もし生まれ変わるなら①
第一章:愛の痕跡
01 記憶の底で
結婚して15年。山田美咲にとって、健太との関係は複雑な迷路のようだった。
最初の出会いは大学時代の合コン。彼は真面目そうな技術系のエンジニア。私は文学部で、将来は編集者になりたいと夢見ていた。彼の几帳面さと、私の自由な発想が見事にマッチすると、周りの友人たちは言った。
結婚式の日、祖母が私の耳元でこっそり囁いた言葉を、今でも忘れない。
「美咲、幸せになれる人を選んだのね」
あの時の祖母の目には、複雑な光が宿っていた。今になって思えば、それは祝福というよりも、どこか警告のようでもあった。
02 歪みの始まり
子供が生まれてから、健太の変化は徐々に現れていった。
最初は仕事のストレス。帰宅が遅くなる日が増え、週末も仕事の話題ばかり。私は理解者であろうと努力した。良妻賢母。その役割に徹していけば、きっと元の二人に戻れると信じていた。
美優が3歳の頃。
私は彼の携帯を、たまたま手に取った。LINE履歴の一部が目に入った。同期の女性社員との会話。軽い冗談のように見えて、どこか親密な匂いがした。
疑いを抱いた瞬間、私は自分を責めた。信頼こそが夫婦の絆。疑うことは裏切り行為だと。
03 我慢の日々
年を追うごとに、私の中の違和感は大きくなっていった。
健太は外見的には完璧な夫。高収入のエンジニア。子供たちにも厳しく、しかし愛情深い父親。町内会の役員。地域からの評価も高い。
誰もが羨むような家庭。
しかし、家の中は違った。
コミュニケーションは形式的。会話は仕事の報告と、子供たちの成績に関するものばかり。私の夢や感情を聞く耳を持たない。
「専業主婦は楽だろう」
彼の一言が、私の心を深く傷つけた。
04 決定的瞬間
美優が中学生になった2018年の秋。
彼のスマートフォンが、リビングのテーブルに置きっぱなしになっていた。普段なら絶対に触れない彼のプライバシー。しかし、その日だけは何かに突き動かされるように、私は画面に触れた。
そこには、彼と同期の女性との、1年以上に及ぶ密かな会話の記録があった。
デートの計画。ホテルの予約。彼女への愛情を綴った長文のメッセージ。
私は、自分の世界が崩壊するのを感じた。
05 最後の晩餐
その夜の夕食。いつもと変わらない日常。
翔太は宿題に集中し、美優はスマートフォンを操作する。健太は疲れた様子で新聞を読む。私は黙々と料理を準備した。
会話はない。沈黙だけが、私たちの間を埋めていた。
夕食が終わり、食器を洗いながら、私は突然語りかけた。
「話があります」
健太は新聞から顔を上げ、私を見つめた。
その瞬間、私は15年の結婚生活の終わりを感じていた。