたいへん大切なこと、心せねばならぬことだと思っています。

 他方、「運命」のなせるわざか、「因果応報」の結果かはいざ知らず、災難、苦難、困難に遭遇したとき、その苦しさに負け、世を恨み、人を妬(ねた)み、さらに現在の不遇を嘆き悲しんで不平不満を鳴らし、最後には世の中をすねて渡るという人もいます。
 そのような対処をする人は、さらに自分の人生を暗く辛いものにしていきます。あたらたった一回しかない人生を、不毛で索漠(さくばく)としたものとしてしまうのです。

 しかし、災難、苦難、困難という試練に遭遇しながらも、その試練に耐え、そしてその試練から脱却すべく精一杯の努力を怠らない人。今はこんなに苦しいけれども、いつかきっと自分にも明るい未来がくるはずだと信じ、心を明るく保ちながら努力を重ねていく人。決して世を恨み、人を妬み、不平不満を鳴らすようなことなく、与えられた苦難を真正面から受け止めて、むしろ自分の向上心を試そうとする試練だと受け取り、感謝をしつつ、前向きで明るく素直に努力を続けていく人。そういう人は、結果として素晴らしい成功と明るい未来を必ず勝ち取っているのです。

 「運命」と「因果応報の法則」が織りなす人生は、まさに諸行無常、波瀾万丈の人生です。平穏で平坦な人生などありません。そんな人生で、苦難と幸運のどちらの試練に遭遇しようとも、常に謙虚に前向きに対処できるかどうか、それによってその人が天国のような人生を生きるのか、地獄のような人生を生きるのかが決まってくるのです。(要約)

 京セラ在籍40年の間、私にとっての最大の試練は、事業部門から間接部門への配置転換でした。それまでエンジニアとして研究所や工場で研究・技術開発業務を担当していたのが、いきなり京都本社の資材部門に転勤を命じられたのです。
 配属先は、資材本部内に新設された資材技術部、一般的には「開発購買」「戦略購買」と呼ばれているセクションでした。

 「資材」「購買」部門というと、企業活動に必要なものを発注して仕入れるだけのところと思われがちですが、継続的に安定してより安価な価格で部材を調達することができるよう、そのシステム構築や仕組みづくりを担う部門でもあることから、特に製造業においては、戦略的な購買が不可欠だとされています。

 部材や各種加工品の調達に関する詳細な仕様や契約内容を把握・確認した上で、短期、中長期の調達計画、仕入れ・委託先の吟味と選定、購買システムの更新・維持管理等々、その道の素人が安易に取り組んで成果を出せるよな業務はひとつもありませんでした。

 新しく集められた仲間と一緒に試行錯誤を繰り返し、具体的な成果を出す勝負の年だと位置づけていた三年目がスタートしようとした直前、幸か不幸か私は同じく本社内にあった秘書室経営研究部に再異動となり、伊藤謙介元京セラ会長(当時、相談役)発案の『京セラものづくりの心得』プロジェクトの専任事務局を担当することとなりました。

 「試練」に直面したとき、打ち負かされて妥協してしまうのか。それとも、「試練」に対峙し、苦難を克服しようと、さらに努力を重ねることができるのか。

 私にとっては、決して望んだわけではない間接部門への異動に直面して、その苦難を何とか克服しようとあがき続けていたことが、その後の「毎日、フィロソフィと言う言葉を口にしない日はない」というほどどっぷりと京セラフィロソフィに浸る日々をもたらしたのではないかと感じています。

 「試練は人生の分岐点」
 よいときも悪いときも、天から与えられた「試練」だと考えられるどうかで、あなたの人生も大きく変わっていくのではないでしょうか。


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