実労働時間が8時間未満でも割増賃金を支払う必要があるか
今回は、とてもメジャーな割増賃金のお話ですが、1日の労働時間における割増賃金になります。
1 割増賃金の支払い義務があるのは
まず、基本事項になりますが、法律の規定を確認しておきます。
第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
第33条は、災害時や臨時に必要がある場合に延長して働かせる労働時間や休日労働のことを指しています。また、前条第1項は、36条の協定(=36協定)により労働時間を延長して、あるいは休日に働かせることを指しています。
端的に言いますと、原則で言えば、法定の上限労働時間である1日8時間、週40時間(例外として従業員9人以下の特例事業場は44時間)を超えて働かせた場合、週1日(または4週4日)の法定休日に働かせた場合には、割増賃金の支払い義務が発生するというものです。
割増賃金の支払いがどんなときに発生するかは、すっかりメジャーになっていますので、今さらあらためてお話する必要もないかもしれません。しかし、後半で触れます割増賃金の支払い対象の時間かどうかをみるうえで、整理してきちんと抑えておく必要があります。
2 割増賃金の割増率は
これも、メジャーですっかり認識されていますが、きちんと根拠となる政令を示したいと思います。
労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令
平成6・1・4政令第5号
改正平成11・1・29政令第16号
労働基準法第37条第1項の命令で定める率は、同法第33条又は第36条第1項の規定により延長した労働時間の労働については2割5分とし、これらの規定により労働させた休日の労働については3割5分とする。
この2割5分、3割5分というのは、最低の率という設定になります。この率より高い分にはまったく問題ありません。
3 たとえば1日7時間の所定労働時間であった場合の割増賃金は
問 所定労働時間が7時間にして8時間迄労働させた場合は1時間につき37条の割増賃金は支払わなくてもよいが時間割賃金は当然支払わなければならないと解するが如何。
答 法定労働時間内である限り所定労働時間外の1時間については、別段の定めがない場合には、原則として通常の労働時間の賃金を支払わなければならない。但し、労働協約、就業規則等によって、その1時間に対し別に定められた賃金額がある場合にはその別に定められた賃金額で差支えない。
【昭和23年11月4日基発1592号】
行政通達は、法規制の上限である1日8時間までは、法律の割増賃金の支払いは必要ないが、通常の所定労働時間の賃金の支払いは必要であるとしています。
これも、非常にメジャーな内容ですので、十分認識されているかと思いますが、よく整理されていなかった場合などは、知っておくといいかと思います。根拠を示しますとこの行政通達になります。
合わせて司法判断をみておきます。
「組合と被告会社間において一日実働七時間制の協約が結ばれていた場合、果して原告等主張のように実働七時間を超えれば被告会社に割増賃金の支払義務が発生するか否かにつき考えるに、右のような協約の存したことは被告の認めるところであるが基準法第三二条、第三六条、第三七条の各規定を通覧すれば、たとい労働協約で一日実働七時間制と定められている場合でも労使間にこれを超えれば割増賃金を支払う旨の合意がない限り実働八時間を超えない勤務に対しては使用者に基準法第三七条第一項に規定する割増賃金の支払義務は発生しないと解するのを相当とし、証人Aの証言に徴するも右のような合意の存在は到底認められない」
【長崎新聞社事件/長崎地判昭40.6.25労働民例集16巻3号546頁、労判12号6頁】
かなり古いですが司法判断の根拠を示す事例になります。内容は、行政通達と同様のことを示しています。
4 ただし就業規則を確認しましょう
今回のテーマの実労働時間が8時間未満の場合に割増賃金の支払いが必要かを考える場合のポイントについて整理しておきます。
① 就業規則等の雇用契約の約束では、1日の所定労働時間が8時間未満になっている。
② 所定労働時間を超えて働かせている時間がある。
こうした実態になる場合に検討する必要が出てきます。
3でみました通達、裁判例に基づいて、
実労働時間が所定労働時間を超え、かつ、8時間未満の場合は、所定労働時間を超えた時間に対応した通常の賃金を支払わなければなりません。ただし、割増賃金は支払う必要はありません。
割増賃金の支払いが発生するのは、実労働時間が法定の8時間を超えた労働時間に対してになります。
基本的な内容はこのようになります。ところが、落とし穴がないか確認しておく必要があります。
就業規則、あるいは、個別の雇用契約書で、
「所定労働時間を超えた労働時間に対しては割増賃金を支払う」
と記載していませんでしょうか。
記載していなければ大丈夫です。しかし、もし、記載していますと、実労働時間が法定の8時間を超えていなくても、所定労働時間を超えた時間に対しては割増賃金を支払わなければならないとなります。
まずい、今、就業規則をみたら書いてあった。規定を変更しよう。・・・もちろん、変更することは可能ですが、変更前の就業規則が適用されていた日時までは、割増賃金を支払う義務が発生していることに変わりはありません。
就業規則や契約は、後で修正をしても、当時、適用されていた内容で当てはめを行うことになります。
このあたりは、就業規則の話のときにでもさせていただきたいと考えております。
今回は、非常に基本的な内容だったかもしれませんが、超過時間に対する給料を支払う上で、正しく全体を体系的に知っておく必要がありますので、根拠を含めてお話させていただきました。参考になりましたら幸いです。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】