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『稲盛和夫一日一言』12/26 Review
こんにちは!R&P企画 emuです。
2024年8月1日より、連続投稿3年目に入りました。これを機に、しばらくは過去2年分をレビュー掲載していく予定です。
12月26日、今日の一言は『美しい魂をつくる』です。
どんなに財産を貯め込んでも、名声を獲得しても、多くの人を従える権勢を誇っても、人生を終え、死を迎えるときには、肉体をはじめ形あるものは何一つとして持っていくことはできない。しかし、すべてが無に帰してしまうわけでもない。人間が心の奥底に持っている「魂」だけは、人生の結果として残り、来世まで持ちこすことができる。ならば、人生の目的とは美しい魂をつくることにあり、人生とはそのように魂を磨くために与えられた、一定の時間と場所に他ならない。
仏教的な思想では、魂は輪廻転生していくと考えられています。この考えに従えば、稲盛和夫という肉体を借りてこの現世に姿をあらわした私の魂は、肉体が滅びたときに新しい旅立ちを迎えるはずです。
そういうふうに考えれば、私たちが生きていく人生というのは、輪廻転生をする魂を磨き上げるための期間なのかもしれません。生まれたときに持ってきたときに持ってきた自分の魂を、この現世の荒波の中で洗い、磨き、少しでも美しいものへと変えていく。そのために人生というものがあるのではないでしょうか。
死にゆくとき、生まれたときよりも少しでもましな美しい魂に、またやさしい思いやりに満ちた美しい心を持った魂に変わっていなければ、この現世に生きた価値はありません。人生とは、魂を磨き、心を磨く道場なのではないか、と思っています。
つまり、いつも自分の心の中に、善き思い、やさしい美しい思いが出てくるように、もし邪なものが出てきたときには、「こらっ」と言って自分を怒って、それを抑えていく。それは、毎日毎日あたかも賽の河原の石を積むようなものかもしれません。決して高くは積めないかもしれませんが、毎日そうした努力をしていくことこそが尊いのではないか。
皆さんも、ぜひ人生という道場の中で、善きことを思い、善きことを行うよう努めていただきたいと思います。そのことによって、皆さんの魂、心は磨かれていきますし、そうして磨きあげられた美しい心で描いた思いは、自分の人生を必ず素晴らしいものへと変えてくれるはずです。
本記事を通して「京セラフィロソフィ」「稲盛経営哲学」に接することで、皆さんが少しでも毎日を活き活きと過ごされんことを願っております。