おやじパンクス、恋をする。#075
「か、彼女はその気なのか?」思わず聞く俺。
雄大はパッと顔を上げて、「そんなわけないでしょう」と怒ったように言う。「姉さんがあんな野郎になびくはずありません。けど」
「けど?」
「姉さんもあいつに強く出れないところがあって。正直、時間の問題なんじゃないかと思ってます」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、どういうことだよ」
「何ていうか、親父が入院して以降、会社を動かしてるのは嵯峨野なんです。ウチはワンマン企業だったから、社長がいなくなると誰も何も決めれない」
「だから何だよ」
「社長の、親父の体調が悪くなって、そうでなくても業績は悪かったのに、さらに落ち込んだ。そこで外から嵯峨野が呼ばれたんです」
「だ、だから何だよ」雄大が何を言おうとしているのか分からず、俺は苛立った。「だからそれが彼女にどう関係あんだよ」思わず声を荒らげてしまう。
「落ち着けよ」見かねてカズが割って入る。いや、つうよりなんだ、カズにはピンと来てるらしい。
「なんだよ、説明しろよ」俺の矛先は当然カズに向かう。雄大につっかかるより、こいつと話したほうがやりやすい。
「だからさ、要するに、姉さんは、姐さん、なんだ」
「はあ?」何だそれ、ねえさんがねえさん? 何言ってんだこいつ。
俺がしかめっ面してると、カズは俺にペンとメモ貸せつって、何か書き始めた。なになに、はあ? 「組長」ってなんだよ、「さがの」は嵯峨野で、ああ、ねえさんってあれか、「姉さん」じゃなくて、「姐さん」。
「な? 図式としちゃこういうことよ」そう言ってカズはその三人を大きく四角で囲んで、「会社」と書いた。つまり、会社って大きな枠の中に組長・嵯峨野・姐さんが入ってることになる。
「組長つうのは梶さんだ、ガンで先が長くねえ。で、外から来た嵯峨野がこれ幸いと下克上しようとしてる、と。まあ、梶さんがピンピンしてる時よりは、やりやすいわな。まあ、嵯峨野が呼ばれたのは梶さんの病気がキッカケとも言えるから、最初から舞台は整ってたとも言える。ポイントは、嵯峨野が、そういう奴だったってことさ。野心家っつうかさ。分かる?」
「あ、ああ、なるほどな」
いや、でも、確かにそこまでは分かるが、俺の質問の答えにはなってねえ。そこでなんで彼女が関係してくんのかが分かんねえんだ。
「とにかく嵯峨野は、会社を立て直して、それで自分が社長の座に、つまり組長だよな、組長の座につこうとしてる。で、ここでいよいよ倫ちゃんの登場だ。組長を長年支えてきた倫ちゃんは、言ってみりゃ姐さんみたいなもんだ。姐さんは、組長の弱ってる隙に組を乗っ取ろうとするそいつが、気に入らねえ。そうだよな」
「そりゃそうだ、当たり前じゃねえか」頷く俺。だんだん分かってきた。
「でも一方で、組の未来のことも考えなきゃいけねえ。もしこのまま組長が死んじまったら、誰が跡を継ぐのか。誰がリーダーとして組を引っ張っていくのか、いや、引っ張っていけるのか、姐さんは考えなきゃいけねえわけ。で、悲しいことに、嵯峨野しかいなかったんだな。幹部社員も頼りにならなかったし、一人息子は、こんなだし」
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。