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焼き鳥屋のマリリンモンロー

0.前段

美人の幼なじみがいる。
どの角度から見ても美しく、大胆に髪型を変えても全て似合い、スウェット姿で煎餅を食べていても絵になってしまうので、人生であまり出会えない程の美人だ。

おまけにスタイルも美しい。骨格が違うのだと思う。

そして彼女は、秀でた美に負けずとも劣らない強靭な胆力の持ち主だった。

1.彼女は怯まない

美人でスタイルの良い彼女は、よく盗撮にあっていた。大体、彼女の容姿とスカートの中を2枚セットで盗撮するという悪質なものだった。
だが彼女は怯まない。
ある時は電車内で大手ゼネコン勤務の会社員の顔を覗き込み「盗撮してますよね?」と問い詰める。
ある時は駅のエスカレーターで有名国立大学に通う学生の胸ぐらを掴み、「警察行こうか」と引きずっていく。

目力が強く背の高い彼女が、腹式呼吸を使った低めの声で急に話しかけてくるのだから、その迫力は盗撮魔の慢心を粉々に打ち砕いただろう。
男達は、逆ギレしたり、逃走を図ったり、その場で泣き出したりしながら、警察に引き渡されていったという。

彼女は「こんなんじゃ足りないよ」と言いながら、示談金でヒールの高い強そうな靴を買っていた。


イタリアでも彼女は怯まない。
スーツケースを持ちながら列車に乗ろうとすると、優しそうな青年が手伝ってくれた。
けれど彼は列車に荷物を持ち込んだ途端、形相を変えて「1ユーロ」と言ってきた。
驚きや怖さから渋々お金を渡すという発想は彼女にない。

「NO!!」

車内のイタリア人が全員振り向くような太い声で彼女は言う。
青年がイタリア語で怒号を浴びせてきても、「頼んでない!そっちが勝手に運んだんだから払わない!」と正面切って応戦する。
平坦な音の日本語も、彼女にかかれば抑揚のある強い言語に変わる。
「い、1ユーロぐらい良いんじゃない、、」と言いたくなるが、彼女は一歩も引かない。

最終的に、イタリア青年は彼女の背中を一発殴って踵を返し列車を降りた。そして彼女がすぐに追いかけて青年の背中を殴り返し、急いで戻ってきたところで、列車は静かに発車した。


ブラック企業でも彼女は怯まない。
華やかな広告代理店で契約社員として働いていた彼女の職場は、壮絶なパワハラ現場だった。

飲み会の席では、上司が一度口に含んでモンダミンさながらにゆすいだ酒をグラスに戻し、部下に飲ませるという戦慄の風習があった。
仕事場では、先輩が人前で彼女を罵倒するだけでは飽き足らず、職務中に心血注いで人格否定の長文メールを彼女に送りつけていた。

しかし彼女は一度も体調を崩すことなく、モンダミン酒もNOと言い続け、パワハラメールにはCCに社長のメールアドレスを入れて返信し、無遅刻無欠勤で契約満了まで勤め上げていた。

持ち前の胆力と幼少期から培われた高い自尊心を武器にして、快刀乱麻に世の中を渡り歩いていく彼女の姿は、見ていて痛快だった。

2.彼女は惜しまない

これまで彼女には色々なものをもらってきた。

殆ど袖を通してない洋服を「いつまで同じ服着てるの」とくれる事もあれば、私のiPhoneケースが100円と知って目を見開いて驚き、有名ブランドのスキンシールとやらをわざわざ買ってきて貼り付けてくれたこともある。

けれどそれ以上に彼女からもらい続けている大きなものがある。

情報である。

流行については勿論、「飲み会の幹事になっちゃったんだけど、この辺のお店知ってる?」と相談すると、料理ジャンル別のおすすめリストを作成して送ってくれる。
「今週末デートなのに大きなニキビが出来た」と嘆くと、御用達の皮膚科や念入りなスキンケア方法を教えてくれる。
日本だけでなく海外にも精通しているため、海外旅行の予定を話せば御多分に洩れず、さまざまな情報を惜しみなくくれる。

「労力をかけて情報提供しても自分にメリットがない」「美容への努力を知られたくない」という考えは彼女にない。
そんな彼女の精神に、満たされている人間特有のゆとりを感じた。

3.美と金銭の等価交換

美と金銭は等価交換という話はよく聞くけれど、彼女は正にそれを体現していた。
まるで義務のように自分の美を換金しまくる彼女を見て「美の濫用だな〜」と少し心配になる程だった。

地元の小さな焼き鳥屋でいつものように待ち合わせると、彼女は決まって都心から男性の車で送られてきていた。
およそ凡人では着こなせないような真っ赤なタイトワンピースに、ものすごーく小さなバッグ、そして200万円ほどの価値をつけられた腕時計といった身のこなしが彼女のスタンダードだった。

彼女は焼き鳥屋で異彩を放っている事など気にもせず、狭い店内のカウンターで1本90円の焼き鳥を「美味し〜!いくらでも入る〜!」とつまみながら、「ヘリコプターで夜景を見た」などの浮世離れした話をいつも体験レポートのように淡々と話していた。

その姿に「私の場合、社会で使える有効なカードがこれだったの」と言いたげな潔さを感じ、「◯◯(最寄駅)のマリリンモンローだね」と茶化したかったが、皮肉っぽく聞こえそうでいつも堪えていた。

4.美人の居場所

彼女の切れ味が鈍ってきたと感じたのは、数年前だった。

それまでは少し歳の離れた不特定多数の男性と一緒にいた彼女だったが、結婚に向けて同世代の恋人を作ろうとして、どうやらこれまでのようにいかないらしかった。

美の力を金銭的価値に置き換え続けた歳月の代償は、「そういう匂い」が彼女に染み付いてしまった事だった。

そして、彼女も私も口には出さないが、私達が”若くなくなってきた“のも要因の一つと感じた。

私は、彼女を彼女たらしめた社会通念があっさり手の平を返したことに、少し背筋が寒くなった。


小学生の頃から見てきたが、そもそも同世代の男性は殆どが彼女の前で萎縮していた。
突出した美人な上に肝も座っており、それを隠すような打算をできなかったので、仕方ない。

昔から彼女と対等に付き合えたのはどこか過剰に自信のある男で、彼女はそういう男性から熱心にアプローチされるにも関わらず、暴力などを振るわれていた。
若くして自信過剰に見える男性は、その実自分を大きく見せる事が最優先で、他人を尊重する能力が欠如するようだった。

また、同世代の女性においても、彼女の個性は平凡な友人関係を築くのが難しそうに見えた。

彼女が同じ学校の女子グループと一緒にいる写真を見ると、いつも合成写真のように1人だけ足が長く、顔が小さく、目鼻立ちがはっきりし過ぎていた。

ただでさえ脅威と思われそうな上、謙遜もせず世辞も言わず、容姿コンプレックスや異性からの拒絶に無縁だった彼女は、思春期女子にとって羨ましく恨めしい存在だったと想像する。

そういう経験を重ねた彼女が、懐に余裕のある人生経験を積んだ男性といるのが心地良いと感じたのは自然な事のように感じる。
しかし、やはり、そういった男性は大抵が妻帯者であった。

整った横顔の造形を見ながら、美人が自分の帰る場所を見つけるのは大変なのかな、とぼんやり思った。

5.それから

余計な心配をする私を尻目に、自分の状況を見直した彼女はあっという間に結婚した。
これまで彼女が一緒にいたような類の男性でフリーの人が現れたらしく、目を見張るスピード婚であったが、幸せそうだった。

私は自分でも意外な程ほっとしていた。

20年彼女の無双ぶりを横目で見ていた私は、彼女がその力でどこまで行けるんだろうと思いながらも、終わりがある事を予想していた。

けれどいざその時が訪れそうになると、絶対的だと信じていたものに綻びができるような焦りを感じた。

これまで彼女がどんな局面に陥っても、その外見の鮮烈さを強い自信に変えて乗り切っていたので、そんな彼女が着飾れなくなり自信を失う姿はどうしても見たくなかったのだ。


そんな私の気持ちなど露も知らず、今日も彼女から連絡が来る。きっと20年後も40年後も来るだろう。

次に焼き鳥屋に行った時は、結婚祝いの言葉に添えて、彼女をマリリンモンローに例えていたことを打ち明けてみようかなと思う。



end.




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