退職後に懲戒解雇理由があることで退職金の支払いを拒否できるか
今回は、懲戒解雇に係わる退職金の支払いについてです。
1 そもそも懲戒処分の規定が適用になるか
本人がまだ在籍している場合には、不正な事実が発覚した時点で、懲戒解雇を通知し、退職金を支給しないと決定することが可能です。この点は何ら問題ありません。ただし、退職金規定に、懲戒解雇の処分を受けた場合には退職金を支給しないことを規定しておく必要があるのは当然です。
では、不正な事実が発覚したものの、本人はすでに退職している場合はどうでしょうか。発覚時点で本人に通知して退職金を不支給とすることはできるのでしょうか。
この問題は、在職中には、退職金を不支給にすることに該当する理由がなかった、あるいは、理由があったが懲戒処分を決定していないという事実です。
懲戒解雇は懲戒処分の一つであり、従業員が在籍していて雇用関係にあることで、懲戒処分の一つとして適用になるものです。
退職している以上、会社の就業規則を適用して懲戒解雇にはできないことになります。不正行為を行っていた時季は在職中でも、懲戒処分を決定するのは、退職後であることが問題になります。
2 参考となる例
原告ら(元従業員ら)が、在職中、被告(会社)を倒産させる目的で被告を退職する旨を通知し、企業組合の仕事に従事して、被告の業務を全くしなかった。
被告の就業規則では、懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨の規定が置かれている。
被告は懲戒解雇に該当する事由があっても、懲戒解雇の手続をとらないままだった。
【広麺商事事件/広島地判平2.7.27労判599号80頁】
この事案では、懲戒解雇の理由があることで退職金の支払いを拒めるのかが争点になりました。
裁判所は、
懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨の規定が置かれているが、懲戒解雇に該当する事由がある者には退職金を支給しない旨の規定は存在しないことが認められる。そうすると・・・退職前の行為に別紙就業規則(略)所定の懲戒解雇事由に該当する事由があったとしても、懲戒解雇の手続をとらないまま(・・・雇用関係は・・終了している・・その後に。懲戒解雇の意思表示をしたとしても、懲戒解雇の効果は生じない)、右事由が存在することのみを理由として退職金の支払を拒むことはできないと解するべきである。
と判断しています。
3 ポイントは2つ
一つ目は、就業規則に規定されているのは、「懲戒解雇された者に退職金を支給しない」という内容であることです。
ただ、小職がこれまで様々な企業の就業規則をみてきた経験では、「懲戒解雇された場合に退職金を支給しない」という規定の仕方になっている場合がほとんどです。
今後のリスク対策としては、「懲戒解雇の事由があると認められる場合には、退職金は支給しない」という規定を加えておくことになります。
2つ目は、懲戒解雇の理由があるのに、被告は懲戒解雇の手続を原告らの退職日までにとらなかったことです。
リスク対策という点では、迅速に事実確認のうえ検討し、在職中に懲戒解雇処分を決定し通知することになります。
4 しかし、社内的に懲戒解雇扱いにはできる
これはどういうことかといいますと、
退職後に社内的に懲戒解雇の記録を残すことで、社内の取り扱い上は懲戒解雇にしておくことができるということです。ただし、ハローワークとの関係では、離職票上の離職理由に影響を与えることはできないことになります。
会社ができる上限は、本人が退職しているものの、社内では懲戒解雇扱いにしたことを社内に公表できることです。
小職が担当したあっせんによる紛争解決事案で、労働者側が懲戒解雇処分だけは何が何でも撤回してほしいととの要求があり、最後に会社側は、「取締役会で処分が決定しているので撤回はできない。しかし、離職票は修正してもいい」とのことで和解になったケースがあります。
一つの労使紛争解決の形として参考になるかと思いますし、こうした柔軟なやりとりができるのもあっせんのおもしろさだと実感しています。
5 退職後の処分は気軽にしないこと
注意点は、
本人が退職していて社内の公表だからと気軽に懲戒解雇処分にしないようにすることです。調査不十分で本人から聞き取りもしないまま行うことはリスクがあります。社内公表とはいえ、名誉棄損やプライバシー侵害などの問題になる可能性もあります。
退職者が現在の従業員と連絡をとることも十分に考えられます。意外なところから漏れて伝わることを想定しておく必要があります。
懲戒処分の基本は、雇用契約が存在していることです。退職した従業員といっても、人としての権利がありますので、それを侵害しないようにすることが肝要かと思います。
以上、参考になりましたら幸いです。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】