20241001 河原(出会い編)
「どうすんだっつう、話だよなあ?」
「え?」
高齢の男性が話しかけてきた。僕はいつも行く河原でベンチに座っている。隣のベンチではまた別の高齢の男性が眠っている。そばにはチューハイの500ml缶。
「そこの大学の生徒さん?」
「ああ、はい。そうです。」
「学部は?」
「理工学部です。」
彼はベンチで寝ている方の男を起こしに来たみたいだ。先ほどからずっと「オヤジ。おい、オヤジ。」と彼に呼びかけては、起きないのでぶつくさと言っていた。部屋に戻って待ってるぞとか、そんなことも。僕が何度かそちらを気にかけたので、そろそろ話しかけることにしたらしい。
「あの、お父さんですか?」
「え?」
「そこで寝てる人。」
(男性、しばらく笑う)
「いや、ちげえよ。あ~オヤジっつってんのはよ。ホラオヤジっつっても色々あるだろ。アナタ、お父さんのことお父さんって呼ぶ?」
「まあ、そうですね。」
「ああそう。まあ、そうか。(不明瞭な発話)」
とくに血縁とかではない。血縁じゃないけど、部屋で待ったりはするんだと思った。
「今えーっ...と~~、18?」
「22です。」
「あ~、何年?」
「4年です。」
「え~...…?」(何かを数える仕草)
「1浪してるので。」
「ああ。」
「将来何になんの?」
「いや……何になるのかさっぱりですね。」
(男性、少し笑う)
「んなことないだろ、だってほら、なにしてんだっけ、えっと。」
「理工です。」
「でしょ? 何してんだよお前。」
瞬時に色々考えたような気も、何も考えていなかったような気もする。全然違うように見えるだろうけど同じ人間なんです。ある意味では僕のほうがよっぽど躓いているような、それくらい土俵を同じくして生きているんです......
「若い子ってな、顔がきれいだよな。言われない?」
「特には。」
男性がこちらの顔を無遠慮に見ている。
「俺韓国のドラマとか好きで、なんか若い子ってああいう、感じだよな。なんかしてんの?」(顔になにか塗るような仕草)
「特別なことはしてないですね。」
「彼女とか、大丈夫?」(携帯を覗き込む)
「いえ、いないので。」
「いやいや、絶対モテるでしょう。肌綺麗でよ。頭もいいから。」
「いえ……。」
「プッシュ。プッシュすんのよ。」(押し出すような動作)
高齢の女性が声をかけてくる。片手にはカップ酒。
「おう。」
「寝てんの?」
「起きねんだよ。」
(よくわからない会話)
「じゃあ。」
「それくれよ。」(カップ酒を指さす)
そんなふうに、男性が異様なノリでカップ酒を手に入れる。男性は女性の去り際に「バァ~カ。」と言う。意味がわからない。
そうして、女性が去ってすぐ「ごめんな。」と謝られる。ウチの者がスミマセンの謝り方だ。しばらくして少し離れたベンチにいた男性が話しかけてくる。
「それ俺がそこ(近くの像)に供えたやつだよ。」
隣の、今まで会話していた高齢男性が応じる。
「何言ってんだよ。」
近寄ってきた男性がさらに言う。
「だから、俺が供えたんだよ。そこに。」
隣の男性がからかうような口調になって返す。
「こういうことばっかやってよ。一生やってろ。」
寄ってきた男性が、もとの離れたベンチへと戻っていく。なぜか、隣の男性は引き留めるように声を掛ける。
「おい、おい! 一生やってろってんだよ。おい、やってろ。」
少し怖いし意味がわからないので、僕はそちらを向かないようにしている。寄ってきた男性はしばらく半端な位置に立っていたような気がする。
「ごめんな。」(先ほどとおなじ謝り方)
「ああ、いえ……。」
それからしばらく、静かになる。僕は男性が来る前までと同じように、スマホのkindleで本を読む。
「なんか、あげんの?」
「え?」
「ここのやつら。SNSとかのさ。」
「いえ、居るだけです。」
「ああ、ここきたねえんだよな。」
「まあ、そうですね。ゴミとかは。」
「清掃の人たちがいてよ。今日火曜だから今朝もいてよ。ここが一番きたねえんだと。」
「はあ。」
「でもいいよな。」
「ああ、いいところですよね。」
「彼女とか、大丈夫?」(スマホを覗き込みながら)
「ああ、はい。」
「起きねえな。」
「まあ、今日は暖かいので大丈夫じゃないですか。」
「死にゃしねえよ。」
また静かになる。僕は本に戻る。しばらく時間が経つ。
「彼女とか、大丈夫?」(スマホを覗き込みながら)
「ああ、えっと、そろそろ行かないといけないので、じゃあ。」
「おお、頑張って。」
なんとなく、帰れと言われたのかと思った。そうでなくても、河原、というか河原の空気の中では異質なんだということは間違いなかった。それとも、こんな時間に河原でスマホを見つめる人間なんて、恋人と待ち合わせをしている人間しかいないということだろうか。
帰ってシャツを脱ぐと、誰かが吸っていた煙草と、酒の匂いがした。
窓から外を見ると、短い虹が出ている。山から登って電柱の先くらいで消えている。