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自転車で京都から名古屋まで行く④パンクオブイノベーション
滋賀の琵琶湖をぐるっと回って目指すは南彦根。大学時代の後輩がそこに住んでいるので、会いに行くことになっていた。
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長距離の移動を癒すつもりが、結局自転車で南彦根から彦根まで走ったりカラオケしたりと体の疲れはほとんど取れなかった。
が、久しぶりの後輩との邂逅のおかげで心は幾分か軽かった。
彦根を出る際には自転車にスマホを取り付ける機械と、ドリンクホルダーをつけ万全の状態で出発! ……したのだが、数十分走ったところでパァンという射撃にも似た音が響いた。
パンクである。
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2時間近く自転車を押しながら歩き、米原市まで行きホームセンターで修理を依頼するも、閉店間際だったため翌日までかかるということ。
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宿代を抑えるために快活クラブで泊まることにしたが、また1時間半も歩くことになった。自転車がない分楽とはいえ、疲れた体を動かすと心まで折れそうだった。
旅にハプニングはつきもの! 楽しんでいこうと思いながら前向きに歩くも、すっかり日も沈んだ中、車が通る道の端をトボトボ歩き、数十秒ごとにあとどれくらいかを確認する。遠くに見えるローソンの看板がほとんど近付いている気がしない。
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なんとかたどり着いた快活クラブでシャワーを浴び、一応のつもりで部屋まで持ってきた漫画を一冊も読むことなく、泥のように眠った。
翌朝6時に目が覚めた。体が疲れているというのに8時間ナイトプランの枠内でちゃんと出発できる自分を褒めながら、また1時間半、自転車を預けたホームセンターまで歩いて戻る。
朝の空気や日の光は気持ちいい。歩いている人もそうなのだろう。誰しもに声をかけられ、自転車で旅をしていることを伝えると、その自転車が手元にないことを指摘され、パンクから今までの流れをかいつまんで説明する。それに誰しもが大変だと言ってくれ、別れ際には旅に困難はつきものだ頑張れ若者的な言葉をいただいた。
8時のカフェが開くまで、駅の誰もいないベンチで寝転がっていた。すると駅の掃除係の人に何をしているか尋ねられた。同じように答え、同じようなことを言われる。
まるでロールプレイングゲームの村人のようだ。
朝に歩いている人がいたらそういうふうに答えましょうとプログラミングされているみたいだが、不思議とおぞましさがないのは、朝の澄んだ空気のおかげだろうか。
朝のモーニングをいただいたのは『BELLMOcoffee』というお店。
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薄い茶色の床と白い壁、四角い窓から陽が差す店内には、エプロン姿のお姉さん。彼女が淹れているコーヒーの匂いは心を今日のはじまりへといざなってくれる。
ワッフルとコーヒーをいただいた。ワッフルの甘さとコーヒーの苦味のバランスがちょうどよく心だけでなく体まで朝であることを理解し始める。
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その後は壁のギターの写真を撮らせてもらったり、この文章を書かせてもらったりしてホームセンターの開く時間を待った。
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ここを出る際にもまた自転車旅からパンクまでの推移を説明し、頑張ってくださいとまた同じように言われる。カフェの店員にまでプログラミングの手は回っているのか。
午後になるかもしれないと思われた自転車修理は朝10時に終わった。十数時間ぶりにまたがる自転車。道路を走る感覚は、昨日の時点でたくさん嫌というほど味わったというのに、あの虚無で歩く感覚を思えば心がとても軽くなった。
次に目指すは関ヶ原。本当だったら昨夜のうちに通り、亡霊に会えることを期待していたが、関ヶ原の景色を見ながら自転車で走る経験も悪くない。私は期待を胸に自転車をこいだ。
余談だが、ホームセンターの人は自転車旅の話をしても「ふーん」どまりだった。この町にもプログラミングされていない人類がいたのだ。