砂時計
昔書いていた短編小説もどきを発掘。
陽の目を見ることがないのもかわいそうなので、恥ずかしげもなく投稿。
やぁやぁ、こんにちは小野先生。
ようこそいらっしゃいました。せっかく先生を迎えるというのに、作業着姿で申し訳ない。
でも、この真っ白な作業着は汚れがすぐわかるから、僕や先生みたいな物書きには重宝しますよ。
おや、そちらの方は……
あぁ、新人の編集さん。はじめまして。
僕は幸田雄一。よろしくおねがいします。
初めてということだから、一応経歴を教えておこうかな。
編集者だから知っているとは思うけどね。
僕はオカルト関係の書籍を執筆している、いうなれば心霊研究家といったところかな。
これでも本も出したこともあるんだ。
とはいっても、もう何年も前の話で、今はアルバイトで食いつないでるけどね。
そんな僕だけど、小野先生は僕のことを買ってくれているんだ。
前にとても褒めていただいたことがあってね。
君が持っている怪奇話はとてもおぞましく素晴らしい、って。
何度も物書きをやめようと思ったけど、先生のその言葉があったから未だに書き続けられているよ。売れてはいないけどね。
先生は僕の恩人なんだ。本人を前にして言うのは恥ずかしいけどね。
もう、そんな謙遜しないでくださいよ先生。事実なんですから。
小野先生、たしかウィスキーお好きでしたよね。いいのが入ったんです。
一杯いかがです?
あぁ、たしかに。お仕事ですもんね。失礼しました。
それじゃあ、終わってから飲みましょう。
それで、今日は取材ということですけど、どういった話をしましょう。
なるほど、新人研修も兼ねて僕の話を聞きたいと。わかりました。
えっと、じゃあ、とりあえず新人君って呼ぶね。
新人君、僕はね、心霊研究家の割にはそういった類のものは、一切信じていないんだ。
というのも、僕自身体験したことがあるわけでもないし、色んな人から怖い話を聞くけども信憑性がない。
飯の種で書いているだけで、そういうものは全く興味がないんだ。
せっかく話を聞きに来てくれたのに、初っ端から失望したかな?
安心して。せっかく先生もいらっしゃるんだから、今日はとっておきの話をしようと思うんだ。
これから話すことは、僕の実体験だ。だからといって心霊が出てくるわけではない。
いわゆる「人間のほうが怖い」という話だね。
この話をするのは初めてなんだ。気に入ってもらえたら幸いだよ。
これは、僕の友人『佐嘉 恭也(さが きょうや)』に起きた話なんだ。いや、起きたというよりは、起こした、かな。
彼は僕と同じ物書きでね、小説家をやっているんだ。
小説家ってのは偏屈なのが多くてね。彼も例に漏れずなんだが、それ以上に奇妙なところがあった。
彼はね、砂時計が大好きなんだ。そう、砂時計。それも異常ってほどにね。
買い物に行って見かけたら必ず買うし、旅行先ではご当地の砂時計なんかを必ず買ってくる。
お金に余裕があれば買い占めるなんて事もあったぐらいだ。彼の奥さんもその趣味だけは理解できなかったようでね。
当然僕も理解できないから、聞いてみたことがあるんだ。
なぜそんなにも砂時計が好きなのか、とね。
そうしたら彼はこう言った。
「砂時計とは究極の時間のループだ。砂時計はどう頑張っても上から下にしかいかない。
それが3分なら3分、5分なら5分と。一寸の狂いもなく固定された時間のループの完成形。
僕はそれに凄まじい感動と興奮を得るんだ。」
何を言っているかわからないだろう?僕もわからないさ。
しかもそれは行動にも現れているんだ。
彼は仕事をするとき、いつも砂時計で時間をはかりながら、きっかり3分だったり5分だったり仕事をする。
休みの日なんか日がな一日砂時計をひっくり返しては落ちる様を見続けるってんだから。
僕もそうだけど、物書きというのは締切やらなにやらで時間に追われるものだからね。
彼は仕事のし過ぎで頭がおかしくなったのかと思ったよ。
気味が悪いというのもあるし、その頃は僕も本を出したりとかで忙しくなって少しばかり疎遠になっていたんだ。
それから2年くらいかな。久しぶりに彼から手紙が届いたんだ。
そこには「僕は砂時計の真価を見た。これこそまさにループの完成形だ。僕の作った砂時計をぜひとも君に見てほしい。」と書かれていた。
変わってないなと思いつつ、顔を見るのもいいかと思い立って、彼の家に行ったんだ。
彼の家も変わらず、いや、一つだけ違っていた。
大きなガレージができていたんだ。
立派なものを作ったなと思いつつ、作れるだけの稼ぎがあるのが羨ましいと、ほんの少しの妬みを抱えながらインターホンを押した。
普段なら彼の奥さんが出迎えてくれるんだけど、その日はいくらインターホンを押しても出てこないんだ。
なんだかおかしいなと思ったら、ガレージの方から彼の声がする。
どうやら直接入ってこいと言っているみたいでね。家には入らずガレージに向かったんだ。
向かった先には彼と、とても大きな、1mくらいかな、それぐらいの大きな砂時計があった。
僕に気づいた彼は、とても興奮していて、まくしたてるようにこう言ったんだ。
「見てくれ!これこそが砂時計の究極!永遠の美だ!」と。
彼の言う通り、たしかに美しかった。
きれいなガラスの砂時計、中にはキラキラした赤色の粒が入っていてね。
それが下に落ちるのは、なんとも言えないけれども、純粋にきれいだなと思ったよ。それは覚えてる。
だが同時に、なにか嫌なものを感じたんだよね。
その嫌なものの答えが出る前に、彼は言ったんだ。
「この砂時計は10分を計ることができる。そしてこの中には、妻の生きた43年という時間が固定されている。
それが10分という短い繰り返しの中に入っているんだ。人間を固定し、ループし永遠を生み出した。
僕の妻はこの中で43年を10分間、永遠に繰り返し続けるんだ!」
何を言っているのかわからなかったよ。
呆然とするって表現はよく使うけど、まさにあれこそが「呆然とする」ってことなんだね。
その僕の様子がおかしかったんだろうね。彼は説明してくれたんだ。
「この中に入っている砂は僕の妻の血だ。
彼女は常日頃から『なんでこんなに砂時計にハマるのか理解できない』といっていた。
だから僕は、妻を砂時計にしたんだ。
そうすれば彼女も繰り返しの美を理解してくれると思ってね。そして彼女はループに至ったんだ!」
耳を疑ったよ。
要は彼は奥さんを殺したと言ったんだ。
僕はすぐさま彼の家に向かった。そして彼の仕事部屋で裸で死んでいる彼女を見つけた。
その後はもちろん警察に電話したさ。
なにせ人殺しだからね。警察もすぐ来てくれた。
僕と一緒にガレージに向かうと、彼は砂時計を眺めながら狂ったように笑っていたよ。
彼はその場で取り押さえられ逮捕されたが、精神に異常をきたしているとのことでね。
精神病院に入院した。後から聞いた話だが、もう表に出ることは無理だろうってさ。
どうだい、この話は。
こういうのを聞くと、心霊より人間のほうが怖いって思うよね。
さて、これでこの話は終わりだけど、こんなものを聞かされて気分も落ち込んだよね。
少し楽しい話をしようか。
これは僕と小野先生が出会うきっかけになった話なんだけど…………
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2人の男性が、部屋から出てくる。
1人は50代ほどの、もう1人は20代ほどの若い男だ。
2人は部屋を出ると、真っ白な廊下をしばらく無言で歩き続けた。
5分程歩いただろうか、思いつめたように若い男が話し始めた。
「院長、先程の202号室の患者ですけど。」
院長と呼ぼれた男は、若い男に顔を向け目線で続きを促す。
「その、さっきの患者さんが『佐嘉 恭也』さん本人なんですよね?」
「そうだ。彼は『佐嘉 恭也』本人に間違いない。さきほど彼が話したことは自身が起こした事件に過ぎない。」
「ではなぜ、彼は、自分ではなく友人だと思っているのでしょうか。」
院長は足を止め、目を閉じ黙ってしまう。
慌てて若い男も足を止め、院長の様子をうかがいながらも、その口が開くのを待っていた。
どれくらい経っただろうか。
あまりにも長く感じた沈黙に焦れた若い男が口を開いた瞬間、院長は語りだす。その顔に悲痛さをたたえながら。
「わからない。『彼』は3年ほど前にこの精神病棟に来たが、その時からもう『佐嘉 恭也』の友人だと名乗っている。
担当医である私のことは『小野先生』だと思い込み、『彼』の世話をする女性看護師を『妻』だと思いこんでいる。
そして今日、君は『彼』の中で『新人編集者』になった。」
院長は一瞬言葉に詰まるも、こう続ける。
「『彼』の部屋に行くと決まって必ず先程の話をする。一字一句変わりなく、初めての話として語りだすのだ。
この3年間、1日も途切れることもなく一切変わらない。こちらのほうが、頭がおかしくなりそうだ。
この時代においても精神というのは未解明のことが多い。一種の防衛機構だとは思うが ……。
『彼』は砂時計に異常な執着を持っていた。おそらく『彼』は自己を守るために『砂時計』になる、ループすることを選択したのだろう。」
院長がそこまで言い、2人の間に気まずい沈黙が訪れる。
「ともあれ、君も今日から『彼』の担当になる。『新人編集者』として話を聞いてほしい。
どんなに長くとも『彼』の話は1時間で終わる。1日1時間の辛抱だ。」
「はい……。」
そして2人は再び歩き出す。
2人の間には、なんとも言い難い沈黙が続き、病院の静謐さも相まって恐ろしい空気が醸し出される。
そんな中院長は独りごちる。院長に付き従っていた『新人編集者』は不幸にも、その言葉を聞き逃さなかった。
「『彼』が死に灰になったら、その灰を使って砂時計を作ってもいいかもしれんな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕が『新人編集者』になってから1年。『彼』は亡くなった。衰弱死だった。
202号室も空き、少しばかりの平穏が訪れると思ったがそれは間違いだった。
『彼』が亡くなり間もなく、新たな患者が202号室に入った。
それは院長先生だった。
思えばあの頃からおかしくなっていたのだろう。
医者の不養生と聞こえは悪いが、そうなるのも仕方がない。
あれは誰だっておかしくなるだろう。
そして院長は『彼』になった。
『彼』として『佐嘉 恭也』の話を毎日しているのだ。
僕は『新人編集者』から『小野先生』になり、毎日彼の話を聞いている。
そして今日、僕が『小野先生』になって5年が経つ。
そろそろ『新人編集者』を連れて行ってもいい頃だろうか。
そうしたら、僕は、『彼』に、なるのだろうか。
僕はそれも悪くないと思っている。
なぜならばそれは『彼』が望んだ究極のループ、固定された時間の美だ。
院長もそれに気づいたに違いない。
僕は『彼』になろう。次の『彼』を見つけよう。
この永遠を途切れさせないようにしよう。
上から下に、必ずそうなるように。
この病院を、砂時計として。
読了ありがとうございました。