始末書の取り扱い
今回は、実務上、必ず登場する「始末書」を取り上げたいと思います。
1 始末書で問題になること
始末書の何が問題になるのか。おそらく多くの企業が経験済みかと思います。
多くの場合、企業は「始末書を書け」「命令だから提出しなければばらない」とします。従業員は、「仕方なく書く」「本当は書く理由がない」と思っています。
ここが、始末書を巡る問題点として浮上することになります。
では、ここに潜む問題点は何か。
企業は「始末書を書け」と命じることができるのか、逆に従業員は、言われたら書いて提出しなければならないのか・・・おそらく始末書を巡る問題点はここに集約されると考えられます。
始末書の諸問題について整理しておきたいと思います。
2 懲戒処分規定に始末書を書くことの定めが必要
企業側が発する、「始末書を書け」という言葉は、企業も命令と位置づけているようです。そう、企業側も、あたりまえの業務命令として「始末書を書け」となんのためらいもなく発しているようです。
企業側の命令だから従業員はしたがわなければいけないと考えている企業も多いようです。多くの場合で反省文や謝罪文付きが多いようです。
小職が、ある業界団体で、労務のテーマで講演をさせて頂いた際にも、「従業員が何かしたら、とにかく始末書を書かせて取っておけばいいですか?」と質問されました。こうして、実行に移す前に質問があると安心します。理解した上で事前に軌道修正ができるからです。
始末書を書くことは、就業規則の懲戒規定として取り決めがされているのが通常です。そう、懲戒処分の規定のところにしか始末書は登場していないはずです。まず、この点を就業規則などで日ごろから確認をされたほうがいいでしょう。
これまで、多くの裁判例は、
懲戒規定に規定されていなければ始末書を書けと命じることはできない【丸十東鋼運輸倉庫事件・大阪地堺支決昭53・1・11労判304号61頁、丸住製紙事件・高松高判昭46・2・25労判139号72頁〔ダ〕、品川工業事件・大阪地決昭53・3・17労判298号66頁など】
と説示しています
つまり、企業の始末書の記載・提出を意味する言葉は、懲戒処分としての趣旨になります。これは、一般的な例として、譴責(けんせき)処分では、「始末書をとり将来を戒める」などのように規定されています(「戒告」は始末書提出を伴わない処分と考えられています)。
減給の制裁でも始末書をとることが規定されている場合が多いと思われます。ぜひ、懲戒規定を確認されることをお勧めします。
実際、前掲丸十東鋼運輸倉庫事件では、始末書提出の意義について次のように述べています。
「・・始末書提出というのは、被処分者に、自らその非違行為を確認し使用者に対して謝罪の意思を表明すると共に将来非違行為を繰り返さないことを誓約する旨を書面に認めさせて提出させるもの」
その意味で、従業員に、懲戒処分の対象となる非違行為があることが前提になると考えられます。実務上も踏まえるべきものと考えます。
3 従業員は始末書命令に背いてもいいのか
次に、「始末書を書く」ことが懲戒規定に定められている場合、「始末書を書け」と言って従業員が書かなければ、懲戒規定に反することとしていいのかが問題になります。
始末書を書くことは、あくまで懲戒処分としてなので、懲戒理由に該当する行為がないのであれば、「始末書を書け」と言われても、書く必要性はないという論理も成り立つように思えます。
ただし、懲戒処分に該当する行為か否かは、労使で主張が異なることが多く、真っ向から対立し紛争になるでしょう。企業の注意点は、「とにかく書け」と強引に押し切らないことです。そこまでして始末書をとっても、従業員からは、「むりやり書かされたもの」と主張されることになってしまいます。
それは、「従業員は命令に背くことにはならないのか」-多くの疑問もこの点に集中しています。従業員にとっては、企業から言われた場合は、命令だと受け止めるのも無理からぬことです。
しかし、「始末書を書く」ことは、懲戒理由に該当したときの懲戒処分なので、懲戒処分は、そもそも業務命令ではないと考えられます(前掲の丸住製紙事件、品川工業事件など)。もちろん、裁判例には、業務命令であると説いている例もありますので、絶対そうだというものではありません。
ただし、懲戒処分をしない(免じる)かわりに、始末書の提出を命じる場合は、無効とはいえない可能性があるようです(土田道夫『労働契約法』426頁)。実務上は、懲戒処分になるのか否かが不明な状態で、始末書の提出を命じていることが多くみられます。
企業としては、懲戒規定に該当しないのに、「始末書を書く」ことを命じられないから、懲戒規定に該当しない、懲戒処分を言われていないのに、「始末書を書け」と言って、従業員が書いて提出することを強要はできないと考えていいでしょう。
懲戒処分及びその理由等を通知せずに「始末書を書け」との企業の実務対応が散見されるところですので注意が必要です。
4 始末書提出に応じない、非違行為との関係について
従業員が始末書提出に応じない場合に、業務命令による提出強制や改めて懲戒を課すことが可能かについては、否定的な考えが有力又は適切と考えられています(土田道夫『労働契約法』426頁、菅野和夫『労働法』第11版661頁など)。
書かない、提出しないことで、上司との人間関係的、組織内でのぎくしゃくはありますが、このような始末書提出命令は、法的に断ることはできないかと問われれば、従業員は断ることができると考えられます。企業としては無理強い=強要は禁物です。
もっとも、実際は、非違行為に該当するものがないのに、遅刻をしただけで、始末書の提出を求めたりすることも多く、従業員が何か企業のルールを守らないとすべて始末書を要求するパターンも多く見られるところです。
そもそも、懲戒処分が、社内秩序維持を目的とするものですので、懲戒処分に登場する始末書も秩序維持の趣旨を逸脱していないことが求められると考えます。
ルールを守らない=非違行為とは必ずしも言えませんので、検討が必要だと思われます。また、企業側でも、従業員の行為が非違行為に当たるか否かが吟味されたうえで、懲戒処分規定にしたがった始末書へと検討する必要があるでしょう。
もっとも、個々の事例では、「始末書を書け」の前後の行為にも注目して見る必要があります。たとえば、
配転命令を拒否したら出勤停止、その後、「始末書を書け」と言われ、拒否したら解雇された事件では、配転命令を拒否することが懲戒理由に該当する行為か否かということもありますが、配転命令自体が人事権の濫用と判断されたため、出勤停止、始末書の提出という懲戒処分の根拠がないと結論づけられています(前掲、品川工業事件)。
では、懲戒処分の対象ではない行為に対し、懲戒処分の付随処分として管理者が不始末をした従業員に始末書を求めることは、許されるのでしょうか。
この場合は、懲戒処分がダイレクトに関係しないので、命じた始末書提出に法的効果はなく、事実行為にすぎない始末書提出命令であるため、違法とは言えないと考えられています。
言葉は始末書と言っていても顛末書や報告書の趣旨の場合もありますので検討が必要です。顛末書や報告書の場合は、業務命令の可能性も出てきます。
ただし、書面のタイトルが、顛末書や報告書となっていても、記載内容として、謝罪文や反省文を書くことを命じると、タイトルにかかわらず始末書の意味の書面と判断される可能性もありますので、注意が必要です。
いずれにしても、
始末書提出命令に従業員が応じないからといって、さらに提出を強要したり、提出しないことを理由にさらに不利益な取扱をしたりすることは許されないと考えられます(丸十東鋼運輸倉庫事件)。
同事件は、
「従業員の良心、思想、信条等と微妙にかかわる内的意思の表白を求める」ものが始末書であると述べています。
この丸十東鋼運輸倉庫事件は、やや古い裁判例ですが、始末書について実に詳細に説いていて、実務上も有益です。
5 結局、始末書の提出命令とは何か
少し前のものですが、
「始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられる命令であって、使用者の業務命令の範疇に属するものとはいい難い上、始末書の強制は個人の尊重という法理念に反する」【中央タクシー(本案)事件/徳島地判平10・10・16労判755号38頁】
と、かなり明白に述べている例もあります。懲戒処分としての命令と業務命令は異なることを示唆しているものとして参考すべきかと思います。
丸十東鋼運輸倉庫事件で述べられている「良心、思想、信条」と始末書の関係や中央タクシー事件でいう個人の尊重と始末書との関係は、従業員の内心は自由であること(憲法19条)から、始末書の強制が許されないことを意味していると受け止められると考えます。
こうして、裁判例を具にみると、特殊な事情がある場合は別として、労務リスクの点からは、始末書の提出は、懲戒処分としての命令であると考えておくことを基本にした方がいいようです。
したがいまして、企業の始末書の提出命令が妥当なものであるというためには、従業員に非違行為があり、それが懲戒処分の理由に該当するものであることが求められると考えられます。
ただし、上記で触れたように、懲戒処分に直接関係しない場合は、単なる事実行為と考えられるため、さらに企業は始末書の提出を強要できないので、従業員が拒否することも考えられます。もちろん、懲戒処分の場合には、就業規則の懲戒規定に始末書の提出が規定されていなければ、始末書記載の話もできません。
当然ながら、
作業場のミスなどに対し、「始末書を提出しなければ処分する」と威嚇して提出を強要することは不当です【第一学習社事件・広島高判平3・10・24労判607号146頁】。
また、
従業員が始末書を提出しないことで、企業が反省不十分と判断して、仕事外し的な扱いをしたことから、従業員が不眠症などにり患した例では、権限を逸脱し、人格権侵害にあたるとした例があります【日本郵便逓送事件・京都地判平16・7・15労判880号112頁】。
実際に、こうした企業側の対応はあちらこちらで散見されますが、態様や目的によっては、違法な行為に該当する可能性もありますので注意が必要です。
グレーゾーンの内容が多いため、やや長くなりました。最後までお読みいただきましてありがとうございます。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】
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