出来事を記録したメモ・日記・ノートはこう扱うべき
1 録音や画像だけが事実を示すものではない
労働問題の中でも証拠が残しにくいシーンがたくさんあります。企業にとっては、、「どうせ証拠なんかないんだから、主張されたって別に・・」と言った姿勢になりがちです。労働者にとっては、「ハラスメントの証拠なんか残すの難しい・・」とするところです。
一般に、証拠は、多くの場合、録音や画像等を指して言われますが、果たして、録音等がないことで損害賠償は関係ない、あるいは、無理と断定してしまってよいのでしょうか。今回は、この点をいくつかの裁判例を素材にみてみたいと思います。
たとえ、録音や画像がなくても、詳細に日記やノート、あるいはメモに記載があった場合には、書き方などによって、事実を伝える十分に客観的な資料になり得ます。
2 メモやノートの信用性が否定された例
裁判例は、毎日の出来事等が記載されたものではないこと、被害者がほかに当時悩んでいた問題もあるのにそれらに関する記載がほとんどないこと、複数の日にわたる記述の外見的な印象が似通っており、これらを同一日にまとめて記載した可能性を排除できないなどの要素が認められる場合は、メモやノートの信用性が否定されています(福岡高裁平19・3・23判タ1247号242頁)。
3 メモやノートなどの信用性が肯定されている例
「・・原告の日記、原告のノートは、格別不自然なところは認め難く、これらに記載された出来事が客観的な観点から記載されているかどうかはさておき、当該日付の日に当該出来事が存在したという限度での信用性は認められる」(札幌地判平27・4・17労判1134号82頁)。
「原告の日記の各記載は、日毎に出来事があった都度その内容を記載し、周囲から言われたことについてはその具体的発言を記し、加えてそれらの出来事等に対する原告の気持ちが率直に記されたものであると認められ、被告師長自身が認めている上記の点等に鑑みると、同日記が頁の抜き差しが可能な手帳であるという点を考慮しても、基本的に信用でき、概ね日記に記載のとおりの発言等が被告師長にあったというべき・・」(福岡地小倉支判平27・2・25労判1134号87頁)。
「原告が述べるこれらのノートの作成経過等に不自然なところはなく、また、これらのノートに記載されている内容はいずれも具体的で発言者等の関係者も特定されており、本件提訴に当たって事後的に作成したものとは考え難いこと及び弁論の全趣旨によれば、ノートについては日付以外の部分は基本的に当日又は数日後以内に記載され、また、ノートについては打合せの場で記載されたものと認めるのが相当であり、原告の上記供述及び前記認定事実に記載した証拠との整合性に照らせば、その記載内容についても信用性があると認めるのが相当である」(東京地判平27・3・27労判1136号125頁)。
4 ノートや日記等の記載の仕方により信用性のある資料に
メモやノート、日記が否定されている例、肯定されている例からは、メモ等の記載内容や状態がその信用性を左右すると言えそうです。信用性に結びつく要素を拾ってみますと、➀日付けがはっきりしていること、➁出来事からあまり時間をおかずに記録されていること、➂周囲からの具体的な発言を記録していること、➃本人の気持ち・心情・悩みの記載があること、➄具体的発言の関係者が特定されていることが挙げられます。
これらを満たしている場合は、そのような出来事があったのだろうとの心証が得られる可能性があります。逆に、後日、まとめて記載されたもの、記述が似通っている、具体性に欠ける、関係者が特定されていない等の要素は否定される方向に働くものと考えられそうです。
したがいまして、録音等がない場合でも、メモ、ノート、日記等の記載が、上記の要素をクリアしているレベルにある場合は、一定レベルで信用性の評価を得ることが可能と考えられます。
5 「録音がないならそんなの知らない」は労務リスクに
企業としては、「本人が自分で書き記したものなど勝手に書いたものだから証拠にならない」と突っぱねてばかりはいられないようです。労働者からすれば、録音などがなくてもメモ・ノートなどの記録化の質によっては資料を明示して事実を主張することになります。
このように信用性の評価が認められる当事者が記したメモ、ノート、日記等の記録内容は、損害賠償の際に有効な資料として登場することにもなると言えます。この点は、労働時間の記録においても同様ですが、また、あらためて労働時間の記録問題をお話する際に述べたいと思います。
少なくとも、労働局や労働委員会のあっせんによる個別労働紛争(労働者対会社)の解決においては、証拠主義ではありませんので、多少日付けが判明しない記録であっても、資料として登場しています。
もっとも、労働局等のあっせんにおいて、あっせん委員が「録音があればねえ・・」と言ったケースがありました。いかなる出来事があったか明らかにわかる詳細なメモ書きやノートの記録が添付されていてもです。この辺りはあっせん委員の認識や温度差の問題になるかと思います。
専門家の中でも、たとえば、パワハラは証拠がないとの短絡的な対応する例が多く問題視されております。しかし、当事者は、労使双方とも安易に判断せずに、事実関係や心情の変化等の記録の具体化の程度を探ることに尽くすべきかと思われます。
そのことが労使トラブル解決の道筋を与えてくれるかもしれません。これらのことは、解雇等の事案においても同様であり、企業内のやりとりや行政とのやりとりの記録化についても、あてはまるかと思います。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】