映画評|『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』 “次世代のタランティーノ”のポップな「地獄めぐり」を楽しむ
映画やドラマを見るとき、事前に情報を仕入れておかないのが、まっとうな映画の見方であるような気がする。映画はスクリーンに映し出されたものがすべて。それ以上でもそれ以下でもない。すくなくとも製作者や監督はそのつもりで作品をつくっている。なんの情報もなく、いきなり映画を見始めるのが正しい作法だと思う。
そんなわけで、この映画の公式サイトで“次世代のタランティーノ”というキャッチを見た瞬間、あわててほかの情報をシャットアウトした。いや、すでに手遅れだった。“次世代のタランティーノ”という強烈なバイアスを取り除くのはとても困難だ。
物語は精神病院の一室、拘束衣姿の少女がうずくまっているシーンから始まる。少女は人をあやつる不思議な能力を持っているらしい。赤い満月の夜、その能力を利用して少女は病院から脱走する。まるでオオカミに育てられた野生の少女のように、拘束衣を着たままニューオリンズの退廃的な夜の街をさまよう。街の人間たちは、決して文明化されているわけではない。少女に絡んでくるのは、本能だけで動き回っているような、ロクでもない人間たちだ。ジャングルから外に出たら、外もジャングルだったというわけだ。
ここで、物語の展開はどうなるのかと想像する。精神病院を脱走した少女のロードムービーだろうと予想するが、いったいこの物語がどこに向かうのか、まったくわからない。いちおう、無垢と邪悪の戦い、『キャリー』をパワーアップしたような、でもオフビートなテイストの、超能力少女の惨劇が始まるのだろうと考える。なにしろ“次世代のタランティーノ”なのだから。でも、やくざな踊り子と出会い、家に連れて行かれて、その女性の小さい息子と出会うあたりから、物語はなんだか予想していない方向へ進んでいく。
あわてて情報をシャットアウトしたことのメリットはあった。主演のモナ・リザを演じる女優、どこかで見た気がすると思っていたら、『バーニング 劇場版』に出ていたチョン・ジョンソだった。事前の情報がなかったため、神秘的な目をした女優だなと思っていて、「ああ、やっぱりそうなんだ!」と、後になって答え合わせができた。
ニューオーリンズの夜の街は怪しくエレクトリックで美しい。ロクでもない人間たちも魅力的に描かれる。音楽も素晴らしい(この映画のサントラだけは、以前からSpotifyで聴いていた。かなりオススメ)。物語自体は、それなりのいい感じの結末を迎える。だが正直に言うと、「そういう映画だったの?」という感想を抱いてしまった。“次世代のタランティーノ”という情報にとらわれすぎていたからだ。監督に失礼だろう。
ちなみに、監督のアナ・リリ・アミリプールのルーツはイランにあるという。その情報を得た上で映画を振り返ると、マイノリティである無垢な少女が、束縛をのがれて自由を勝ち取っていく物語にも見える。舞台は、異端者である少女の目を通した現代のアメリカで、そこにキッチュな味付けをした寓話なのだ、と言うこともできる。
でも、そんな解説は不要だろう。映画は映画で自立している。観客は少女とともにポップな「地獄めぐり」を楽しめばいい。そこは案外、地獄でなかったりするからだ。
(2022年 アメリカ映画 監督:アナ・リリ・アミリプール U-NEXTで視聴可能)