2 Aクラスのニット帽男 遊戯王ジェネレーションズ
この世には「妙に自信満々な男」というのが一定数存在する。彼らは得てして、その自信の根拠が不明瞭であるにもかかわらず、あたかも自分が世界の中心であるかのように振る舞うのだ。そして今、私の目の前には、その典型のような男がいた。
竜崎天保――。
ニット帽を深々とかぶり、肩を揺らして歩くその姿は、どこか緩慢で堂々としている。Aクラスの教室に入ってくるや否や、彼はまるで「俺を待ってただろ?」と言わんばかりの態度で鈴の机に向かってきた。
「やあやあ、永野鈴さんじゃないか。」
その軽妙な声に、私の昼休みの平穏が唐突に終わりを告げた。
竜崎天保が鈴の前に立った瞬間、私はその光景に軽い動揺を覚えた。いや、正確には「動揺という名の小さな憤り」だ。
「俺、竜崎天保って言うんだ。Aクラスだけど、OCG推薦で入ったんだぜ。」
竜崎はそう言うと、ニット帽の下から自信満々の笑みを浮かべた。その態度はあまりにも堂々としており、私のような平凡な高校生が放つべきオーラを完全に逸脱していた。
「へぇ……で、それが何か?」
鈴が素っ気なく返すと、竜崎は気にする様子もなく続けた。
「いやいや、さすが地方大会優勝者の永野さんだな!見た目も話題通りの美人だし、実力も申し分ないなんてさ。いやぁ、俺も全国大会目指してる身としては、是非一度手合わせしたいって思ってたんだよね!」
(……おい。)
私は思わず心の中でツッコミを入れた。
彼のセリフが、いかにも慣れているようでいて、どこか場違いな浮つきを感じさせるのはなぜだろうか。それに、何なんだそのニット帽は。この気候において、その装備を選ぶ合理性はどこにあるのか。
だが、彼はそんな私の冷たい視線など一切気にせず、さらに言葉を続けた。
「ちなみに、俺のじいちゃん、〇〇〇~竜崎って言うんだよ。知らないか?」
「〇〇〇~竜崎?」
鈴が怪訝そうに首をかしげる。すると竜崎は、待ってましたと言わんばかりに得意げな笑みを浮かべた。
「そうさ!50年前の伝説のデュエリスト、〇〇〇~竜崎!俺のじいちゃんは、ドラゴンデッキで全国大会を賑わせた偉大な男なんだぜ。」
「へぇ……。」
鈴は心底どうでもよさそうに返事をしたが、竜崎は全く気にする様子もなく話し続ける。
「まぁ、じいちゃんほどじゃないけど、俺も地方大会でベスト8に入った実力者だからな。今度全国目指してんだよ!」
その調子の良い口ぶりに、私は軽い苛立ちを覚えた。
(……Cクラスならともかく、こいつがAクラスなのかよ。)
たしかに〇〇〇~竜崎という名前には聞き覚えがある。小学校の頃、何かの本で読んだことがあったはずだ。たしかに50年前には名の知れたデュエリストだったが、現在の遊戯王界でその名前を挙げる人間はほとんどいない。
そんな「伝説のじいちゃん」の名を持ち出して自慢する孫という構図が、どうにも滑稽でならなかった。
「でさ、どうだい永野さん。俺とデュエルでもしない?」
竜崎の言葉に、鈴はあっさりと答えた。
「いいよ。」
その即答に、私は驚きとともに軽い動揺を覚えた。
「ちょっと待てよ。」
気づけば口を開いていた。竜崎が振り返り、目を細めてこちらを見る。
「なんだよ、お前には関係ないだろ?」
「別に……鈴は最近忙しいんだよ。授業とか、いろいろあるんだから。」
私がそう言うと、鈴は一瞬きょとんとした顔をして――。
「全然暇だけど?」
即答した。その言葉に、私は頭を抱えたくなった。
「ほら見ろ。じゃあ金曜の放課後、体育館のOCGルームで勝負だ!」
竜崎は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、颯爽と教室を出て行った。その背中を見送る鈴はどこか楽しそうで、私はそれにまた微妙な気持ちを抱かずにはいられなかった。
その日の放課後、竜崎と鈴がデュエルをするのは確実だ。だが、それを見に行くべきかどうか、私は迷っていた。
「……何で俺がこんなにざわついてるんだ?」
押し入れの奥深くに眠る「緑血族・マジシャン」のカードが、どこかで静かに笑っているような気がした。
その日は、補修が長引いてしまった。苦手な外国語のせいだ...
杯派怒見廼高校で夜の校舎を出るとき、ふとした緊張感が漂うのは、ただの気のせいだろうか。時計が9時を指し、辺りには静けさが広がっている。その中に微かに響く蛙の声や、夜風が通り抜ける音が、耳にしみるような寂しさを運んでくるのだ。
そんな時間、補習を終えた私――武東勇希は、重い足取りで学校の玄関を出た。疲れきった身体を引きずり、駅までの道をひたすら歩くつもりだったが、そこで予想外の存在に出くわした。
「勇希!」
学校の玄関近くにある売店兼カフェ。その小さな灯りの下に、永野鈴が立っていたのだ。
「……なんでこんなところに?」
私は驚き、自然と声が出た。
「OCG部の練習があったんだよ。でも、勇希がまだ補習やってるかなーって思って、ちょっと待ってた。」
鈴はそう言うと、どこか恥ずかしそうに笑った。彼女が待っていた――その事実に、胸の奥がほんの少し温かくなるのを感じた。
「補習なんかで待たなくてもいいだろ。」
「いいの。なんか、一緒に帰りたかっただけ。」
その一言が不意に私の心を揺さぶった。いや、冷静になれ。これはただの幼馴染としての気軽な行動に過ぎない――そう自分に言い聞かせながら、私たちは並んで歩き出した。
夜道にて、二人の会話
「OCG部って、どんな感じなんだ?」
私は会話の糸口を探しつつ、何気なく尋ねた。鈴は腕を組み、少し考える素振りをしてから答えた。
「うーん、やっぱり大変だよ。でも、楽しい!みんなめっちゃ強いし、勉強するより全然いい。」
「お前らしいな。」
鈴の言葉に、私は苦笑した。彼女がそう言い切る姿は、まさに鈴そのものであり、私には到底真似できない潔さを感じた。
「でもさ、あの男もいるんだよね。」
「……あの男?」
鈴が少し苦々しげな顔をした瞬間、私の頭の中に、あるニット帽を被った姿が浮かんだ。
「竜崎天保だよ。」
やっぱり――と思った。
「あいつ、OCG部なんだ。」
「そう。しかも、やたら自慢ばっかりしてくるの。『俺のじいちゃんは伝説のデュエリストだ』とか、『俺のドラゴンデッキは最強だ』とかね。」
「まあ、言いそうだな。」
私は呆れたように答えた。あの竜崎天保がOCG部にいる――その情報を聞いただけで、何とも言えない不快感が湧き上がるのを感じる。
そこに現れるニット帽男
ちょうどそのとき、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「よぉ、鈴ちゃん!」
振り向くと、案の定、ニット帽を深々とかぶった竜崎天保が立っていた。いつもの浮ついた笑みを浮かべながら、私たちに近づいてくる。
「おいおい、こんな夜道で男女が密会とは、ロマンチックじゃないか。」
「……別に密会じゃないけど。」
鈴が冷たく答えると、竜崎は気にする様子もなく言葉を続けた。
「まあまあ、そう怒るなよ。俺もたOCG部の練習帰りでさ、駅まで一緒に歩こうと思ってな。」
(たまたま、ね……。)
私は心の中で呟いた。どう考えても、これは「たまたま」ではない。竜崎は鈴を狙っている――その事実を私は十分に理解していた。
「お前さ、OCG部でどんだけ自慢してんだよ?」
私は半ば呆れながら口を挟んだ。竜崎はにやりと笑い、得意げに言った。
「おいおい、自慢じゃないぜ。俺のじいちゃんが伝説のデュエリストだったって話は、事実だろ?」
「伝説のデュエリストって……誰だよ。」
「〇〇〇~竜崎」
竜崎は声高らかに名前を叫んだ。
「知らないのか?俺のじいちゃん、ドラゴンデッキの神様って言われてたんだぜ!」
その言葉に、鈴は興味なさそうに「へぇ」と答えたが、私は胸の奥に苛立ちを感じていた。
(伝説だろうがなんだろうが、今のお前がそれを使ってどうするんだよ……。)
だが、竜崎はそんな私の気持ちなどお構いなしに、鈴に向かってさらに言葉を続けた。
「なぁ鈴ちゃん、次の部内ランキング戦、俺とやろうぜ。絶対に負けないからさ!」
「……考えとく。」
鈴が適当に返事をすると、竜崎は満足げに笑い、その場を後にした。
二人だけの夜道
竜崎が去り、再び二人きりになった夜道。私は静かに歩きながら、鈴の横顔をちらりと見た。
「……なんか、大変そうだな。」
「そうだね。でも、別に嫌じゃないよ。」
鈴はそう言って笑った。その笑顔を見たとき、私は胸の奥に小さな痛みを感じた。
(俺も……あいつらと戦えるのか?)
押し入れの奥に眠る「緑血族・マジシャン」が、再び心の中で問いかけてくる。
だが、私はその問いに答えることができないまま、鈴と並んで夜道を歩き続けた。
金曜の放課後、デュエルの幕が上がる
金曜の放課後、杯派怒見廼高校の体育館横にあるOCGルームは異様な熱気に包まれていた。
OCG部に所属する者たちが一堂に会し、緊張感のあるざわめきが漂う中、今日は特別な一戦が注目されていた。それは、永野鈴対竜崎天保――地区大会優勝者の実力と、伝説のデュエリストの孫という肩書きを持つ二人がぶつかる試合である。
「さぁ、やろうぜ、鈴ちゃん!」
ニット帽を被った竜崎天保がホログラム対応デュエルディスクを腕に装着し、満面の笑みを浮かべた。彼の目は完全に浮かれており、傍目から見ると試合の緊張感を欠いているように思える。しかし、OCG部の中で一定の実力を持つことは周知の事実であり、油断すれば喰われる危険性があるのだ。
一方、鈴は静かに自分のデュエルディスクをセットし、カードケースからデッキを取り出した。その顔には特有の落ち着きと自信が漂っている。
「勝つのは私だからね。」
鈴がそう言い切ると、天保は大げさに肩をすくめた。
「そりゃ楽しみだな。けど、俺の恐竜デッキは簡単にやられねぇぜ。さぁ、行くぞ!」
了解しました!金曜の放課後、鈴と天保のデュエルがついに始まるシーンを描きます。鈴の「グリーンザスピアンデッキ」と天保の「恐竜デッキ」がぶつかり合う緊張感を、森見登美彦さん風の軽妙で文学的なタッチでお届けしますね。少し奇妙で生々しいカードゲームの迫力も取り入れつつ、観戦する勇希の視点から物語を進めていきます。
第八章:金曜の放課後、デュエルの幕が上がる
金曜の放課後、杯派怒見廼高校の体育館横にあるOCGルームは異様な熱気に包まれていた。
OCG部に所属する者たちが一堂に会し、緊張感のあるざわめきが漂う中、今日は特別な一戦が注目されていた。それは、永野鈴対竜崎天保――地区大会優勝者の実力と、伝説のデュエリストの孫という肩書きを持つ二人がぶつかる試合である。
「さぁ、やろうぜ、鈴ちゃん!」
ニット帽を被った竜崎天保がホログラム対応デュエルディスクを腕に装着し、満面の笑みを浮かべた。彼の目は完全に浮かれており、傍目から見ると試合の緊張感を欠いているように思える。しかし、OCG部の中で一定の実力を持つことは周知の事実であり、油断すれば喰われる危険性があるのだ。
一方、鈴は静かに自分のデュエルディスクをセットし、カードケースからデッキを取り出した。その顔には特有の落ち着きと自信が漂っている。
「勝つのは私だからね。」
鈴がそう言い切ると、天保は大げさに肩をすくめた。
「そりゃ楽しみだな。けど、俺の恐竜デッキは簡単にやられねぇぜ。さぁ、行くぞ!」
デュエルの幕が上がる
「デュエル!」
二人が声を合わせ、対戦が始まった瞬間、ホログラムシステムが起動し、デュエルフィールドが立体的に浮かび上がった。観戦していた私――勇希は、その光景に思わず息を呑んだ。
(……やっぱりすげぇ。)
デュエルのために用意された最新鋭のホログラム装置は、カードの効果を完全に視覚化するだけでなく、モンスターをまるで実体のように具現化する。この技術によって、遊戯王はもはや単なるカードゲームの域を超え、観戦スポーツとして進化していた。
天保の恐竜デッキ、鈴のグリーンザスピアンデッキ
天保がまず初手を取る。
「俺のターン!フィールド魔法『失われた世界』を発動!」
その瞬間、ホログラムの空間が荒涼とした恐竜時代の大地へと変貌した。空には暗雲が垂れ込め、砂嵐が巻き上がる中、鈴の立つ場所にも薄い霧が漂い始める。
「さらに『ベビケラサウルス』を召喚!そして『進化薬』を発動してデッキから『究極伝導恐獣』を特殊召喚だ!」
一手目から、天保は攻撃力3500を誇る巨大モンスターを場に出してきた。その威圧感たるや、観戦しているこちらまで背筋が震えるほどだ。
「どうだい、この迫力!じいちゃん譲りの恐竜デッキ、さっそくお披露目ってわけさ!」
天保は得意げに笑った。その姿は滑稽でさえあるが、モンスターの威圧感は本物だ。
一方、鈴は冷静にカードを引いた。
「私のターン。」
彼女の手札から、緑色の光を放つカードが場にセットされた。
鈴の場に現れたのは、緑色のローブをまとった人型の幼女――「見習い」。彼女の無垢な表情と小さな体つきが、フィールドの恐竜たちと対照的な雰囲気を漂わせる。
「このカードがいる限り、私のモンスターは戦闘で破壊されない。さぁ、どうする?」
鈴の言葉に、天保は一瞬だけ口を引き結んだ。
「へぇ……けど、俺は諦めないぜ!」
天保の場は圧倒的な攻撃力で埋め尽くされ、鈴のモンスターたちは次々と守備に回される。それでも鈴は地道にカードを引き、反撃の準備を進めていく。
「ターンエンド。」
長期戦の様相を呈した1戦目は、やがてフィールド全体を覆う緊張感へと変わっていった。
「この子が攻撃を受けるたびに、力を蓄えていくの。」
「だからどうしたってんだ?耐えるだけじゃ意味ねぇだろ!」
天保はさらなる攻撃を繰り返し、見習いは次々とそれを受けて立つ。攻撃が1回、2回、3回と続き――ついに5回目の攻撃が終わったそのとき。
「これで、進化の準備が整った。」
鈴が手札のカードを掲げ、静かに呟いた。
「おいで、エクシーズ召喚――!グリーンザスピアン金管の覇者!」
金管の覇者、降臨
緑色の光がフィールド全体を包み込み、その中心から威厳に満ちた金管楽器をもったモンスターが現れた。「グリーンザスピアン金管の覇者」。その攻撃力は3850――天保の「究極伝導恐獣」を上回る圧倒的な力を備えていた。
「こいつが……!」
天保の表情が初めて硬直する。その様子を見て、鈴は少しだけ微笑んだ。
「このカードの効果を教えてあげるね。フリーチェーンでフィールドのカードを1枚リリースできるの。」
「なっ……!」
鈴がカードを指差すと、「金管の覇者」がその威風堂々とした姿で天保の「究極伝導恐獣」をつまみ上げ、緑色の光の中に吸い込んでいった。
「モンスターがいなくなったね。これでとどめを刺す!」
「金管の覇者」の一撃がフィールドを突き抜け、天保のライフポイントがゼロになった。その瞬間、デュエルディスクのシステムが停止し、観客席から大きな歓声が上がる。
世の中には「華麗なる逆転劇」というものが存在する。これが現実であれば、追い詰められた主人公が最後の一撃で大逆転――そんな場面は滅多にお目にかかれない。だが、遊戯王の世界においては話が違う。そこでは「逆転の一撃」という概念が、ほぼ義務として存在しているのだ。
その金曜の放課後、私は杯派怒見廼高校のOCGルームで、そんな劇的な場面を目撃することになった。
「金管の覇者」の一撃が、天保のライフポイントを一気に削り切った。観客席から歓声が上がる。だが、その瞬間、私は鈴の異変に気づいた。
勝利の代償
鈴はホログラムが消えると同時に、その場に座り込んでしまった。額には汗がにじみ、呼吸が少し荒い。
「鈴!」
私は慌てて彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫か?」
「うん……大丈夫。ちょっと疲れただけ……。」
そう言って鈴は笑ってみせたが、その顔は明らかに疲労の色が濃い。私は思わず飲み物をリュックから取り出した。
「ほら、これ飲め。」
「……イチゴオレ?」
鈴は不思議そうに私を見上げた。
「なんとなく……疲れたときは甘いのがいいって、昔どこかで聞いた。」
「……ありがとう。」
鈴は素直にイチゴオレのキャップを回し、一口飲む。そして、少しだけ目を細め、穏やかな笑顔を浮かべた。
「やっぱり勇希、優しいね。」
その言葉に私は思わず目をそらし、口をもごもごと動かした。
「……べつに。」
観戦席に隠されたデッキケース
そのとき、私のポケットの中で、固い感触が指先に触れた。それは――押し入れに封印したはずのデッキケースだった。
「……なんで持ってきちまったんだ。」
自分でも理由はわからない。ただ、鈴が戦う姿を見ているうちに、なぜかポケットに入れてしまったのだ。
胸の奥で、小さな声が囁く。「お前も戦うべきだ」と。
私はデッキケースをぎゅっと握りしめながら、心の中でそっと呟いた。
(いつか……俺も。)
「まぁまぁ、1戦目は様子見さ。」
竜崎天保が肩をすくめながら、ニット帽を軽く押し上げた。その表情には、悔しさを押し殺したような強張ったものだった。
「鈴ちゃん、次が本番だぜ。でも、その体力でいけるのかよ?」
挑発めいた言葉を投げかけながら、天保は自分のデッキをシャッフルしていた。その軽薄な態度が、私――武東勇希の胸の奥を妙にざわつかせる。
鈴は天保の言葉に一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げ、まっすぐに彼を見据えた。
「……いけるわ。」
その言葉には、彼女なりの決意が込められているのが分かった。だが、私にはどうしても納得がいかない。
「待てよ!」
思わず声を上げると、鈴も天保も私を見た。
「鈴、もう十分だろ。これ以上やる必要なんて――」
「いいから黙ってて。」
鈴が冷たく言い放った。その言葉に、一瞬だけ心が揺れる。それでも私は、踏み出した一歩を止めるわけにはいかなかった。
「鈴、お前がいけるって言っても、さっきのデュエルで限界近いだろ!見てたら分かるよ。無理するな!」
「……勇希。」
鈴が私を見つめる。その目には、ほんの少しだけ迷いの色が浮かんでいた。
天保の挑発
そのとき、天保が「やれやれ」といった風にため息をつき、ニット帽を後ろに押し上げながら口を開いた。
「おいおい、なんだよ勇希。止めるぐらいなら、お前が来ればいいだろ?」
その一言に、私は硬直した。
「は……?」
「そうだよ。お前が代わりに来いよ。鈴ちゃんを心配するぐらいなら、自分で俺と戦えばいいじゃないか。」
天保の口元には、あからさまな挑発的な笑みが浮かんでいる。
「なぁ、どうなんだよ?お前もデッキ持ってるんだろ?観戦してるだけじゃつまらないだろうに。」
「……なんで俺が……。」
言葉を詰まらせた瞬間、ポケットの中にあるデッキケースの存在が、重い錘のように感じられた。それは、押し入れに封印したはずのデッキ――私の過去そのものだった。
「勇希、いいからやめて。」
鈴が小さな声でそう言った。その言葉には、私への優しさなのか、それとも自分の戦いを邪魔されたくないという苛立ちなのか、微妙なニュアンスが含まれていた。
だが、私は天保の挑発を完全に無視することができなかった。
葛藤と決断
「どうするんだよ、勇希くん?」
天保が、わざとらしい口調で私を見やる。その視線がやけに鼻につく。
(……俺が、戦う?)
押し入れに封印した「緑血族・マジシャン」の姿が脳裏に浮かぶ。それは、かつての私のすべてであり、今では封じ込めたはずの夢だった。
「やめとけよ。」
胸の奥から、もう一人の自分が静かに囁く。だが、目の前で疲労しながらも戦おうとする鈴、そしてそれを挑発する天保を見ていると、足が自然と前に進みそうになる。
静かな決意
「勇希……。」
鈴の声が私を引き止める。だが、彼女の目にはほんの少しだけ不安の色が混じっていた。
「……俺は。」
言葉を飲み込みながら、私はポケットに手を突っ込んだ。その中で、デッキケースの冷たい感触が、どこか暖かく感じられた。
「鈴の代わりに戦うよ」
その一言を口にした瞬間、心の中で何かが弾ける音がした。