【怖い話】プライベート・ビーチ #2
職場の昼休憩中、私は電話を切ったあとも、ぼんやりとスマートフォンを眺めていた。
「ねえ」
隣の席から声をかけられたが、私は呆然としてしまって、答えられない。すると、突然自分の手元に、まんまるの顔がニュッと飛び出してきた。
「わっ」
「ちょっと、聞いてんの?」
先輩のマルイさんだ。四十代半ばで未婚。背は低いのに、制服のサイズはいちばん大きな3Lだ。
「あ……すみません。ボーッとしちゃって」
「今の電話って、もしかして」
「旅行会社からでした」
私が答えるとマルイさんは、「やっぱり」と嬉しそうに笑った。
「例の旅行の件でしょう? なに、どうしたの」
「なんか、キャンセルが出ましたって」
私が言うと、マルイさんは目を丸くした。
電話は、以前予約を取ろうとして、満室だと断られていたある旅館に、キャンセルが出たという内容だった。しかも、私たちの希望していたその週末に。
「いま決めてくれなければ、別の客に連絡しますって。それで思わずOKしちゃったんですけど、どうしよう」
やったー、と突然マルイさんが叫んで、その両手を高々とあげた。
その様子に、周りの社員たちが微笑ましげにこちらを見る。マルイさんはこの会社の、なんというか、マスコットキャラクターみたいなものなのだ。
「ちょ、ちょっとマルイさん」
「よかったじゃない、ほんとよかったじゃない。これであんたにも春が来るわ。いいじゃないいいじゃない、海の見える旅館なんでしょう? 海見るとあれよ、男なんてすぐかっこつけてプロポーズしてくるわよ」
自分の結婚はもう諦めたというマルイさんは、三十を過ぎても男の影の見えない私を、まるで母親のように心配していた。さすがにお見合い写真を持ってきたことはなかったが、会社の若いOLたちに、私をコンパに連れて行くよう薦めていたのは知っている。