令和6年予備試験論文式試験 再現答案【刑法】

作成日:9/9
回答ページ数:4ページ

第1 甲が本件ケースを自己のズボンのポケットに入れた行為(行為①)
 1 行為①に窃盗罪(刑法(以下、法令名省略)235条)が成立するか。
 ⑴ 行為①は「窃取」にあたるか。
 ア 「窃取」とは、他人の財物を占有者の意思に反して自己又は第三者の占有下に移すことを言うところ、本件ケースにAの占有が認められるか。占有の有無は、占有の事実および占有の意思によって判断する。
 イ 本件ケースは縦横の長さが10センチメートルと小さく、占有が失われやすい性質を有する。また、Aが本件ケースを落としたことに気づき、引き返したのは、第1現場から700mも離れたX駅に到着してからであり、時間的にも6時55分で、本件ケースを落とした6時45分から10分も経過していた。さらに、Aが本件ケースを拾い上げたタイミングでは、Xは相互に見渡すことができない場所に至っていた。
   しかしながら、甲が本件ケースを拾い上げたのは、Aが本件ケースを落としてから1分しか経っていない段階であり、Xはそのとき100mしか離れていなかったうえ、相互に見渡すことはできなかったものの、交差点方向に20m戻れば見通すことができる場所にいた。また、第1現場の人通りが少ないことは、占有の離脱が認められない方向の事情である。さらに、Aは急いで駅に向かっていたため本件ケースを落とした事実を認識しておらず、主観的にも占有を離脱させる認識はない。
 ウ よって、Aによる本件ケースの占有は失われておらず、行為①は「窃取」にあたる。
 ⑵ そして、甲は第1現場にとどまってAの様子を注視し、見えなくなったことを確認して拾い上げているから窃盗罪の故意がある。
 2 よって、行為①には窃盗罪が成立する。

第2 甲が本件自転車を持ち去った行為(行為②)
 1 行為②に窃盗罪が成立するか。
 ⑴ Bは本件自転車を本件店舗の専用駐車場ではないところに無施錠で駐輪していたが、そこは事実上利用客の自転車置き場として使用されていて、そのことは客観的に見て認識できるから、Bの占有は失われておらず、本件自転車は「他人」であるBの「財物」にあたる。
 ⑵ 甲は、占有者Bの意思に反して持ち去っているから「窃取」している。また、その故意もある。
 ⑶ もっとも、甲は本件自転車を一時的に利用したうえで乗り捨てようと考えていたところ、不法領得の意思が認められるか。
 ア 不可罰的な利益窃盗や毀棄罪との区別から、窃盗罪には不法領得の意思が必要と解する。そして、不法領得の意思とは、①権利者排除意思②利用・処分意思を言う。
 イ 本件では、自転車を移動手段として利用しているため、利用・処分意思が認められる(②)。また、自転車の利用は一時的なものであるが、それを返却せず乗り捨てようと考えていることから、所有者でなければなしえないような処分であり、権利者排除意思が認められる(①)。
 ウ よって、甲には不法領得の意思が認められる。
 ⑷ よって、行為②に窃盗罪が成立する。

第3 甲がCの顔面を拳で数回殴った行為(行為③)
 1 行為③に傷害罪が成立するか。
 ⑴ 甲は、行為③により、Cに全治1週間の顔面打撲を負わせ、生理的機能に障害を与えているから「傷害」にあたる。
 ⑵ よって、甲の行為③に傷害罪が成立する。
 2 その後、甲は乙に対し、Cに暴行を加えることを依頼し、乙はそれを承諾しているところ、行為③に共同正犯が成立するか。承継的共同正犯の成否が問題となる。
 ⑴ 承継的共同正犯は、共謀前の先行者の行為が、後行者関与後も効果を持ち続けている場合に成立すると解する。
 ⑵ 本件で、共謀の成立後、乙は、Cが逃げたり抵抗したりする様子がない状態を利用はしているが、自ら暴行行為に及んでおり、共謀前の甲の暴行行為が効果を持ち続けているとは言えない。
 ⑶ よって、行為③に乙の傷害罪の共同正犯は成立しない。

第4 乙がCの頭部を拳で数回殴った行為(行為④)
 1 行為④に、甲と乙の傷害罪の共同正犯が成立するか。
 ⑴ 60条が「すべて共犯とする」としたのは、共犯が正犯を介して結果に対する因果性を有するからである。そこで、①正犯意思に基づく共謀、②共謀に基づく実行行為がある場合に、共同正犯が成立すると解する。
 ⑵ 本件で、甲は「一緒に痛めつけてくれ」と傷害を乙に打診し、乙はそれに応じている。そして、乙はストレスを解消したいという利己的な動機でCに暴行を加えているから、正犯意思に基づく共謀があったと言える。また、乙がCの頭部を殴っており、共謀に基づく実行行為がある。
 ⑶ よって、甲は見ているだけで暴行を加えてはいないものの、甲と乙に共同正犯が成立する。
 ⑷ また、甲と乙に傷害罪の故意が認められる。
 2 以上から、行為④に甲と乙の傷害罪の共同正犯が成立する。

第5 甲と乙がCの腹部を足で数回蹴った行為(行為⑤)
 1 行為⑤に、甲と乙の傷害罪の共同正犯が成立するか。
 ⑴ 行為⑤のうち甲の行為は共謀前に行われており、前述の通り承継的共同正犯は成立しない。
 ⑵ もっとも、207条が適用され、共犯として扱われないか。
 ア 甲と乙という「二人以上で暴行を加えて」Cに全治1か月間の肋骨骨折という「傷害」を負わせている。
 イ 両者の暴行のいずれから上記傷害が発生したのか不明であるから、「傷害を生じさせた者を知ることができないとき」にあたる。そして、両者の暴行はいずれも上記傷害を発生させる危険性があった。
 ウ よって、要件を満たし、共犯として扱われる。
 ⑶ よって、行為⑤に、甲と乙の傷害罪の共同正犯が成立する。

第6 以上から、甲には行為①の窃盗罪、行為②の窃盗罪、行為③の傷害罪、行為④⑤の傷害罪の共同正犯、乙には行為④⑤の傷害罪の共同正犯が成立し、両者はその罪責を負う。                                                                                          

以上


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