地獄でなぜ悪い
ー 王子様のようにキラキラの彼に図らずも恋をしてしまったわたし。
でも王子様とはもうやっちゃってるし(しかも初回に…)関係性で言えばいわゆるセフレだが、ここからわたしはお姫様になりたいと思っていた ー
夏が始まる前の6月。
コロナ禍で相変わらず外出はあまりできないし、部屋にいても結局暑くて、わたしは裸でアイスを食べて、マッチングアプリで連絡をとっている人に返事をして、男が来ればやるようなどうしようもない毎日を送っていた。
マッチングアプリで他の人とも連絡をとってはいたが、大本命は王子だった。
しかし王子は忙しいからとなかなか会ってくれず、連絡はとり続けているものの内容は大抵エロじみたものだった。
「○○ちゃんさ、ひとりでもするの?」
「中も指入れる?」
王子が連絡してくるのはいつも夕方〜夜だったので、きっとおかずにでも使われているんだろうとは思っていたが、わたしは連絡が来るだけでも嬉しかったので健気に返答していた。
ある日、王子から「今日会える?」と連絡がきた。
とても嬉しくて飛び起きて(例のごとくベッドでだらだらアイスを食べていた)
はい!YES!今すぐ!の気持ちで答え、王子が家に来ることになった。
わたしは急いで部屋の掃除をして、シャワーを浴びた。身体を良い香りに洗い上げて、お気に入りの服を着た。
部屋も自分もピカピカに整えると
「ピンポーン」
気持ちよく出迎えると優しく微笑む王子がいた。
白いTシャツにデニムというシンプルな服装だったが、スタイルの良さ、ルックスの良さが輝いていた。
今日も変わらずかっこいい…
わたしは急に緊張して目も見れず
「ど、どうぞ〜粗末な家ですけれども」
とお婆さんのように王子を部屋に招き入れた。
静かな部屋でどもどもしていると
「はい、これ」と王子からビニール袋を差し出された。中にはアイスが2つ。食べたいけれど全然売っていないと以前わたしが何の気もなく話していた物だった。
「えっ!どこで買ったの?」
「コンビニとかスーパーまわって探したんだよ。前に食べたいって言ってたから」
ズキューン
と効果音が鳴ったように思う。
わたしは思わず抱き付いた。
「覚えててくれたの。嬉しい。ありがとう。」「○○ちゃんと次に会う時に絶対持って行きたいなと思ってたんだけど、本当になかなか売ってないね。」
王子は面白そうに笑いながらわたしの頭を優しく撫でた。そして茶色い瞳を優しく細めて、わたしのおでこに唇を付けた。目と目が合うと、今度は唇どうしを合わせた。柔らかく食むようなやり取りをして、口の中の温度を確かめるようにお互いの舌を行き交わした。
うっとりと柔らかい時間が過ぎた。
「ねえ、アイス溶けちゃう。」
わたしがハッと思い出して言うと、
王子はアイスは後で、と冷凍庫にアイスをビニール袋をごと入れて「先に○○ちゃんがいい。」とわたしを抱き寄せた。
駅前で離れ難しと甘い時間を過ごすカップルのやり取りのようでもあるが、現実は違う。
わたしは彼とまだ2回しか会ったことがないし、ろくな会話もしていない。
どんなことに笑ったり、怒ったり、泣いたりするのか分からなければ、そもそも名前すら本名なのか疑わしい。
わたしは本当に彼のことを何も知らないんだ…。
分かっているのは、
何をしたら彼が気持ち良いと言うか、それだけだった。
口でくわえて根本から先に向かう。その先の窪みや、うら道をとおったり、口の中で転がしたりしていたら彼の脚に力が入っていくのが分かった。
彼は顔を歪めながら
「なんで、そこが気持ち良いって知ってるの…?」と聞いた。
だって、この前もリクエストがあったから。
でもわたしはあなたのこと、それしか知らない。
どんなことが好き?趣味とかあるの?
あなたの本当の名前は?
もっと知りたいのに。
「ちょっと待って、もういっちゃうからだめ。」彼はわたしの肩を掴んで制すとわたしをベッドに寝かせた。それから、わたしの脚を広げて上に乗ると、ため息のような声を漏らした。
電気は点けていない。
薄暗い部屋で視界がはっきりしなくても彼の揺れる肌が白いことはよく分かった。
遠くで車がクラクションを鳴らし続けている。
この恋は実らないなと思った。
終わって、一緒にシャワーを浴びた。
「○○ちゃんって上手だよね。教えてくれた人が上手だったのかな。」
質問には答えなかった。
シャンプーの泡が彼の背中を流れていく。
手のひらを置くと指の間を泡が逃げていった。
「○○くん、今日もこの後予定あるの?」
「うん。今日は帰る。」
あぁ、いつもこれだ。彼の身体はこんなに近くにあって、いくらでも触れられて、舐めても、口に入れてもいいのに、それなのに彼のことは手に入れられない。
優しい言葉をかける人が優しい人とは限らないし、王子様は結局お姫様を選ぶし、彼は本当の王子様ではないし、わたしはずっと地獄から抜け出せない。
見送らなくていい、という彼に
じゃあ玄関まで、とついていった。
「また連絡するよ。コロナでお店やってるか分からないけど今度は行けたら飲みにでも行こう。
買い物でもいいよ。どこか一緒に行こう。」
彼は白い歯で笑った。
その日からまた連絡を取ってはたまに会うのを繰り返した。
相変わらず彼の連絡はわたしとの行為を想起させるものだったし、きっと行為を考えていたのだろうし、会えば行為に及ぶ、という繰り返しだった。
口約束のデートもしていないし、あの時のアイスは冷凍庫で凍ったままだ。
わたしは実らないと分かっていても栄養を与え続けたが、秋が終わる頃には恋は枯れていた。
わたしはある日の朝、
思い立って彼に電話をかけた。
「もう会いません。好きでした。でももう好きじゃないです。」
「なんで?」には答えなかった。
「わたしは結局あなたのこと何も分からなかった。たくさん会ってみたのにね。」
二度目の「なんで」にも答えなかった。
「何回も会ってくれてありがとう。でももう会いたくないからじゃあね。」
気持ちを断ち切りたくて強い言葉で言った。
本当はまだ好き。もっと会いたい。
彼の困惑するような苛立つような声を無視してわたしは電話を切った。それからすぐに連絡先を消した。存在さえも無かったことにした。
あぁ、痛いなぁ。なんでこんなに苦しいんだよ。
地獄だもん。
わたしは自分の愚かさを思った。
すぐに行為に及ぶ自分がいけない。大切にされたいのに、自分を大切にしない自分がいけない。
神様、反省してもだめですよね?
窓を開けるとやわらかな朝だった。
深呼吸をすると冬のはじまりの冷たい風が吹いた。
やっぱり最後に一回やっておけば良かったと思った。
書き連ねるほどに苦しみの淵から逃れられない、地獄のビッチ日記は今日はここまで。