100匹目の猿現象とシンクロニシティの実体験
2020年6月12日にアメブロに投稿した記事です。
100匹目の猿現象とシンクロニシティの実体験
100匹目の猿現象という言葉があります。これは生物学者のライアル・ワトソンという人が創作した架空の物語とされ、こういう順番で話が進みます。
(1)宮崎県の串間市の幸島にいる猿がイモを洗って食べることを覚える。
(2)他の猿がそれを真似する。
(3)そういった行動をとる猿が100匹になる。
(4)離れたところである大分県高崎山(猿のベンツで有名)の猿も同じように、イモを洗って食べる。
(5)つまり、「ある行動や考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」ということである。
いわゆる偶然の一致であるシンクロニシティをあらわしたものとされているようです。
結論として、幸島の猿の行動が高崎山の猿に伝播したことはなかったとのことです。しかし、私たちの日常生活の中では、根拠はよくわからないが偶然の一致としか言えないようなことが起こりますよね。
私が2020年5月19日に書いた記事である、
「縁は不思議なものであること~「いすのき」から始まる「ひょん」と「災い転じて福となす」こと」
https://ameblo.jp/rozaroza-s/entry-12597969780.html
のように、本来ならば会わないはずの人間同士が、示し合わせたことではなく本当に偶然に出会うこともあります。これもシンクロニシティなのでしょうね。
この記事の場合は、よくよく考えると不思議な点があります。特に(5)です。
(1)私がAという楽器を志望していた
(2)Aという楽器の練習日(平日)に見学させてもらうことになる
(3)しかし、その日はAという楽器のメンバーが全員休む
(4)ということは、本来は案内役である部長の女性1人(彼女の楽器はC)しかいないはずである
(5)なぜかBという楽器のメンバーが全員集まっている(この中に知人がいた)
もうだいぶ前の記憶ですが、部長の女性がBという楽器のメンバーに声をかけたとは考えにくいのです。もし、彼女が声をかけたとしてもBという楽器のメンバーが急に全員集まるのは難しいのです。なぜなら学年と専攻でキャンパスが分かれており、そのキャンパス同士は電車で移動しなくてはならなかったからです。また、この部は部屋が狭いことから、通常は厳格に練習日を分けていたので、演奏会前の土曜日の午後以外は別の楽器同士がかち合うことはないのです。
このことはいまだに不思議なことですよ。100匹目の猿はともかく、私がシンクロニシティを否定できないのは、上記のような体験があるからです。「必要なことは起こる」ということからすれば、もしかしたら必然だったのかもしれませんが・・・・・・。
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