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ビッチとカッパ

コロナ禍で人に会えない寂しさから
話し相手を探すためにマッチングアプリを始めて早くも1ヶ月。
話し相手を探していたはずなのに、
2人会って、2人やった。
付き合わずして関係を持つなんて、と今までは思っていたけれど、そのハードルも越えてしまえばなんて事ないと思えてしまった。
心の寂しさは埋められないけれど、知らない人と打ち解けてすぐに関係を持つのはそれも刺激があって楽しいと思うようにもなっていた頃。

マッチングアプリでは多くの人と同時に連絡を取り合っていて、その中である男は会う前に電話をしたいと言ってきた。
わたしは人と会うことにあまり慎重なタイプではなかったし、前述したとおり会ってさっさとやっちゃえばいいじゃん、と思っていたので「お互いを知るためにも会う前に電話をしよう」と言われた時には少しうざったく感じていた。
それでも日時を取り決めて約束をしたのは、自分でもこの人とすぐに会ってはいけないという予感があったのかもしれない。

そして当日男から電話がかかってきたが、電話を出ても何の音もしないので
「もしもし?聞こえますか?」と聞くと、
「………はい。」(モゴモゴ)
「もしかして電話しづらい場所にいる?」
「……えっ、、、いや。」(ゴポッ)
なに、この人!さっきからモゴモゴして、水の底から電話してるの!?と電話を切りたくなったが、言いたいことがあるのかもしれないと黙っていたら、男も黙ったままだったのでわたしは苛立ち電話を切った。

わたしが電話を切るとすぐに男からメッセージが来た。
「ごめんね。緊張して上手く話せなかったけど、今度は会って話したい。」
わたしは驚愕した。そして思い出されるのは「お互いを知るためにも会う前に電話をしよう」という言葉である。
水中モゴモゴ男は緊張して上手く話せなかったものの、あのわずかな時間でも「お互いを知るため」の電話が出来たのか。
天才的な洞察力である。わたしは奴が水中にいることしか分からなかったと言うのに。
それでも【第1ステージ 〜電話〜】はクリア出来たようなので好奇心で会ってみることにした。

待ち合わせは夜。
5月に入って、夜も少し蒸し暑く感じられるようになってきた。話しながら散歩をしよう、と言われたので歩きやすいようにスニーカーで向かった。
待ち合わせ場所はひとけのあまりない駅。
やってきたのは少し背が高く、少し細身で、長髪を後ろで一つにまとめて、トレンチコートの中にタートルネックのセーターを着た男だった。
一瞬、男か女か分からない見た目だったことと、この暑い日に冬の装いをしていることが不思議で出だしからこの人は無理そうだと思った。

じゃあ行こうか、とさっそく男はわたしの肩を抱き寄せようとしてきたがすでに興味より恐怖が勝っていたわたしは男をかわして歩いた。
話を聞くところ男は建築関係の仕事で中国にいたがコロナ禍で帰国させられたのだと言う。
「○○ちゃんは?なにしてるの?」話の流れでさり気なく腰に手をまわしてきたりするのもかわしながらわたしは話をした。

20分ほど歩いただろうか。わたしは汗をかいていたので服を手で摘んでパタパタとしていたら、男は少し覗くようにしてニヤリと笑った。
気色悪いと思った。
おしゃれでしているようには見えない長髪も季節感のない厚着も何もかもが生理的に無理でもう男への興味は一切なく、恐怖しかなかった。
早く帰りたい…

知らぬ夜道に逃げ出すことも出来ず、しばらく歩くと池に着いた。
夜の池は暗く静まり返っていた。すると男は
「ねえ、人も全然いないからさ。」と急に近づいてきた。
わたしは咄嗟に植え込みの葉っぱをちぎって男に投げた。
「ねぇ!知ってる?ツツジの葉っぱって、ふわふわの毛が生えてて服にくっ付くんだよ?」

男はびっくりした顔をしていたが、すぐに「へぇ〜そうなんだ!おもしろいね!」と楽しそうにツツジの葉っぱをセーターに付けて遊んでいた。
子供のように喜ぶ男の姿に安堵したが、わたしの危険信号は怒号のごとく鳴り続けていた。
早く帰らなきゃ…!

その後も男は何とかしてわたしを連れ込みたい様子だったが、その度にわたしは道端の葉っぱをちぎっては「これはくっ付くかな?」と無邪気を装い男を草まみれにした。
そして、ふいに手を掴まれて腕を組むような格好になってしまったが
「わたし汗かいてるから!」と振り解き、
「この後どうするの?夜だし一人で帰るの危ないよ?」との問いには
「走って帰るから大丈夫!今日"瞬足"履いてるから!」と無茶な理由をつけて断った。その後も「本当に帰るの?一緒に行こうよ」と何度も聞いてくるので、このままでは水中モゴモゴ男に力尽くで池の中に連れて行かれてしまう!(カッパかよ)と思い、わたしは葉っぱを投げて「じゃーね!」と走り去った。

困った時は、とにかく走って逃げるに限る。
ちらりと振り返り見た男の顔は無表情で、それもまた怖かった。
怖くて怖くて、追いかけてくるかも知れないと必死で走り続けた。知らない道だったがひたすらに走り続けた。
暗い知らない夜道は、気づけば街灯の明るい大通りになっていた。夜でも車通りがたくさんあって、振り返ったらもう男がいる気配はなくなっていて、やっとホッとして上がった息を整えながら歩いた。ここまで来たら道が分かる。
ようやく解放された気分でぼーっと考える。あの男は本当に水の中から電話をしていたのかもしれない。じゃあ本当にカッパだったかもしれない。性欲ではなくて尻子玉を取りたかったのかもしれない。
「尻子玉ってなんやねん!」自分の太ももを強く叩くとガサッと音がした。服のポケットにはカッパに投げつけるための葉っぱがたくさん入っていた。
ポケモンだったら水タイプには草タイプが強いよね、わたしのはっぱカッターは大正解だった。
こうかは ばつぐんだ!
つらつらと連想ゲームのようにいろんなことが頭に浮かんできて気付くと自宅に着いていた。
お疲れ様わたし。へとへとでその場に倒れるようにすぐに寝たいところだったが、絶対にこれだけは、とスマホを取り出して男をブロックした。
もう会いたくない。どうか会いませんように。

やれそうならやる、のスタンスでホイホイと会いに行ったらカッパに会うなんて地獄だな。
ああ、そうかこれも地獄のビッチ日記なんだな。
わたしの地獄は終わらない。

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