Big Thief “Dragon New Warm Mountain I Believe in You”
米『ローリング・ストーン』誌によるエイドリアン・レンカーへのインタビュー記事を翻訳してみました。
追記:『ローリング・ストーン・ジャパン』による翻訳が出ました。
Big Thief: Looking for the Next Revelation
インディーズ・ロックの最も頑固な求道者たちは、ストリーミング経済における自分たちの役割に疑問を抱きつつも、新しいダブルアルバムで深い感動的な音楽を作り続けている。
ビッグ・シーフ(Big Thief)のエイドリアン・レンカー(Adrianne Lenker)は、カフェで自分のバンドの音楽を耳にしたとき、思わず声を上げてしまうそうだ。「この曲のレコーディングを思い出すと、とても過激で、何かを切り裂いているような、生々しい感じがする」とレンカーは言う。「そして今、このコーヒーショップで、この曲はすべてのものの中に完全に溶け込んでいる。ドラマがないんです」
ここ数年、ビッグ・シーフはかなりの数のコーヒーショップなどで演奏されるようになった。2019年の2枚のアルバム『U.F.O.F.』と『Two Hands』で、この実験的フォーク・ロック・カルテットは、劇場を売り払い、グラミー賞にノミネートされ、その過程でちょっとした避けられない反発を呼び起こすタイプのインディー人気バンドとなった。
このバンドの長年のファンであるウィルコ(Wilco)のジェフ・トゥウィーディー(Jeff Tweedy)は、「純粋にやる気のあるアート集団が、尻を蹴っているのを目撃するのは本当に素敵なことだ」と言う。「彼らが魅力的な理由のひとつは、(リリースする)すべての作品が、本当に、本当に高いハードルであることだ」
ビッグ・シーフが2月にリリースする20曲入りの2枚組LP『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』のレコーディング・プロセスほど、過激に生々しく感じられたアルバムはないだろう。2020年、夏の暗黒のロックダウン期間に、レンカー、ギタリストのバック・ミーク(Buck Meek)、ドラマーのジェームズ・クリヴチェニア(James Krivchenia)、ベーシストのマックス・オレアルチック(Max Oleartchik)は、アリゾナ砂漠やコロラド山地からニューヨーク北部やロサンゼルスまで、アメリカ本土にまたがる場所で5カ月間にわたりレコーディングを行った。セッションは非常に探検的で、バンドはある時、表題曲で、つららが砕ける音が録れていることに気付いた。(「この曲は、あの地点で、あの冬の氷のエネルギーを実際に捉えた、あるいはアーカイブしたものです」とレンカーは言う)
その結果、このアルバムはビッグ・シーフのベスト・コンピレーションのように感じられ、「Little Things」の波打つロック、「Wake Me Up to Drive」のドラムマシン・ポップ、「Certainty」の荒々しいフォークといった多くの質感が、ひとつの広大な声明に洗練された。「エイドリアンのソングライティングには、実にさまざまな側面がある」と、アルバムのプロデュースを担当したクリヴチェニアは言う。
バンドの最新作では、トラウマや失恋、自然に関する心を打つ物語が、音楽的にも歌詞的にも新たな平明さをもって散りばめられているが、これはレンカーのソングライティングの要素で、バンドは今回、特にそれを強調することを強く望んでいた。クリヴチェニアは、レンカーが“フィニッシュ”を“ポテト・クニッシュ”と韻を踏んだ「Spud Infinity」という、捨て曲だと思ったものを聴かせてくれた時のことを思い出す。それを聴いて、彼は「エイドリアン、今、僕は泣いているんだ」と言った。「彼女は、『でも私はガーリック・ブレッドって言うのよ。歌の中でガーリック・ブレッドなんて言えないでしょ』って言うんだ」
「Spud Infinity」は、トウェイン(Twain)ことマット・デイビッドソン(Mat Davidson)のフィドルをフィーチャーしたいくつかの軽快でルーツな曲の一つで、ビッグ・シーフの別の側面が、これまで一度も完全に明かされたことがなかったものだ。「バックと私が初めて会ったとき、私たちはアイリス・ディメント(Iris DeMent)やジョン・プライン(John Prine)、ブレイズ・フォーリー(Blaze Foley)のことで意気投合したんです」とレンカーは言う。「私たちの深部なんです」
そのような中で、バンドはしっかりとした自己の内部感覚を持ち続けていた。クリヴチェニアは、「私たちは皆、自分自身のビッグ・シーフらしさのバロメーターを持っています」と彼は言う。「聴き返してみて、うわー、これ聴いたらみんなひっくり返っちゃうよ...でもビッグ・シーフっぽくないなっていうようなものをいくつかやったんだ」
ビッグ・シーフは、2016年のデビュー以来、驚異的な多作スケジュールを維持している。多くのアーティストがロジスティックやクリエイティヴな障害に突き当たったパンデミックの間、バンドの4人のメンバーのうち3人がソロLPをリリースした。彼らは『Dragon〜』のためにおよそ45曲をレコーディングし、クリヴチェニアは、このセッションから少なくとも1枚分の素材が生まれたと言っている。「僕らにはそれぞれ、個人的に『あの曲がカットされるなんて信じられない』って思った曲が4曲ほどある」
エイドリアン・レンカーほど、このほぼ絶え間ない芸術的なアウトプットが、良くも悪くもビッグ・シーフの成功に貢献していることを自覚している人はいないだろう。彼らの音楽がカフェのプレミアム・コンテンツやストリーミング・プレイリストのネタになるにつれ、グループのリード・シンガーソングライターは、「深く欠陥があり、多くの場合、有害」と考える現代の音楽産業におけるビッグ・シーフの役割に警戒心を強めている。
レンカーとミークが00年代前半から半ばにかけてブルックリンで行った路上パフォーマンスから発展したバンドとしては、ありえないパラドックスである。ビッグ・シーフと同じように音楽制作を愛する売れてないアートフォーク集団はどう感じているのだろうか。インディー・ロックがストリーミング時代の頂点に近いところに位置しているということを。「商品としてのコンテンツ」なインディーロックを。
「私たちは機械の一部で、まだそれを理解していない」とレンカーは言う。「でも、内側から変えていきたいんです。男性優位で白人至上主義的な業界だから、性別や肌の色、性的指向の違いで選別されないような空間を作り出したい。 一生かかっても足りないくらい、まだ半分も分かっていないんです」
新曲「Simulation Swarm」は、現代生活に対する彼女の不安の一端が表れている。2020年5月にブルックリンで4日間入院し、7年間のツアーで体を壊したという体験、2020年に発表した衝撃的なソロ・アルバム『songs』にインスピレーションを与えた別れ、「宗教カルト」と表現した中西部の分離主義コミュニティで過ごした幼少期、そしてレンカーが会ったことがないという実兄アンドリューについて考え続けていること(2017年の「Mythological Beauty」などの楽曲で、これまで歌ったことがある)。
レンカーとビッグ・シーフがファン・ベースと育んできた深いつながりを説明するのに役立つ、控えめで素晴らしい曲だ。最近行われたアコースティック・ソロ・ライブの際、レンカーは、観客が泣きながら抱き合い、自分の曲の一語一句を一緒に歌っているのを目撃し、必要なことを思い知らされたそうだ。「すごい、これは世界に波及している」と彼女は思ったのを覚えている。「この音楽が、暗い時に自分を愛し、受け入れる手助けをしてくれてるんだと、何度も耳にしました。私は、自分のキャリアの中で一定のレベルに到達したいわけでも、こう見られたいとか、ああ見られたいというわけでもない。ただ、人々が自分自身に戻り、より完全に自分自身を受け入れ、愛し、許すことができるようになってほしいんです。私の音楽は、私ではなく、人々が自分自身に近づくための先導になりたいんです」
レンカー自身が地に足がついたと感じた新曲「Blue Lightning」は、本作のクローザーである。彼女の選んだ家族であるバンドメンバーへのラブレターとして書いたキ、焚き火を囲んで歌うような曲だ。レンカーは、大人になってからの経験を曲作りに取り入れることが多くなってきた。「私はまだ幼少期のことを処理してる」とレンカーは言う。「でも、私たちは10年近くバンドをやってきて、一緒に過ごした人生経験が多ければ多いほど、今はそのことについて書くことが多い...私たちは最も醜くて残酷なことも、最も美しいことも共有してきたんです」
ビッグ・シーフは、このアルバムの最後を、経験を共有することによる集団の喜びという感覚で締めくくることにした。この曲でレンカーは道徳について考え、”I wanna be the shoelace that you tie(私はあなたが締めた靴ひもになりたい)”といったセリフをバンドメイトに投げかけている。
「私たちの誰もがいつ死ぬかわからない。それはクレイジーで悲しく、ほろ苦く、とても美しい。でも、友情はとても大切なものだと感じています」と、バンドメンバーについて語る。「私たちは道を進んで、たくさんの出会いがあって、いろんな経験をして、夢をバラバラにして、質問をバラバラにして、いろいろなことを話したり、聞いたりして、決して本当のことを見つけることはできない...」と。
レンカーは少しの間固まった。
「本当の答えなんてないのかもしれない。でも、私たちはただ旅の途中で、一緒にこういう問いを立てているだけなんです」
文:Jonathan Bernstein、2022-01-05