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“実験的プロセス”コーヒーの市場価値と生産のリスク③

こんにちは、ROUTEMAP COFFEE ROASTERSです。

こちらのテーマについての最後の記事になります。

前回まで、“実験的プロセス”によって精製されるコーヒーは、市場価値が高いながらも安定して生産を行える農園は非常に限定的であり、なかでも小規模農家にとっては持続的な生産において大きなリスクとなる手段であると説明しました。

今回はその実験的プロセスの希少性や価値観がコーヒー市場にもたらす影響、また市場で起こる格差を防ぐために、我々が意識すべき点は何かについてまとめていきたいと思います。

(※文末に今回のテーマで参考にした資料を参照いたします)

2020年に訪れた時のグアテマラ アンティグアの街並み

7)小規模農園のパイロット・スキーム

パイロット・スキーム(試験的運用)…パイロットスキームとは、ある政策やプログラムを実施する前に、限られた地域や集団に対して一時的に試験運用することで、その政策やプログラムが実施された際の効果や問題点を事前に把握し、改善するための手法のことを指します。政策やプログラムが全国的に実施される前に問題を解消することができるため、本格的な実施に向けたリスクを最小限に抑えることができます。

小規模農家にとって、実験的プロセスによるコーヒーの生産にすべてを賭けることは経済的なリスクが非常に高いということを説明しました。

その多くの生産者が陥る罠は、「国内の他のコーヒー生産者が、この実験的プロセスを実践してコーヒー市場のニーズへの対応に成功しているから、自分も同じようにできる」と思い込んでしまうことだからです。

「実験的プロセスのコーヒーが、農園を成功へと導くレシピだと信じている生産者もいます」とHernando氏は説明します。

しかし実際はそうではなく、それぞれの農園には、それぞれの農業生態条件の多様性に基づいた独自の設計が必要なのです。

Hernando氏はコーヒーの新たな精製プロセスの開発にあたり、小規模農家が取り組むべき計画について「規模を拡大する前にまず小規模から始めて、労働力、投入資材、時間などの生産コストを慎重に評価すること」と説明しています。

・実験的プロセスのパイロット・スキーム/3つの段階

〔フェーズ1〕小規模な試験的生産からスタート
〔フェーズ2〕チェリーの成熟度、発酵・貯蔵時間、カッピングの結果など、実施した手順と重要なデータを逐一記録しフィードバックする
〔フェーズ3〕記録したデータを元に修正、それぞれの精製環境で均一かつ安定した方法を確立させる。

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コーヒーの栽培には膨大な時間、年月がかかります。

だからこそこのような試験的な取り組みが、エラーや必要な調整、成功の可能性を示してくれます。 農家が均一かつ安定的なプロセスのレベルまで到達した後に良い結果が出れば、精製方法のプロトコルを開発し、ようやく生産の規模を拡大する準備が整うのです。

しかし最も重要なことは、マイクロロット市場のおかげで農家は販売方法を多様化することができましたが、実験的プロセスのみを唯一の見込みがある収入源とみなすべきではないという点です。

Hernando氏は以下のように指摘しています。

「実験的なコーヒーは、小規模農家にとって主体的な市場ではありません。むしろそのような市場でネームバリューを着実に作り上げることで、彼らが生産したコーヒーの大部分を毎年購入してくれる顧客をより多く見つけるためのプラットフォームとなることを、小規模農家は理解する必要があります。」

Risking it all: The true cost of experimental coffee processing/Coffee Intelligence


ではなぜ、実験的プロセスのコーヒーは全体の中でも比較的ニッチな市場であるのにも関わらず、多くの生産者はそれを“農園の成功を導く手段”として認識してしまうのでしょうか。


8)実験的プロセスの経済的価値観

実験的プロセスのコーヒーは、全体の生産量に占める割合は小さいですが、世界的な市場では、よりエキゾチックな風味を求める需要によって支えられています。

特に中東や中国などの新興国からの関心も高まっており、近年ではこの傾向はさらに強まっています。

例えば2020年のベスト・オブ・パナマ・オークションでは、最高値のロットのほとんどが東アジアのコーヒー会社によって落札されました。

https://auction.bestofpanama.org/en/lots/auction/best-of-panama-eauction---speciality-coffee-2020?tab=lots

(↑ベスト・オブ・パナマ2020年オークション結果。日本の有名コーヒー企業の名前も載っています)

このようなオークションや品評会の結果は、高額で落札、取引されるたびにコーヒー業界で起きた革新的な出来事として世界中に情報が広まっていきます。

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実験的な精製技術が増え、ウォッシュドやナチュラルのコーヒーとは異なる官能特性が現れるようになった今、主に消費国でのスペシャルティコーヒーの経済的な価値の大部分はコーヒー豆の“希少性”“品質のユニークさ”にあります。

世界から関心度の高い実験的プロセスは、上記のメディアのように今までに例を見ない“革新的な方法”、あるいはコーヒーを未知なる領域へと導く“可能性ある精製技術”として取り上げられます。

『希少性』、『ユニークさ』という付加価値がそこに加わることで、実験的プロセスへの価値観、関心度がさらに高まります。

さらに新たな精製方法を生み出すために費やした生産者の努力背景は、ドラマチックな『ストーリー』として美化され、やがて強大な経済的価値観がコーヒー消費国内で創造されていくのです。

特にエンドユーザーへ直接商品を届けるバリスタ、ロースター(販売業者)たちにとってより多くの顧客を引き寄せる魅力を放つコーヒーは、品質に関わらず市場をリードする強力なステータスにもなります。

実験的プロセスのコーヒーは市場全体の中で限定的な市場であるにも関わらず、競争の激しい高価で希少なカップを求める消費者・販売業者のニーズとマッチしているため、それらをトレンドとして捉えるマーケットでは、その中心に位置するタレント的なプロダクトとして見られる傾向にあるのです。

乾燥棚(パティオ)…風通しの良い環境で、生豆を適切な水分値になるように均一に乾燥させます


9)トレンド中心な消費傾向の危険性

競技会で評価されたロットを追いかけ、それを販売することで自社のブランド価値を高める風潮は、先述したパナマのオークション結果に見る通り、特にアジアのコーヒー市場を中心に多く見られます。

中でも日本はスペシャルティのマーケット規模が小さいながらも、希少価値の高いコーヒーへのニーズは他国と肩を並べるほど人気であるように感じます。

販売業者にとっては、スペシャルティの認知が浅いマーケットでブランド価値がついたコーヒーを扱うことはお店にとってリスクになります。

しかし、普段からそのようなコーヒーを好み、通常より高い価格を支払うことを望む消費者が集まった市場をターゲットにして販売することは、他のロットと比べて比較的容易であると捉えられています。

実験的プロセスのコーヒーを生み出すまでの壮大な生産背景…農園のストーリーや生産者のコーヒーへの熱意が載った情報は、ほとんどのコーヒーショップでカップクオリティと共に消費者へ提供されています。

品質からコーヒーの価値を判断する消費者にとって、そのような情報は自身のコーヒーに対する道徳的な価値観を定めるひとつの判断材料となります。

また、トップオブトップのコーヒーは焙煎や保管管理の過程でよほど甚大なエラーが起きない限り、カップに抽出されてお客に提供されてからもそのユニークかつハイクオリティな味わいは保たれるので、品質面においてもその価値は保証されます。

やがてそれがトレンド化し、「たゆまぬ生産努力の成果や情熱により生み出された、高価値で希少なコーヒー」は、販売業者や消費者にとって“すばらしいコーヒーである”と自然に認識されるようになります。

つまり、新たな実験プロセスが登場するたびに消費者、販売業者ともに、より“革新的な”コーヒーを求め続けるようになっていくのです。

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全てのテロワールに共通して、伝統的なプロセスでも実験的なプロセスでも、土地への愛着やコーヒー生産への情熱、または先祖から受け継いだ土地を守っていくためなど、コーヒーを生産する人たちのさまざまな想いが生産背景としてロットごとに込められています。

しかし、それはあくまでその土地それぞれに適した栽培、精製方法の範囲に限られます。

だからこそ農園独自に生み出された唯一無二のユニークさ、高水準な品質、希少性という価値だけが追求されるべきではありません。

トレンドを求め、ブランドやパッケージの情報だけでコーヒーが売れてしまうような消費傾向は、農園間のさらなる格差を招くことになります。


10)農園間の市場格差

コーヒーは嗜好品の中ではカカオなどと同様、歴史的にも、あるいは文化的にも生産側と消費側での商品価値のギャップが特に目立つ製品です。

サプライチェーンの構造上、コーヒー市場の過度な競争志向や、トレンドを追い求めることを価値としたマーケティング戦略は、市場内のニーズの格差を大きく広げていきます。

農園ごとでテロワールに応じた適切な精製を行い、それぞれの条件下でコーヒーを生産しているにも関わらず、小規模農家だけが市場へアクセスするためのゲートが狭まり、資本力の備わった農園企業、または販売業者がマーケットの中心となってしまうのです。

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実験的プロセスで生産されたコーヒーの魅力は、市場全体で見るとかなり限定的でありながら、バリスタや顧客からは興奮の声が上がっています。

それらの声に反応し、自分たちのコーヒーの価格が上がる可能性に望みをかけ、多くの農園が実験的プロセスに挑戦しようとしますが、伝統的なコーヒー愛飲家(=日常で普段コーヒーを楽しむ消費者)は、異なる風味がコーヒー本来の特徴を損なうと考え、ワインのような風味やトロピカルフルーツのような風味を持つコーヒーを望まないかもしれません。

コーヒーの可能性を求め、コーヒー生産の未来のために実験的プロセスの改良に取り組む農園と、限られた資源で安定した生産力を得るために、テロワールに応じた伝統的なプロセスでコーヒーを精製する農園。

スペシャルティコーヒーは希少かつ高価なものであると認識する販売業者と、日常のひとときにコーヒーを求める消費者。

それぞれ間で生じた認識の大きなギャップ、市場内の格差を是正していくには、実験的プロセスコーヒーへの認識をチェーン全体で改めていく必要があります。


11)コーヒーの持続的な生産のために

実験的プロセスで精製されたコーヒーは、本当に特別で、未だ発見されていないコーヒーの風味特性を引き出すことができます。

しかし、日常で普段コーヒーを楽しむ人たちにとっては、精製で得た発酵による風味がコーヒー本来の特徴を損なう後天的なものだと考え、他の消費者ほどには評価しないかもしれません。

実験的プロセスに対する認識を改めるために必要なことは、スペシャルティコーヒーの定義にも掲げられているように、『コーヒーの持続的かつ安定した生産』を行うために、何を大切にしていくべきかという点です。

精製を終えたコーヒー生豆が原袋にパッケージングされ、各コーヒー消費国へ出荷されます。

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焙煎業者の多くは、実験的プロセスで生産されたコーヒーをリミテッド(限定品)や高級なロットとして販売しています。

しかし、本質的なコーヒーの取引においてバイヤーとロースターが意識すべきなのは、それらのコーヒーを希少価値の高いものとみたり、先進的なロットであることを強調して消費者に売るのではなく、農園が実践した新しい精製方法を理解し、今後数年間はそれを購入し続けることを覚悟し、約束する必要があるということです

また生産者も、買い手にその技術やビジョンを明確に伝え、どのように販売すればよいかを知ってもらう必要があります。

実験的プロセスのコーヒーを購入する際には、生産者とバイヤー、ロースターとの間のコミュニケーション=情報の共有が必要不可欠なのです。

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生産規模の拡大を図り、農園の成功を目指す生産者にとっては、実験的なプロセスへの挑戦は大きなチャンスです。

しかしこれまで何度も説明してきたように、一過性のものに対しリスクを負うのではなく、まずは生産地域(テロワール)の環境や農園の生産プロトコルを把握した上で、生産計画を組み立て、実験に必要な資源を確保し、小ロットから始めて発展させていくことが、農園の成功に導くために必須なプログラムとなるのです。

ロースターやバイヤーもまた、テロワールに適していないプログラムを生産者に求めないように気をつけなくてはなりません。

実験的プロセスの市場は拡大しつつありますが、スペシャルティ全体においてはまだまだ小規模かつニッチな領域であることを、市場全体で認識していかなくてはならないのです。

グアテマラのコーヒー収穫に勤しむ季節労働者とその子供たち

12)コーヒー市場における“実験的プロセス”の価値観

これまで”実験的プロセスのコーヒーの価値観”をテーマに記事を書いてきました。

より持続的にそして安定したコーヒー生産を行うために、“実験的プロセス”コーヒーは市場においてどのような存在として認識し、どのように扱われるべきなのか?

このテーマについて考えることは、今後のスペシャルティ市場の発展、そして持続的かつ安定的にコーヒーを生産することに繋がる重要な鍵となります。

F1レースの車がサーキットで出す速度のまま一般道を走ると、事故が起こるのは誰でも容易に想像ができるでしょう。

実験的プロセスのコーヒーも、あくまでスペシャルティとしての特徴のひとつとしたまま、他のロットの価格や希少性で差別化を図り流通させるのではなく、生産の背景を他のロットと同様の熱量で、日常的にコーヒーを楽しむ消費者へ届けなくてはなりません。

その認識が市場全体に浸透していって初めて、スペシャルティコーヒー市場での実験的プロセスの価値は、コーヒーの魅力を消費者に届ける手段のひとつとして確立されていくのです。
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【参考資料リンク集】
Exploring trends in experimental coffee processing/PERFECT DAILY GRIND
Risking it all: The true cost of experimental coffee processing/Coffee Intelligence
Roast Design Coffee/生産処理(Process)
Ninety Plus Coffee
Panama's Ninety Plus® Coffee Sets New Price Record at USD$10,000 a Kilo
Ninety Plus Sells World’s Most Expensive Coffee for $4,535 Per Pound/Daily Coffee News
パナマのナインティープラス(R)コーヒーがキロ1万米ドルの新記録達成プレスリリース/ニュースリリース配信の共同通信PRWire
ポストハーベスト/コトバンク
COFFEE QUALITY INSTITUTE/Hernando Antonio Tapasco Gonzalez - Colombia
Best of Panama eAuction - Speciality Coffee 2020
日本スペシャルティコーヒー協会/スペシャルティコーヒーの定義
Cheap Coffee

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小規模スペシャルティコーヒーショップ【ROUTEMAP COFFEE ROASTERS】

地元千葉県での焙煎所の開業を目指しながら、
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