おやじパンクス、恋をする。#006
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
「よお」
おばちゃんが裏に引っ込んでしまうと、俺は思わず呟いた。
「……なんだよ」
誰の声か分かんねえ、誰かが応えた。
俺はできるだけ何気ない風を装って、言った。
「あの部屋、見てみろよ。向かいのビル、五階の、一番左の部屋」
「部屋? なんだよ」
ボンとタカが一緒になって振り返り、電車の中でガキがするみたいに、ソファに膝ついて窓の外を見た。
「向かいのビル? 五階の一番左?」タカが聞く。だからそう言ってんだろう。
「なんだよ、女の生着替えでも見れるってのかよ」ボンが茶化して言う。
「ちげえよバカ、カーテンが掛かってんだろ、赤いやつ」
「赤いカーテンなんていくつもあるぜ」
「おいタカ、俺は五階つったよな、五階には一部屋しかねえだろ」
「だから、それがどうしたんだよ」いつの間にかCDから顔を上げていた涼介が口を挟む。
俺は変な気分だった。なぜなら、記憶が蘇ってくるに従って、この話が笑いのネタになりそうもないことに気づき始めていたからだ。
だが一方で、俺は話したがっていた。なんでだろうな、三十年ぶりに思い出した「彼女」のことを、こいつらに聞いてもらいたかったのかもしれねえ。
問題のその部屋には今カーテンが引かれていて、中は見えない。だが、俺の目には、その部屋の向こう側からこっちを見ている、俺と同い歳くらいの女の子の顔がありありと浮かんでいた。あ、俺と同い年って、四十三の俺じゃねえよ、このレストランに来てた頃の俺。十二歳とか十三歳とかそんなもんの俺だよ。
そうだ。ハッキリ思い出した。ああ、なんだって俺は、このことを忘れていたんだろう。どうしてマカロニグラタンがどうのなんて、変な覚え方をしてたんだろう。
忘れたかったのかもしれない。いや、そうに違いねえ。
「おい、なんなんだよ」
気付くと三人が俺を見てた。俺、変な顔してたんだろうな。
「いや、まあ、信じねえと思うんだけどさ」
俺はそう言って、話し始めたんだ。