『稲盛和夫一日一言』 7/29(土)
こんにちは!『稲盛和夫一日一言』 7/29(土)は、「社会をよくする道」です。
ポイント:どのような環境に置かれようとも、一人ひとりが自らを磨き、人格を高めようとひたむきに努力し続けることが、結局は社会をよりよいものにしていく。
2004年発刊の『生き方』(稲盛和夫著 サンマーク出版)の中で、人としてのあるべき「生き方」について、稲盛名誉会長は次のように述べられています。
あらゆる人間、さらには生物、そして一本の草木や道端の石ころに至るまで、あらゆるものが創造主から役割を与えられていて、宇宙の意志に基づいて存在しています。
つまり、宇宙に存在する森羅万象はすべて、大きな宇宙という生命の一部であり、どれ一つとってもけっして各々が偶然に生み出されたものではなく、みな宇宙に必要だからこそ存在しているのです。
そのなかで、人間はより大きな使命をもってこの宇宙に生かされている、と私は考えています。知性と理性を備え、さらに愛や思いやりに満ちた心や魂をも携えて、この地球に生み出された。まさに人間には「万物の霊長」として、きわめて重要な役割が与えられていると思うのです。
そうであるならば、私たちはその役割を正しく認識し、個々の人生において努めて魂を磨いていく義務があるのではないでしょうか。
生まれたときよりも少しでもきれいな魂になれるよう、つねに精進を重ねていく。それが、「人間は何のために生きるのか」という問いに関する解答でもあると思うのです。
混迷を深める社会にあって、人々はまさに手探りで闇夜を進むがごとく生きています。しかし、私はそれでも、夢と希望にあふれた明るい未来を思い描かずにはいられません。
人々が、充実した実りの多い幸福な人生を過ごす。そのような素晴らしい社会の到来を心から願うとともに、それは必ず実現できると思っています。
一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心をもっていつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高め続けること。
すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていく。まさに、そこに生きる意義があるのであり、それ以外に、人間としての「生き方」はないように思います。
そうした「生き方」をとるならば、それが個人の人生であれ、あるいは家庭であれ、企業であれ、また国家でさえも、必ずよい方向へと導かれ、素晴らしい結果を招くことができる、私はそう信じています。(要約)
今日の一言には、「現代の混迷した社会を思うとき、私たち一人ひとりが、どのような環境に置かれようとも自らを磨き、人格を高めようとひたむきに努力し続けることが、一見迂遠(うえん)に思えても、結局は社会をよりよいものにしていくと信じています」とあります。
7月27日、国連のグテレス事務総長は、今月の世界の平均気温が観測史上最も高くなる見通しとなったことを受けて記者会見し、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と警告し、続けて「異常気象がニューノーマル(新常態)になりつつある。しかし、まだ最悪の事態は防げるはずだ」と述べ、各国の指導者に向けて、気候変動対策の強化を求めました。
自然界では、「足るを知る」ことが本能として与えられているのですが、残念ながら人間だけが利己的な欲望が非常に強いため、「足るを知る」ということを知識として教えなければ理解できないといわれています。
人間の利己的な欲望は、放っておけば際限なく肥大化していきます。すでに手に入れた豊かさに満足できず、さらなる豊かさを求めようとする。
際限のない欲望にとらわれたままでは、どんなに物質的には豊かになったとしても、心の豊かさを感じることはできないでしょう。
心の豊かさとは、名誉会長が説かれてきた「足るを知る」心があって、初めて感じられるものなのではないでしょうか。